第385話 ボホール伯爵との会談
ボホールはクロノス王国南東部に位置する国境に面した領地であり、ウォールからはほぼ真西に位置する。
おもな産業は貿易と製塩、後は農業で、ウォールを同じくオリーブなどのクロノスでは育ちづらい暖かい地域の作物を育てるのも盛んである。
ボホール領を納める伯爵閣下は現在31歳。叔父である前伯爵も健在ではある者の、聡明な若き跡取りであった彼の任期は高く、30を前にして伯爵の地位についた。
ちなみに前伯爵は今は王都で大使をしていて、領の運営は父である前々ボホール伯爵が取り仕切っている。この二人はウォール辺境伯とライバル関係で仲が悪い。
それはさておき。
これまでは旅の道中に半日滞在するだけに成っていたボホールであったが、開拓村の開発が軌道に乗り始めたので、俺達は追加物資の購入と報告のため伯爵の館を訪れていた。
「おお、よく来てくれたな」
「伯爵閣下、御無沙汰しております」
貴賓室に通されると、伯爵閣下が迎えてくれた。
彫りの深い顔立ち、ブロンドの短髪をオールバックにしたナイスガイだ。どこの領主も人気商売だけあって、タイプは違えど顔が良い。
ボホール伯爵邸の貴賓室は、貿易を生業の一つとしているだけあってどこかオリエンタルだ。
壁に掛けられたタペストリー、大きなヘラジカらしき頭のはく製などのほかに、ガラスランプはクーロン製、東群島のものと思われる人形なども飾られている。
「つい半月ほど前にも会ったではないか」
「あの時はお土産を置きに伺っただけですので」
ソファーに座るよう促されてから腰を下ろす。
開拓村に行く前に顔を出した際には、魔道具やクーロンで得たドロップのうち不要なもののいくつかをお土産として持参して渡したくらい。
あの時は開拓村の確認を優先したくて、ウォール経由でここに来て、取って返す形で飛び立つことになった。
「ずいぶんと飛行場の建設が進んでおりましたね。驚きました」
ボホール城壁の外部には、農地を鳴らした飛行場の建設が始まっていた。
前回訪れた際にはだだっ広い平野と言った雰囲気だったが、簡易的なものの柵と堀ができ、誘導塔があり、離着陸場と待機場が分けられ、整備や運用を行う者たちのための建屋も完成していた。
柵が城壁に成れば運用には問題ないだろう。
「ああ。予定どおりなら数日後には陛下への献上艦がボラケから着く予定に成っている。ここで見分を行い、問題が無ければヒンメルへと送り届ける。そのための飛行場でもあるからな」
おお、ついに完成したのか。
献上品の確認にジェネ―ルさんが拉致られているはずだが、一緒に帰って来るのだろうか。
「こちらに引き継いで、その後調査にひと月はかかるとみているので献上はまだ先だ。だからと言って悠長にもしていられぬし、貴殿が来ることもわかっていたからな。多少は急がせた」
「ありがとうございます。船の護衛を残さなくていいだけでもありがたいです」
今回のフライトでは、コゴロウが開拓村へお留守番。アーニャが運転手で、今はタリアと二人、村人の転職とレベリングに向かっている。バーバラさんは騎士の仕事を果たすため、部屋の外で扉番だ。バノッサさんはまだ迷宮から戻らない。
「ああ、不便があったら教えてくれ。まだ運用は先だが、もしかしたら陛下も降り立たれるかもしれん。なにせ念願の飛空艇だからな。……飛行船であったか?」
「飛行船であってますよ。わかりました。気づいたことがあればお伝えします」
「うむ……それで、開拓村の方はどうだ?」
「準備は順調です。その辺りは報告書をまとめさせていただきましたので、そちらをご確認お願いします。今回は不足している物資の買い出しと、村人数名のレベル上げを兼ねて数日滞在する予定です。ああ、飛行船は明日、冒険者ギルドの職員を乗せて村まで先に戻すつもりでいます。定員に一人か二人は空きが出ると思いますので、どなたか視察に出したい方がいらっしゃれば。副団長が一緒に戻られているので、事足りるとは思いますが」
「なるほど。検討しよう。出発は午後かな?」
「その予定です」
「では明日の朝一には話が通る様に進めさせてもらおう。数日滞在するというのであれば、少しは時間を取れるかね?」
「はい、そのつもりで伺いました。なにせ最初にお会いした時は商人との追いかけっこの最中、この間は殆ど時間が無く、やり取りは手紙ばかり。捜査でも村の件でも便宜を図っていただいているのに、落ち着きがなく申し訳ない」
「ではそちらもスケジュールを調整しよう」
「ありがとうございます。……失礼ですが、領主としてのお仕事は大丈夫なのですか?」
「これが仕事、というのもあるし、実際に細かい運営は父がやっているのでね。まぁ、半分は人気取りのお飾りみたいなものだよ」
「領主は民衆からの人気が最も重要ですから」
「ああ、わかってはいるさ。今は貴殿と出来る限り良い取引をするのが仕事かな。ここの商会が本格的に稼働してくれれば領内が潤う。……飛行船の国内製造などいかがだろう?」
「ははは……隣と同じことをしても儲かりませんよ。……そうですね……ボホール領は海に面していて貿易も盛んです。製造業を立てるなら、高速船の建造などがオススメでしょうか。飛行船とは比べ物に成らない物量の輸送が可能に成りますよ」
「……ほう、それはまた興味深い。よし、時間を取ることにしよう」
後に行われたボホール伯爵との会食において、俺はライリー皇国で乗った魔導式帆船にスクリュー型推進器と水中翼を付けた高速船の提案をしてみた。開発に携わるのは時間がかかるので技術供与のみであるが、伯爵閣下はずいぶんと気に入ってくれたようだ。
領主と良好な関係を築いておけば、開拓村の発展もスムーズに行くだろう。後は不足している人員と……移民たちの到着はまだ先かな。
………………。
…………。
……。
伯爵との短い会談を終え、騎士団の報告のために捕まったバーバラさんを残して冒険者ギルドに顔を出す。
到着記録を残して、手紙が来ていれば処理して……その後は商人ギルドで手続き。村へ送る物資の買い付けをすれば一通りかな。
そんな事を思いながらギルドの扉をくぐると、入った受付の片隅にタリアの姿を見つけた。
「ワタルっ!」
思いがけず、心臓が脈打つ。
本当ならアーニャと二人、連れてきた村人のレベル上げに繰り出しているはず……何かあった?
「タリア、どうしてここに?何かあったか!?」
「あ……うん、ちょっと二人で話したい事があって。
「ああ、そうか。……小部屋を借りる?じゃあ、ちょっと待ってて。到着手続きをしちゃう」
受付で到着――開拓村にはギルドが無いので実際には戻りなのだが――の書類を記載し、手紙の束が届いているのを確認した。内容確認は後で良いかな。
商談用の小部屋を借りれるか尋ねると、すぐに案内してもらえた。
4人で座ればいっぱいになるテーブルを挟んで向かい合う。……珍しい。いつも何も言わずに隣に座るのに。
「……なにがあった?」
タリアは何かを思い詰めている様子だった。
その瞳に見えるのは迷いか。
「……手紙が来ていたの」
「手紙?」
「……私の
彼女はそう言って、小さく折りたたまれた羊皮紙の手紙を差し出したのだった。
---------------------------------------------------------------------------------------------
いいね、応援コメント、ブックマーク、評価、レビューなどなど励みに成ります!
したの☆をポチポチっとよろしくお願いいたします!
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます