第396話 地平の見える丘で

「あぶないから、がけ下をのぞき込むんじゃないぞ~」


勢いよく飛び出して行った子供たちに、アーニャとバーバラさんの二人が続いていく。

エーデから装軌車両で山を登ること3時間。2つの山を抜け、東大陸を南北に縦断する中央山脈――クロノスでは断裂山脈とか呼ばれたりする――の反対側、標高は2千メートル越えの地点に整備された広場までたどり着いていた。


視界の左右には山の尾根が、その先には地平の果てまで赤茶けた荒野が続いている。

平均標高は1000メートルを超し、ザースの領地であった向こう側の山脈まで約800キロ。二つの山脈によって東西どちらからの雨雲も遮られた、乾いた風しか吹かぬ死の大地だ。


東大陸の中央に位置する荒野を抜けて、俺達はザースを目指す。

……正直この光景を見ると、ここを越えようなんて思えないんだよな。バノッサさんは北側の山に添う形で強硬突破して魔法王国ニンサルに向かったけど、正直正気とは思えない。


こんな土地でも湧き水の在る山間や僅かにあるオアシスには人が居ると集合知が教えてくれるが……今回はルート的にもそこによる予定はない。

装軌車両の踏破能力に物を言わせ、4日で向う側まで到達する目論見だ。


「ワタル殿が街道の整備を依頼してから半年、実質は4ヶ月ほどであるか。よくこれだけのエリアを開墾出来たのであるな」


そんな地平の向こうに思いをはせていたら、コゴロウは切り開かれた台地の方を見て感心していた。

山の斜面を三段にに開かれたこの場所は、一面が学校のグラウンドほどの広さがある。飛行船が悠々発着できるであろう広さである。


「クロノスは錬金術師が多いですからね。その転用でしょう。こちら側にも街を作って鉱山を開拓するらしいですよ」


装軌車両の誕生でクロノスの物流は急速に発展しつつある。

最も大きな水の問題が輸送で解決できるなら、山のこちら側にも街を作ることが可能に成って来る。住まわされるのは罪人に成りそうなので、あまり良い街に成るとは思えないが……俺が気にすることじゃないな。

今は一番上の段に、開拓を行っている者たちが宿舎にしている小さな小屋がある位だ。


「む、何故このようなところに子供が?」


元気に跳ね回る子供たちを眺めていると、背後から声がかかった。

振り向くと尖がりヘルムに口ひげを携えた初老の老人……と、アーニャと同じくらいの年頃と思われる少年少女がやって来ていた。

少年少女の服は簡易的な軍装備。正規の騎士では無く従者かな?


「これは騎士ナイトタブーツ。ご機嫌麗しゅう?そちらは?」


此方が一礼すると、タブーツ卿も仰々しい礼をした後、後ろの二人について紹介してくれた。


「王子の従者をしておられるジリング公爵の御子息と、同じく付きメイドのアリッサである」


「これはご丁寧に。ワタル・リターナーです」


「チェニック・ジリングです。僕自身は爵位の無い従者ですから、そんなにかしこまらないでください。むしろ人類初の極めし者マスターにお会いできて光栄です」


チェニック君は貴族の中でもずいぶんと礼儀正しいというか、平民に対しても徹底しているタイプかな?

従軍しているという事は成人しているのだろうが、アーニャと同じくちょっと幼く見える。


「アリッサも」


「はい……アリッサと申します。お会いできて光栄です」


こちらも年齢より少し若く見える愛らしい少女。アリッサ嬢は名字を名乗らなかったから平民だろうか。

人間族に見えるが、グレーの髪色はちょっと珍しい。獣人のハーフかも知れない。どことなく小動物的な雰囲気を醸し出している。


「こちらこそ。それで、どうしてこちらに?騎士団は上に停車したと思いましたが」


「殿下からお時間をいただけましたので、少しお話を聞けたらと。ご迷惑でしたか?」


「いえいえ。私たちも休憩中ですから、お時間が許すなら」


こういう引き合いは実は多い。

ヒンメルに居た時から極めし者マスターとしての話や、エリュマントスを倒した時の話を聞きたい、という貴族からの申し出はあったし、ウォールでもボホールでもそれは変わらない。

プリニウスとの闘いで、魔剣士の踏み出す者アドバンスとして天啓アナウンスが流れてからはさらに増えた。


応じる義務があるわけでは無いのだが、人に親切にしておいて損は無い。

見守り役はコゴロウに任せて、3人の相手をすることにしよう。


「露天ですが、イスとテーブルくらいは準備しましょう。こちらへどうぞ。お口に合うか分かりませんが、お茶とお菓子もありますよ」


「そう言えば、リターナー殿は収納空間インベントリ持ちでしたな。チェニック様、いかがいたしますか?」


「いただきましょう。アリッサも座らせて良いですか?」


「もちろんです」


二人はどういう関係だろう。こんなところに連れてきているくらいなので、単なるメイドさんではないだろうけど。

チェニック君とアリッサ嬢が椅子に腰を下ろす。タブーツ卿は座るつもりはないらしい。


お茶とお菓子に先に手を付けたのはアリッサ嬢。

貴族はみんな解毒や耐毒の魔道具を身につけていると思うのだが、この辺りは予想通り。


「……!!すごく美味しいです!」


「お口に合ったようで何よりです。ここに居ないですが、パーティーメンバーのお手製なんですよ」


今日のお茶請けはシンプルなマドレーヌ擬き。ベーキングパウダーなんて物は無かったけど、錬金術で精製した重曹をベースにタリアが頑張ってくれた一品だ。


「これは……私も食べたことが無いレベルですね。かなり珍しい物なのでは?」


「レシピにはそれほど違いはありませんよ」


あえて言うなら試行回数の差だろう。

錬金術で砂糖の生成方法を変えたり、重曹の精製を変えたり、細かい材料をいじくりまわし、さらに材料費や調理法を細かく降って今の形に仕上げた。

俺に暇が無くて料理は女性陣に任せきりに成っているが、これで素質無しなのはおかしいと思う。


飯の話はさておき。


「それで……彼らは?」


「ああ、今私が抱えている亡者の子供たちですよ」


「亡者?」


「平たく言うと死人ですね。私が死霊術師であったのは御存じでしょう。彼らはついこの間のクーロンの戦いの際に巻き込まれて命を落とした子供たちです」


上は14歳から下は3歳。計8人。

あの戦いでこの程度の人数ですんだのは幸いか、それとも分かっていない被害者が居るだけか……考えても始まらない話は目をつぶることにしている。

彼ら彼女らはレベルが上がらないから、魔物を倒してMPを稼ぐことが出来ない。今の所は完全にお荷物だが、だからと言って収納空間インベントリの中で寝かせていても意味がない。


「子供が犠牲に成るのは痛ましい……しかし……無礼を承知で聞くが、あの子供たちが今回の戦いに役に立つとは思えぬ」


タブーツ氏の懐いた感想は二人も同じだったのだろう。


「そうですね。確かに、直接の戦闘には役に立たないかもしれません」


8人も出すとMP消費も馬鹿にならない。仮初の命リ・ボーンを使っても自身のMPはすぐに尽きてしまうから、屍体操作コープス・マニュピレイトを併用している分消費も多い。


「ただ、経験は彼らの糧に成るかも知れません。この景色は、ここでしか見られませんから」


冒険者であっても、死の大地と呼ばれるこの荒野を目にするものは少ない。

殆どは収納空間インベントリの中で断片的な記憶であっても、彼らにとっては貴重な経験に成るだろう。


「……私も失礼は承知で伺いますが……MPを考えれば、連れてくるのすら無駄なのではないでしょうか。今回の戦い、それほど容易い物では無いでしょう?」


「チェニック卿はそうお考えになりますか」


「リターナー殿は違うのですか?」


「先を見据えています。中央に向かう私たちにとって、ここは前哨戦です。備えるべきは、今日明日の行軍だけではありません」


オリジナルの転職モニュメント奪還は別にこなさなくてもいいイベントだ。

東大陸では魔物の支配圏に存在するが、他の大陸に渡れば人の管理下にある物も存在する。転職するだけならそちらを頼ればいい。

この作戦を決行したのは、クロノス王国が話に乗ったからに過ぎない。


もっとも、クトニオス攻略のためこちらからのルートを通る際に、モニュメントの調査も一緒にしたかもしれないけれど。


「騎士団も、この作戦が成功すれば次は中央遠征での活躍が求められます。ミハイル殿下が出陣されるなら、新たな職を率いて第二王子殿下と協力した広域策戦も考えられるでしょう。おそらくその戦いの方が過酷ですよ」


「……目の前の戦いに集中すべきではないでしょうか」


「……先を見据えすぎると、足元をすくわれるのじゃぞ」


「目先の事を片付けて済むなら、こんな苦労はしょい込みませんよ」


一つ一つイベントをこなしているだけじゃ、いつまでたっても魔王には届かない。

一人の力では足りない。ステータスが上がって超常の力が振るえるようになればなるほど、それでも届いたものが一人としていないという事実がのしかかってくるのだ。


「そう言えばこの作戦自体、貴殿の発案であったな」


「ええ。『ちょっとザースのオリジナルモニュメントを調べて来ようと思っています』という話に王国が乗ったわけです。騎士団が参加しなくとも、私たちは行ったかもしれません。その時は飛行船だったかもしれませんが、大した差は無いです」


「……以前から思っていたが、無謀が過ぎる」


「タブーツ卿の言い分もごもっとも。ですがそれがオーク将軍エリュマントスを討ち、ウォール防衛線で名を上げ、混沌の獣カオス・プリニウスを滅ぼした渇望者たちクレヴィンガーズであり、人類最初の極めし者マスターです」


「……そうでしたね」


「平穏を願うなら、アインス子爵の所で雇っていただくなり、商会を盛り立てるなり、いくらでも選択肢はあったんですよね。でも、そういう選択をしなかった。そして、今回皆さんはそういう選択をしなかった者の誘いに乗ったわけです。騎士団の方々がどういう認識をしているかはわかりませんが……」


少なくとも、ゴールドスタイン卿は理解しているだろう。


「今回の作戦はちょっと気楽ですよ。彼らのように、守るべき弱き者は居ない」


エリュマントスとの戦い以降、大きな戦場では何かを守って戦うことが多かった。

ウォールの戦いは防衛戦だったし、邪教徒たちとの闘いではトラップに引っかかって負傷した味方を多量に抱え込んだ。クーロンでの戦いで本気で自由に動けたのは、石切り村での戦いくらいか。それもホクレンを気にしつつだったけど。


「それに、私は今、人造獣使いキメラ・マイスターですよ? 特技は生物改造です。もちろん、人間含めて。……全力、見たいですか?」


ここにいる騎士全員にMP増強やステータス増強の魔結晶を埋め込むくらいはできるぞ。

どんな副作用が起こるかわからんけどな。

短時間なら命に別状はない。


「……ははは、すいません。辞退させていただきます」


「いざという時まで秘めているのである」


「それじゃ、その時が来ないように皆で助け合って頑張りましょう。それに、聞きたい話は彼らの事じゃないでしょう?」


「そうでした! あのエリュマントスを倒した時の話をぜひ……」


後にホリゾントと呼ばれる高台で、わずかな休憩の間、過去の戦いを語る。

テーブルに出したお茶請けは、子供たちの話の間も含めてほぼ口を開かなかったアリッサ嬢の胃の中にほとんど消えていた。

そんなに気に入ったならとお土産を渡したのだが、それが一番の収穫扱いされたらなんとなく嫌だなぁと気づいたのは、彼らが引き上げた後のことだった。


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ワタルたちの現在の立ち位置は、王子直接雇用の冒険者になります。指揮権は副総指令の直下にワタルが、その下に渇望者たちクレヴィンガーズとクランのメンバーが来るため、今回の運用では中隊長レベルの位置になります。

そして一番の業務は装軌車両のトラブル対応です。


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