第382話 村のルールを提案した1

「一応、運営に当たって村のルールの話をしておきましょうか」


「ルールですか?」


屋敷の露天風呂も完成して、直接手を動かすのは住人や冒険者に任せることが出来るようになってきた今日この頃。

外からやって来る冒険者、物を運んでくれる商人、今後増えるであろう住人など、人が増えればトラブルが増えるのも世の常。

村の環境に合わせて、ローカルルールを作成しておこうと思い立った。

そんな分けで、村長のペールさんや開拓団団長のアンデルスさんを集めて会議だ。


「基本的には王国法と領法を守れば良いんだけど、どっちも市民生活に関しては最低限って感じで心許ないんですよね」


どちらも治安維持と税収を守るのがメインだから、あまり細かくは無いのだ。


「今は人間族が多いけど、種族によって微妙に文化が違うから、後で問題にならない様にあらかじめね。敷地だけ言えば街、町長を立てて転職神殿を置ける規模だから、そうなるつもりで準備をしておこうと思っています。この後商会の絡みで来る移民はクロノスの出身じゃない人間もいますから、今のうちに定めてしまうのが良いでしょう?」


「ふむ……難民の一部がクランに居るのでしたな。確かに敷地は広いですし、目の届かない場所も出るでしょう。しかし……なにを定めるのですか?」


「案は幾つかありますが、まず確実に定めておかなければ成らないのは、憲法……ルールの指針と、三権分立、それに公共益の公平分配ですかね」


そう言うと集まっていた全員が首をかしげる。


まあ、そうだろうなぁ。


一応、ボホール伯爵には話を通してある。クロノスは封建制度を利用しているので、基本的にはお上が決めたことがルールになる。ただ、細かい所は見ていられないので、領主は割と放置なのだ。せっかく新しい村を開拓しているのだから、多少は住みやすい村にしたい。


「まずやりたい事から説明しますね。村長はスキルで村内の魔物発生を抑制するのがメインの仕事なので、それ以外の仕事を行う機関が必要です。大きな街だと領主から委託を受けた商会などがやっている業務ですね」


この村に入っているのはアース商会だけだが、うちが受け持っても労力に見合わないので公共化してしまっておきたい。


「村人が行うにしろ、どこかの商会がやるにしろお金がかかります。ここは他の街から離れているので、そうなると例えば塩などの必需品は高くなる傾向にあります。ずっと領兵が補給と輸送をしてくれるわけでは無いので、ここで商売をしてくれる商人が少なければ、ボホールでは暴利と言える価格でも買うしかない。でも、それだと村人は困りますよね。なので必要な事業は公共事業化……皆でお金を出し合って行い、安定的に供給できるようにする必要があります」


「……なるほど。考え方は理解できます」


「なんですけど、その為にはまず村内から集金するルールを決めなきゃいけません。集金に限りませんが、村長は村人の信頼を得ないと能力が発揮できない以上、不満が溜まるような運営は出来ないですよね」


「そうですね」


「なので運営は公平なルールに従っていることにしたいんです。誰でも自分だけが損をするのは嫌ですから。じゃあ、そのルールはどうやって定めるのかを考えると……方針というか精神を定めなければ成らないわけです。って言っても、イメージ湧かないと思いますから、草案があります」


この村――既にリターナー村と呼ばれ始めているが、出資者のメインはタリアなので拒否している。が、タリアも自分の名前が付くのは拒否しているので惜し負けそう――のルールに当たる草案は以下。


--------------------------------------------


1.この村に定める法律は、王国法、領法のいずれにも抵触せず、かつここに定める指針に従わなければ成らない。


2.この村に定める法律は、この村に滞在、居住するすべての人類に対して有効でなければ成らない。


3.この村に定める法律は、種族、性別、年齢、宗教、居住の時期や期間、社会的地位にかかわらず、平等な物でなければ成らない。


4.この村に定める法律は、この村に滞在、居住する人類の生命・財産・尊厳を保つために制定・運用されなければ成らない。


5.この村に定める法律は、居住者かその代理人の2/3の賛成を持って採択され、統治者の承認を持って発行される。


6.この村に定める法律は、行政によって運用され、司法によって判断される。


7.この村に定める法律が本憲法に従わず違憲である場合、それは如何なる場合であっても無効とする。


--------------------------------------------


各項目の詳細は、小項目を設けてそこに記載してある。

これをボホール伯爵に送った時点で内務官としてのスカウトが来たが、それは丁重にお断りした。


「一つ目は王国法・領法に従えって話ですね。小項目では王国法や領法が変更されて、それに抵触するようになった時点で無効になることを定めています」


「……ずいぶん難解ですな。ここまでのものが必要なのですか?」


「ええ。必要だと。この村が村として機能し始めて新参者が増えたタイミング、それから発展して商人や湯治目的の来訪者や貴族が来るようになったタイミングの最低2回、新たなルールを作らなければ成らないと想像しています。そのタイミングで発生した住民間のトラブルを解決するためです。これはうまくやらないと、軋轢から不幸な事件の三つや四つは起こるでしょう」


ここが失敗例になる可能性はそれなりに高い。


「出資者である我々が強権を振るうというのも一つの手段なのですが、不在の可能性がとても高いので、村の運営は村民でやってほしいんですよ。そのための指針です」


この開拓村は従来にない速度で開発が進んではいるが、似たような例は今後各地で出てくるだろう。

装軌車両や飛行船による交通革命は、細い線でつながれるだけだった各都市の結びつきを強固にし、結果人類は生活圏を広げる。

そうして広がった街や村の中には、これまでなかった事業を主軸とする街も現れるだろう。


「さて、この小難しい話は、もうちょっと一般的な村法ルールを決めるための指針です。そして、今回提案する村法がこちら」


----------------------□治安維持法□----------------------

1.街の領域内において、糞尿を専用設備以外に投棄・放置することを禁ずる。これを犯した場合、いかに示す罰則を科す。


2.街の領域内において、野外に唾や端を吐き捨てることを禁ずる。これを犯した場合、いかに示す罰則を科す。


3.街の領域内において、夏場は3日以上、冬場は1週間以上の期間入浴または清潔クリーンによる清掃を受けない状態が継続することを禁ずる。これを犯した場合、……。


……


-----------------------------------------------------------


「概ね臭い物の話しか書いておりませんな」


「まさしく。開拓村なんてどんな非常識がやって来るか分からないでしょう? 冒険者の様な流民も居るわけで、迷惑かけられるだけ迷惑かけられて逃げられれも損なので、村に入る前に制約を課すわけですね」


こういったルールがある村は、実は結構ある。

基本は水が貴重だとか、塩が貴重だとか、そう言った理由から生じることが多いけど……まあ、下肥は無償で村に提供する、とか決められているところも無くはない。


「さて、これをその前の草案と比べましょう。例えば1つ目、王国法や領法に触れる事は無いですし、全ての人に有効で、対象は平等で、公共の利益のために定められてますよね」


「……なるほど、確かに」


「5条目以降は決定や運用の話なので、実質4条までが守られて居れば成立しますね。こんな感じで、憲法は作ったルールが恣意的な物に成っていないかを確認するためのもの。つまり、ルールの精神です」


「ふむ……こちらを変更するのはどうするのだ?」


「基本的には変えません。憲法側はあくまで法律を作るための上位ルールなので、これを変えてしまうと恣意的なルールが作れてしまいます。新たに村法を考える際、今の住人は将来的に圧倒的少数派に成りますから、それを守る意味もあります」


「ん……人数既定から言えば、我々には不利なのではないですか?」


「この草案憲法が述べている考え方は、多数側は少数側の事を考えた、少数側だけが不利益を被る事が無い様なルールを作らなければ成らない、ということです。そんなモノ文章で定めてなんになるんだってお思いかもしれませんが、実際には村でトラブルがあって解決できない場合、領主が解決に乗り出すでしょう?この村法は領主の許可を得て制定されることに成るので、憲法を守っている側に義があります。そう言う建前が必要なんです」


「ああ、なるほど。確かにそうだ。領兵我々は仲裁に入ることもあるが、どちらの言い分にも義がある事はある。真偽の問題でない場合の判断は難しくなりがちだが、その場合はどちらがよりこの憲法沿った主張をしているかを判断すればいいのか」


「ええ、その通りです。そしてそう言うルールの運用を予めしておけば、抑止力にもなります。もちろん、村法が法律に則って定められていれば、ですけどね」


さらに言えば、村法は憲法5条で領主の承認を得ていることになるから、これに違反するのは領主の決定に逆らうのに近い権威を持つようになる。金にモノを言わせる商人や貴族の関係者にも有効だ。

この世界は封建制度だが、領主は領民人気が一番重要な職だから、領地内に居るなら爵位に関係なく領主の権威が最も高い。超えるのは国王くらいだろう。


「つまり、我々はこの素案をもとに意見を出し合い、必要に応じて修正をして承認を得ればよいという事ですね」


「そうです。憲法条文と村法条文合わせて素案は30ちょっとありますのでちょっと多いですが、合わせてどんな問題に対処するため彼の例も記載してあります。それを見ながら村民会議で1度議論してください。一度は我々が居ない場所で話をした方が良いでしょう」


集合知を使って頑張って集約したが、それでも数は増えてしまった。

しかしこの世界では成人の際の肉体改変のおかげで、皆一定以上の思考能力は有している。

小難しい話ではあるが、順番に追いかければ理解が及ばないという事は無いはずだ。


「わかりました。伯爵閣下の許可を得ているなら、出資者であるリターナー殿たちが定めてしまってもよかったようにも思うのですが……」


「自ら考える機会を与えられた方が、守る方もその気になるでしょう?」


「それはそうですね。お心遣い感謝いたします」


さて、これでルールの方は帰ってくるまで待ち。

次は実務とお金のかかる話の方だな。


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こういう内政の小難しい話は割と好きです。思いのほか長くなったので、後1話で何とかまとめられると良いなぁ。


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