第383話 村のルールを提案した2
「さて、今提示した村法は行政機関を立ち上げるための前準備に成ります」
この世界だと領主が住むような街でなければ馴染みの無い行政機関。
やることは基本的に直接お金に成らない公共物――道路や堀、水路など――の管理や、上水・下水の管理、自警団の運営などである。
「行政機関は村長の仕事を肩代わりする集団だと思ってください。村の運営に当たってはお金に成らない仕事が多いと思います。将来発生する税金の管理や、トラブル対応なんかもその内必要になりますが、今行うのは村内の清掃業務と、水の管理ですね」
「皆で持ち回りで行うのはダメなのですか?」
「問題はそこと、もう一つ、お金の話があります」
俺が助力して強引かつ急速に村の開拓を行った場合、ボランティアの負担が大きくなりすぎると予想している。しかし早期の行政機関設置はその負荷軽減だけではない。
「初期の開拓村はお金がありません。これは金銭的な価値がないという事では無く、物理的にお金がないという事です。実はこちらの方が大きな問題です。貨幣経済が回ってる場合とそうじゃない場合では、圧倒的に前者の方が発展が早い。逆に今の状態だと村の発展は遅い上、すぐに不具合が出ます」
「ふむ……申し訳ないがあまりイメージが湧きません。免税期間もありますし、金銭的な心配が必要になるのはもう少し先かと考えておりましたが……」
「完全な免税期間は3年ですね。それ以降は徐々に税がかかる様になりますが……問題は税金ではありません」
「と、言いますと?」
「例えばですね……稼働を始めた真水の生成設備ですが、あれもボホールで販売すれば100万Gは下らないでしょう。丁寧に整備をして耐用年数は20年ほど。修理で価格が下がるわけでは無いので、20年後に100万Gで設備を刷新するなら、年間5万G、ひと月4167Gの積み立てが必要です」
「ぬぅ……」
「現在の住人は11人。一人当たり400Gを積み立てる必要があると考えると、1日に13Gぐらい積み立てなきゃならない。普通に考えたら、今の働き方ではそんなに現金が溜まりませんよね?」
「……それは……人が増えれば」
「増えた所で、物々交換していては現金が溜まらないわけですよ。それに現金が貴重な現状で、村の生産だけでひと月4200G弱の余剰生産はかなりきついです。100人程度の村だとコンスタントに続けていくのは難しい金額ですよ? この貯蓄以外に出費が別にありますからね。例えば、今は領兵が村の防衛を担ってくれていますが、1年もせずに引き上げるでしょう?」
「うむ。我々は1回目の収穫が始まった時点で任を終えるな」
「つまり、それ以降はこの村が自立していかなければ成らないわけです。警備や村の修繕をボランティアが賄うとした場合、その分生産力は落ちます。どこかから人を呼んで来るなら確実にお金が必要になります」
「……そうですな。しかし我々にはそんな簡単にお金を稼ぐ技術などありません。領から支援をもらわなければ、生きるのもままならないくらいなのですから」
「村で稼ぐ必要はありません。村を上げての事業でお金を貯める方法も考えられますが……あまりお勧めできません。多くの人がボランティアになる可能性があるからです。それだと個人が飢えます。……ところで、先日から振舞われている食事は気に入っていただけましたか?」
「食事ですか?」
そう聞くとペール村長は首を傾げ、アンデルスさんは大きく頷いた。
「ああ、食事は素晴らしいな。材料に良く食べるものだが、ボホールの高級なレストランにも引けを取らない。量も申し分ない。それだけでここに住みたいと言う物も居るくらいだ」
「ありがとうございます。食べてわかる通り、材料はこの国でもよく食べられている食材ですが……使われている香辛料が違います。……輸入品多いのでボホールで出したら1食20Gほどでしょうか。王都なら30Gを超えるでしょう」
そう言うとペール村長は大きく目を見開く。
「なっ……それは……」
「今の食事は、我々が居る間のサービス、持ち出しです。後ひと月もしない内に我々は次の仕事のためにここを離れ、その後は自分たちだけで何とかする必要がある。今の食事水準を維持したければ、それだけのお金を稼ぐ必要があります」
一度覚えた贅沢を人はそうそう忘れられない。
明日から硬いパンと塩のスープのみしか食せないとなったら、村民からの不満は爆発するだろう。
「もし、お金があれば村人はそちらにお金を使えというでしょう。20年後の水より今日の飯です」
「想像に難くない」
アンデルスさんがしみじみ頷いた。
「食事は……1日の唯一の楽しみと言って過言ではありません。ないがしろにすれば遺恨が残りましょう」
「でしょうね。それに大量のお金があると分かればよからぬことを考えてしまう者も出るかも知れませんし……まぁ、なので20年後に向けて今からゆっくり貯蓄していく、は無理。20年後に100万Gをポンと出すか、あるいはどこかから借金できる程度にはこの村が潤う必要があります」
むろん、アース商会が全員雇って事業を起こせば何とでもなるが……そんな面倒な事はしない。
家が出来て、温泉が引けた段階で俺の目的は達せられた。タリアの家族や友人たちが見つかった際に迎えるため、ある程度発展させる必要はあるが、それは本業ではない。
「さて、村がお金を稼ぐ上で必要な事ってなんだかわかりますか?」
ちなみにこれは俺もよく分かってない。ただ、集合知と社会科で習った知識、それに
「お金を使う事、ですよ」
「はぁ?……使う、ですか?使ったらなくなるのでは?」
「今、村の中で現金収入が得られるのは冒険者ぐらいです。ただ、ドロップの売却先が無いこの村ではとても効率が悪い。そして買い物をする店も実質まだ無い。なのでこの村でお金を使おうという動きには成らない。村人もそれは同じです。じゃあ、村の中でお金を使おう思うにはまずどうすればいいかっていうと、一つは安定的に現金収入が得られること、もう一つは使う場所があること、です」
二つ目はアース商会が担うことが可能なので、問題は一つ目だ。
「行政機関は普通じゃお金に成らない仕事を引き受けて、お金を支払って誰かに解決してもらうのがお仕事です。そのためのお金は税金で集めます。目には見えませんが、治安維持を行っている領兵の皆さんなんかがその一旦ですね」
国に通貨発行権はあるものの、金本位制度に近いシステムで、物納が許されているこの世界だと、税金は財源の一つだ。
「村人がお金を得るために、仕事を作ってお金を撒きます。目下必要なのは上下水道の管理、汚水処理施設の管理ですね。はい、ここに草案があります」
一つ目は各家庭、および村の複数個所に準備した公衆トイレから汚物の回収、公衆トイレの清掃の実施だ。
「初期研修あり、半日業務で日当15Gで公募を行います」
さらに汚水処理施設の管理。こちらは隔日業務で日当15G。お水槽の管理、撹拌機の稼働、浄化を終えて肥料として使えるようになった廃棄物の納品がメインの業務だ。
「それから浄水設備の稼働と作っている水の配布。上水道の設置はしばらくかかるので、水を使う家々への運搬を行う業務です。こちらは量が多くなると思うので、終日勤務で日当25Gくらいですかね」
今の浄水設備は魔力を注がないと稼働しない。
作った水は水桶に入れて家庭に届けているが、それをちゃんとした業務化する。賃金は汚物を扱わない分ちょっと安い。
「結構な支出があるように思えますが」
「その分村の中にお金が回ります。先ほどの生活水準の話もありますし、あんまり安いとみんな魔物狩りに行ってしまいますから」
魔物狩りはリスクがある分、確実に一定のリターンがあるメリットもある。
今、なんとか生産職と冒険者の需給が釣り合っているのは、冒険者が魔物と戦うリスクと得られる資金、生産者が安全に資金を得られるメリット、それに使い道の3種が釣り合っているからである。
しかし使い道、欲求側が大きくなってしまうと生産者は冒険者側にシフトしてしまう。村人が全員魔物狩りで生計を立てるのはドロップの偏り的に無理なので、短期的に経済が崩壊する。
「まず汚水処理関連の事業ですが、収集した糞尿を発酵させて堆肥を作成するのは既に取り掛かっています。これの売却益を差っ引いて、ひと月におおよそ500Gが人件費にかかります。各家庭からはトイレの数に合わせてひと月に20Gを徴収。代わりに一日1回、汚物入れの交換を実施します。今の家は、中に上がらなくても交換が可能な造りに設計してもらいましたからね」
「あの家の構造はそのためか!」
「それでは足らないので、設置されている公衆便所のうち2つを有料化します。買い切りの鍵を販売する形ですね。有料の便所は初めと終わりに汚物の回収と清掃を行ってもらう形にして、きれいなトイレを使えるようなインセンティブを持たせます。価格は5G。売れ行きにもよりますが、冒険者と領兵向けでしょうか。おそらくですが、この売上で最初のひと月分の支出が賄えます。最初のひと月が乗り切れる頃には住人が増えるので、どんどん回りやすくなっていくはずです。もちろん、価格も下げられます」
「最初の支出金が無いのでは?」
「運営費はアース商会から貸し出せます。村法に利息既定の項目を設けてありますから、そちらも確認してください」
この世界の一般的な利息規定よりかなり利率を絞ってある。この利率だとこの世界の普通の金貸しは商売が難しい。うちは審査と担保を厳しくして、事業としては絞る。けれど村単位ならクリアできる。そういう基準にしてある。
「上水道の管理も同じ方式です。資料はこちら。この村に対するアース商会――タリア嬢の所有分はクランの敷地と土地、それから村の外の源泉所有権、水の永続使用権です。真水の生成装置は貸出、土地と建物、生成物は村の共同所有物に成りますね。領主への担保。下水の方も同じく。下水の処理装置は、やってもらわないと困るのでこっちはあって無い様なものですね」
「……多すぎやしませんかね?」
「ははは、村の運営は考えるべきことがありますよ。私はやりたくないですね」
やりたくないから、助力は最低限にして後は自分たちで回してもらえるよう準備しているんだ。
「今使っている鉈や斧、スコップなどはそろそろ強化が切れると思います。再度無償で貸すつもりはありませんので、稼いだお金を使って商会から借りるか買うかしてください。個人でも、村としてでも相談には乗ります。それから、ここまでの話とは別に商会から村への依頼があります。それがこっち」
「これは……浄水残留物の生成ですか?」
「ええ、現物はこちらですね」
温泉成分の沈殿物。いわゆる湯の花である。
「既に浄水場の廃液溝にはコレの元となる沈殿物が溜まり始めています。それを採取して、記載されてる通り粉末に加工して定量づつ瓶に詰めてください。作業に必要なものは貸し出しますが、その場合はひと瓶2G、貸出無しならひと瓶2.5Gで買い取ります。便以外に、インゴット上に固めた物も作成していただければ買い取ります。見本は準備してありますから、そちらをご確認を。詳細は関係者にのみ説明という形で」
湯の花は複数の鉱物原料の塊だから、
特にこの温泉の硫黄は余り確保できていなかった成分だし、扱いは難しいが確保しておいて損はない。
メインは湯の花の販売の方だけど。
「商会側はこれがお金になるかもと考えているのでボランティアでは無いです。これで村の中に多少はお金が供給されるはずです」
後は、個別に買取を行うことにしている木炭、地質調査がヒットすれば鉱石類がこの村の収入になるかな。
「依頼の方は理解しました。内職ならやりたがるものも居るでしょう。それ以外は……読み込んだ後に、再度ご相談で良いですか?」
「構いませんよ。ただ、数日後には我々は一度ボホールに行きます。下水、上水の仕事を行う人は戦闘職に転職した方が良いと考えているので、決めてもらえれば同行してもらいます」
「ボホールへ……それはもしかしてあの?」
「ええ、飛行船で移動します」
「それは……意見が割れそうですが……二人に絞れるかなぁ」
最後は消え入りそうな声でつぶやいた。おそらく乗ってみたい波が何人か居るのだろう。
逆に死んでも乗りたくない派も居ると推測される。
「特別代金を徴収することは無いですので安心してください。人選は本人の希望を重視してくれれば、お任せします。あらかじめ連絡がいただければ、先にレクチャーを始めます」
「わかりました。今宵にも集会を行いましょう」
これでお金を回す話は一通りかな。
「最後に……税金の話をしましょうか」
そう言ってまた紙の束を取り出すと、ペール村長は目を白黒させ、アンデルスさんさんは目をそらすのだった。
---------------------------------------------------------------------------------------------
とっ散らかったので書き直して1話増えました。次でこの話も終わるはず。
更新は不定期ですが週1は保って行けるよう頑張ります。
いいね、応援コメント、ブックマーク、評価、レビューなどなど励みに成ります!
したの☆をポチポチっとよろしくお願いいたします!
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます