第387話 雇われ商人の憂鬱

ボホールで過ごす数日。

俺とタリアは開拓村の村人を育成する合間に、街でしか入手できない資材をかき集め開拓、ザース侵攻、南大陸の未開地踏破の準備を進めていた。

タリアの件が無くても数日は滞在予定だったのだが、ついでの買い出しに時間をかけた結果、二日遅れで明日には村に戻ろうかというところで、ボラケからの飛行船が到着したとの連絡が入った。


「ワタル殿!ついに捕まえましたぞっ!」


「おや、ジェネ―ルさんお久~」


新型の飛行船はどんなものかと野次馬をしに行った所、ちょうど入管を終えたらしいジェネ―ルさんと鉢合わせした。

彼は元ヒンメル貧民街の顔役で、アーニャの弟・ウェイン誘拐の共犯(微罪)で、今は名前を変えてアース商会の実務取りまとめをして貰っている武装商人だ。


「お久じゃありませんっ!貴方が次から次へ寄こす事業の後始末にどれだけ私がっ!」


どうやら大変だったらしい。最後に合った時より少し痩せたかな?


「ここであったが100年目!一緒に王都へ戻っていただきますぞ!」


「いや、そう言われましてもね」


こっちはこっちでやることがあるし、ザース侵攻の準備拠点は王都じゃない。わざわざ千キロ以上離れたヒンメルに行く理由がないし……そもそも。


「あなたも王都に戻れないでしょう」


協力を商会名義にしたから、ヒンメルに戻るには到着したばかりの新型飛行船と一緒になる。

んで、飛行船のチェックには技術的な引継ぎ、運用的な引継ぎも含めて2カ月を想定していると聞いている。つまりジェネ―ルさんは2カ月ここへ滞在の予定のはずだ。


「うぐっ……確かに、アレを放置して王都に戻るわけにも行きませんが……」


「それに、俺の次の仕事は、開拓したザースへの山越えルートの現地調査です。気の早い騎士団が動いてくれたおかげで、そろそろ形に成りそうだそうじゃないですか。そちらは私がやりますから、王都と飛行船はお願いしますよ」


「……そちらは商会関係ないのでは?」


「なおのこと、代理は利かないという事です」


尚も食い下がろうとするジェネ―ルさんをあしらいつつ、到着した飛行船を見せてもらう。


機体は純白に青いラインをあしらった絢爛豪華なデザイン。

大きさはエンタープライズより二回り大きく、昇降のための揚力を生み出す翼もより長い物に変わっている。

推進力を生み出すプロペラは6基。バルーンの最後尾に最大のものが1つ。吊るされた人が乗る旅客部の横に飛び出した翼に4基、そして旅客部の背面に1基。

……どうも旅客部は飛行機的なシルエットに成ってるな。バルーンをパージしても飛べたりするのだろうか。


「素晴らしいですね。たった数ヶ月で作られたとは思えない」


「ボラケ皇国の生産力には目を見張るものがありますな。安全性を維持するため初号機の機構は維持しつつ、性能を上げるための改良は随時行われているようです。大型化しているため速度は少し落ちていますが、安定性は格段に上昇したとか」


ボラケで聞いてきた話をジェネ―ルさんが説明してくれた。

なるほど。献上品で王様が乗るなら乗り心地も重要だよな。エンタープライズはすぐ横風にあおられるから、しょっちゅう泡の盾バブル・シールドを展開している。アレは安定はするが速度が落ちるからよろしくない。


「アレの設計図面って見られませんかね?」


「いくらワタル殿でも無理ですよ。……冒険者を辞めてクロノスに仕えるなら別ですが」


「その気は無いですね。ちなみに、ジェネールさんは見ました?」


「……少しだけ。言っておきますけど、そんな細かいところは覚えてませんからね。ベースは貴方がデザインした物でしょう?」


「ちょっとだけでも良いんですよ。しかし脇が甘いですねぇ。はい、これ」


「なんです?この腕輪は?」


想起リメンバーの腕輪です。設計図面の書き起こし、お願いしますね」


「っ!!貴方という人は……」


「装軌車両の改良に役立つかも知れませんし。ああ、そう言えば新型良いですね。速度も耐久性も乗り心地も上がっている」


彼がここまで乗ってきた車両はボホール伯爵の管理下で保管……と言うか研究されていた。

見せてもらったが、平地での走行性能が倍くらいに伸びている。実用試作機との事だが良い出来だ。

まぁ、飛行機能がオミットされていて街道しか進めないのが難点ではあるけど。


「……貴方が生産の仕方までご丁寧に残して行かれましたからね。アレは一番出来の良かった部品を使って組み立てた物ですが……さて量産品はどうなっているか」


「ザース侵攻には出せるようですよ。騎士団が20台ほど準備すると速達が返って来てました」


「……王都に戻ったら店が乗っ取られてたりしませんかね?」


「それならそれで、次の商売を考えればいいだけです。さて、行きましょうか」


「もういいんですか?」


「どうせ中は見れないでしょうし、設計図起こしてもらえれば十分です」


「……はぁ、やりますよ。やればいいんでしょう」


「お願いしますね。ああ、後ボホールでの予定はどうなってます?開拓村の方にも商会の支店を出しているのですが見に来ません?」


ボホールの支店は支店長が回してくれているので、開拓村の方に来てもらえれば仕事が減る。


「伯爵閣下と会談があるのですが」


「どうせ2週間後とかでしょう?飛行船の到着で、いよいよもって忙しそうですから」


北のブレーメン公爵領、南のリャノ公国の特使に加えて、飛行船の噂を聞いた他の領地からも大使が来ている。


「陸路でも1日で着くと思いますが、なんなら帰りは飛行船で送りますよ」


「……確認してみますよ」


「出発は明日の昼前です」


「また急ですねぇ!」


「急に到着したのはそちらなので」


ぶつぶつとぼやくジェネ―ルさんと連れ立って厄介になっている伯爵邸に帰ると、部屋の前でバーバラさんが待っていた。

一緒に居るのは領兵?


「お疲れ様です。何かありましたか?」


「これは特使殿、失礼しておりますっ!……そちらの方は?」


「うちの商会長代理です。それより、何かありましたか?」


部屋の前に溜まられると入れないのだけれど。


「実は……館で不自然な魔力の変化を感知しまして、その発信源がこちらだったのです」


「ですから、タリアさんの精霊が原因で問題ありません」


「しかし……可能であれば室内の確認をさせていただきたいと」


なるほど。予想通りか。


「ふむ。……あとどれくらい?」


「そろそろだと思いますが」


「じゃあ、少しお待ちを」


「?」


先にお願いしていた保険が引っかかったのだろう。

数分待つと中から扉が開いて、タリアが出てきた。


「どうしたの?」


「邪魔が入りそうだったのでお待ちいただいておりました。どうぞ」


「……失礼します」


領兵たちが部屋の中に入り、内部の様子を確認していくが……結局首をかしげて出て行った。ふむ。ご任せたかな。


『お疲れ様。無事天職は出来た?』


『問題無いわ。2時間で往復はさすがに慌ただしかったけどね』


タリアはこの部屋から受送陣を経由してデルバイの転職神殿で神凪に戻ってきてもらっていた。


『受送陣は感ずかれますね。精霊の影響でごまかしましたが』


『実際精霊の方をひっかけたのかも知れないし、わからないよ』


この部屋は今、タリアの使った精霊魔術に包まれている。外からの覗き見は事実上不可能。


『予定通り、飛行船の内部構造の透視をよろしく』


ジェネ―ルさんに出会わなければ、タリアに目視した構造を描き出してもらう予定だった。


「さて、積もる話もありますし、お茶でも入れましょう。商会から引き取ってきた書類も片付けますよ」


ジェネ―ルさんの愚痴を聞きながら、人形操作ドール・マニュピレイトで手数を増やして彼が積んでいた仕事を片付けた。


「……6並列で働くのは正気を疑いますね」


頑張って働いたのにクレームが付いた。世知辛い。

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