第381話 開拓村に温泉が出来た
6月に入り、本格的な夏の足音が聞こえてくる時期になると開拓村も村として回るようになってきた。
必要な食料などは備蓄と補給に頼っている状況ではある物の、水の問題が解決したことにより住人はずっと村に居続けることが出来るようになったのが一番の変化である。
その間、暇を持て余したバノッサさんを時間迷宮の攻略に送り出すなどいくつかトラブルはあったものの、師匠は無いと言い切っていいだろう。
建設中だった領兵のための簡易宿舎、冒険者が利用するギルド派出所も完成。村人たちのための家の建設に取り掛かるとともに、農業を行う村人には土地の割り当ても始めた。
この世界、開拓が個人の力ではまず無理な事から、開拓村の敷地は出資者が所有することになる。今回の場合はタリアの出資だが、伯爵を経由しているのでこの場合は伯爵である。
開拓に携わった村人は免税期間に資金を貯めて、最終的には土地を買い取るのだ。
この方法はクロノス以外でも多くの国で用いられている。
土地を国家の持ち物として貸し付けるという場所もあるが、その場合食い詰めた村人が一斉に逃げ出して廃村になる、なんてことが起きるのでデメリットが大きい。
どうにもならなくなったら戦闘職に転職して魔物をシバく、という保険があるのでまあそうなる。
この世界で大人しく生産職をやっているのは、稼ぎと安全で安全を取った、もしくはとれる立場にいた者だが、資産がないと見限るのも早い。土地を売って初期投資に充てることも出来ないとなると、それはもう思い切り良く夜逃げする。
それはさておき。
出資した俺達は既に開発済みの屋敷とその土地を買い取り済み。というか、僻地の寒村なら土地くらいはまるっと買い取れるだけの出資をしているので、むしろ伯爵からは金が帰って来る予定だ。
稼いでも仕方ないのでガンガン使っていくけど。
新たに持ち込まれた物はオスメス合わせて五羽の鶏と、一組の山羊、それに同じく1組のロバである。
人が食べれない草木を食べる家畜は優秀な食料装置であり、また
農地では荒地に強い蕎麦と芋、それにいくつかの野菜の生産を始めてもらった。
ぶっちゃけ最初の収穫では住人の食料を賄うのは厳しいが、それでも回りだすことに意味はある。
割り当てた農地とは別に、クランで利用できるよう薬草栽培の土地も確保した。手が空けば温泉の熱を使って温室を作るのも可能だろう。
まぁ、それについては直接俺が手を動かさなくていいようにしたいところ。
開発が完全に独り立ちしたら、受送陣を設置してここを帰還拠点としていつでも使えるようにする。その後はこの大陸の
……やること多いなぁ。中央大陸に行くのはいつになるだろうか。
「…………ふっ……ああぁぁぁ」
暖かい湯の中にゆっくり腰を下ろす。
石を並べて作った浴槽。雨避けを兼ねた木製の屋根と木壁の隙間からは、茜色に染まり始めた空が見える。
ここはクランの屋敷に隣接するように建設された共同浴場。
20人ほどが同時に利用できる広さの露天風呂を、男女別に整備した。
「あ~……やべぇ……癒される……」
風呂は良い。なくして初めて気づく。
こっちに来てから入ってないから10か月ぶりか?
「……湯に入る前に身体を洗い、汗を流す。手ぬぐいは湯に付けない。なかなかにルールが多いのであるな」
大判の拭布を腰に巻いただけのコゴロウが、浴場内の壁に建てられた注意書きを見ながら唸る。
「……そもそも刀を携えたまま風呂に入ろうとするのがどうかと思うんですよ」
風呂場に武器や防具を持ち込まない、は脱衣所の方に描かれている。
ちなみに、フォレス皇国やクーロンには全裸で風呂に入る文化は無いが、クロノスの地方は全裸だ。冬場に濡れた布が凍るという問題から、温泉を療養に使う地域では日本の温泉文化に近いものが形成されているらしい。
「そもそも人前で裸になるのがおかしいと思うのであるが」
「郷に入っては郷に従え、ですよ。別にみられて恥ずかしいモノも無いでしょう。男女別ですし」
ちなみに、混浴は稀有だがなくはない。
この世界の宗教は清貧を規律としていないし、他種族が入り混じる国では性風俗も多種多様でまとまりがない。発情がある種族は、発情期以外は性的関心というか、男女差が糞薄いとかもある。
「まぁ……そうであるが……ぬぅ……」
ぶつぶつ言いながら、おっかなびっくり湯につかり始める。
武人だけあって引き締まった身体をしている。所々に傷の跡も見えるが、全体的に俺より一回り暗い太いか?
こっちに来てからの筋トレで外見はかなり筋肉質になったし、腹筋も割れているのだが……やはりずっと専門で生きてきた人間は身体の仕上がり方が違うな。
暫く顔をゆがめていたが、肩まで浸かってしばらくすると落ち着いたのだろう。
『ふぅ』と息をつくと、目を閉じて『これは中々にいい物であるな』とつぶやいた。
「……ああ、すげぇのんびりしてる気がする」
「湯の注ぐ音しかせぬ、静かで落ち着いた雅な時であるな」
「ちょっ!引っ張らないでくださいっ!」
「あたしは良いからっ!降ろして!」
「ダメよ。あなた達水浴びの文化すらないでしょっ!」
……静寂をぶち壊す叫びが女湯から聞こえる。
「……趣が消えたのである」
「最初だけですよ……多分」
……
湯で身体を清めるか
タリアは姫だけど記憶がある限りはザースの地方村出身だから、夏場の水浴びは定番だったのだろう。
「別に
獣人のアーニャは濡れるのがあまり好きではないらしい。
「あれは汚くないだけよ。バーバラ、頷いてるけど水虫の原因はそれだからね」
「タリアっ!言わない約束でしょうっ!」
「定期治療してあげてるんだからいまさらじゃない。もうずいぶん再発してないんだし」
聞かなくてもいい叫びが聞こえる。
「……水虫……治るのであるか?」
「聞きたくないのでやめてください」
感染症の一種だけれど、表皮の感染症は
「知識がある者が魔術を使ったほうが効果が高いそうですよ。靴と靴下を全部捨てて、足を切り落として再生するのが最も早い治療法ですが」
「……人のパーツはそう簡単に交換したりしないモノである」
俺もやりたくてやってるわけでは無い。
まあ、水虫の話はどうてもよくて、とりあえずプライバシーを垂れ流しにするのは止めた方が良いとうちのレディたちに伝えるべきだろう。
『……全部丸聞こえだからせめて小さい声で話なさい』
『あら、失礼。』
『~~~~~~~っ!!』
バーバラさんの声に成らない叫びが聞こえる。
『ああ、でも
『……タリアは温泉に入ったことがある?』
『温泉かは知らないけど……魔物の所でね』
なるほど。
『あいつらが「商品価値を高めるため」とか言って利用するくらいには、美容と健康に効果的よ』
『入り方間違えなきゃそうだね。まぁほどほどに』
『こういうのは最初が肝心なのよ』
どっかでいった言葉が聞こえる。
「ふむ。静かになったであるな」
「……そうですね」
ため息一つ着くと、肩までしっかり湯に沈む。
茜色の空を流れる雲を見上げながら、こうのんびりする日があってもいいだろうと目を閉じたのだった。
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更新が大分遅くなってしまいました。申し訳ありません。
部署が変わってちょっと仕事が見えません。出勤にぼちぼち時間も吸われているので、落ち着くまでは不定期になると思います。週末に1話は何とか。
温泉回ですが、サービスシーンは特にありません。
風邪、ニキビやそばかす、水虫などは魔術で完治させるのが難しい(というか再発しやすい)疾患であり、とても嫌悪されています。命に別状は無いのに、治療費が馬鹿にならないのも原因の一つですね。タリアは神凪のレベルが上がってからこの辺の解像度が地味に上がっています。
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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