第379話 開拓村の状況を確認した

「さすがにアレはありえねぇだろ」


「さくっと時間迷宮の最深部をクリアして、話はそれからですね」


 数時間の仮眠を取ってのそのそと部屋から這い出してきたのは、空が茜色に染まり切ったのち。

 エルダーたちに教わった呪法を知らないバノッサさんが、村の周囲を取り囲むように生み出された壁を見てぼやく。

 口に出さないだけで皆同じであろう質問を、俺はバノッサさんへの返事だけで返した。


 ここは開拓村の中で一番大きな建物。出資者であるタリアとアース商会のために建てられた店舗兼工房兼居住用の総合施設だ。

 まだ内装はされておらず、家具もほとんどない状態だが、部屋数が多く広い部屋もいくつかあって使い勝手が良い。ボホール伯爵に保養地開拓を打診した時、一緒に欲しい拠点のイメージを一緒に送っておいてよかった。

 部屋のいくつかは領兵の生活場所に成っているが、それでも俺達が使うのに十分だ。


「どうやったかは共有する気が無いんで、今の村の状態を共有して、明日からの仕事を共有しましょう。それが終わったら宴会です」


 打ち合わせのために集まってもらった小部屋には、俺とバノッサさん、それから村長のペールさん、開拓団長のアンデルスさん、冒険者……つまり民兵リーダーのダニエルさんの合わせて5人が集まっている。

 タリアを筆頭に女性陣は食事の準備中だ。


「まず、この村の開発目的ですが、御存じの通り保養、将来的なアース商会関係者の居住地とすることを目的にしています。アンデルスさんは御存じでしょうが、ボホール伯爵としては私たちがここに居を構えて、領の住人となってくれる事にも期待、と言った所ですかね」


 俺の発現でアンゼルスさんは何とも言えない顔をした。

 人類最初の極めし者マスターに、2次職の踏み出す者アドバンスになった今、渇望者たちクレヴィンガーズは居るだけで、関係各所に威圧できるくらいには価値がある。


「まあ、こちらもボホール伯爵がそう考えると予想して打診しているのでWin-Winです。開発に当たって、先住人との軋轢を避けるため新たな村を起こしてもらいました。場所の指定は特にありませんでしたが、伯爵が開発地として目を付けていた場所の中からここを選んだ理由は聞いていますか?」


 ここは立地的に近くの村から経験を積んだ冒険者でも2~3日、ボホールからだと4~5日はかかりアクセス的には決して良いとは言えない。


「保養を目的に温泉がある場所を、という話だったのでここにしたと聞いている。少し西側に大きな源泉地帯があるが、開発の予算が付かず放置していたので渡りに船だったと」


「その通りですね」


 クロノスにも温泉、つまり入浴の文化はあったりするが、温泉が湧き出るようなところは山深い場所で人里から離れていて住みやすいとは言えない。なのでなかなか開発されておらず、一版には根付いていない。

 負傷した兵や冒険者が傷をいやすための療養地として、幾つか温泉地があったりするがあまり大きなものではない。金さえ積めばほとんどの傷害は再生治癒で癒せるので、温泉療養をするのは貧乏人というイメージもあるからだ。


「私たちはココを療養ではなく、行楽のための温泉地として開拓するつもりでいます。つまり、そとから人が来てもらうための街ですね。そのために有る程度大きな塀を作成しました。それが今の外周堀です」


 愚者の時間タイム・オブ・ザ・フールで作成した簡易城壁は、直径1.6キロほどの円形。

 城壁内の東側は森林部、旧村部の南には飛行船場があり、北北西に当たるエリアには温水の噴出地が存在する。

 開拓街道は東側の森の方へ丘を下るように伸びていて、もともとあった旧村部はほぼ森に隣接する形で建てられていた。森と塀の間にスペースがあるのは、いつも通りの魔物対策だな。


「源泉とこの村の距離が離れていますが、理由はなんですかね?」


 俺が簡易城壁を作る前、温水噴出地帯と村はそれなりに離れていた。温泉を引くなら、もっと源泉に近い所に中心地を作るはずだが。


「ああ、それについては俺から話そう」


 冒険者リーダーのダニエルさん。


「源泉は高温の蒸気が噴き出す事があって、周辺での開発は難しい。さらに言えば、毒の空気が溜まって居たり、流れてくることがあって村の中に取り込むのは危険だと進言した。錬金術師が一人しかいないから時間はかかるが、湯の量、温度とも十分だからな。村が出来た後で引きこんでも問題無いと考えているが……まずいか?」


「いえ……温泉地の経験が?」


「北の方だが、以前護衛の仕事で行ったことがあってな。しばらくその周辺で仕事をしていた経験があってまとめ役をやらせてもらっている」


 なるほど。なかなかに心強い人選だ。


 状況を詳しく聞くと、領の錬金術師はエンチャントアイテムの研究のため人員を確保できず、組合伝手に人を雇ったらしい。

 こういった地域で必要な気体可視化のスキルは、取得できる職が少ないからな。なんとか錬金術師一人確保して、後は大工などの一般職と土魔術が得意な術者で作業をしていたとのこと。


「毒ガスは想定の範囲内です。今は隙間の無い壁でぐるっと覆われているので心配は無いと思います。俺とバーバラさんは錬金術師を修めていますから、どの順で作業するかは詰めましょう」


「……リターナー様も手を開拓をされるので?」


「冷やかしと催促をしに来たわけじゃありませんよ。ここは補給が難しいから、のんびり開発していたら数年はかかる。でも後2~3カ月もすれば商会の関係者数十人が生活基盤を移す予定です。それまでにこの村だけで生活できるよう形にする為の手伝いに来ました」


 クーロンの戦いで、アース狂信兵団に参加する人数は馬鹿みたいに増えた。

 その中には城塞都市モーリスやホクサン領の住人も居て、住居も仕事も無いものも居る。もちろん、ホクレンの戦いで被害を受けた者もだ。


 そこで生計を立てるのが難しくなった者――難民や素質や年齢的に戦闘職に向いていない者の中から、問題の無い人たちを選んでこの村の開発を行ってもらうことにした。

 その為には、とりあえず生活できるだけの下地が必要である。


「村長さんには続けてもらうとして、今、居住予定の開拓者は10人にも満たないですよね?」


「ええ。こう言っては申し訳ありませんが、さすがに場所が悪すぎて希望者が集まりませんでした。ほとんどが仕事として来ている者になります」


「ボホール伯爵からもうかがっているから大丈夫ですよ」


 いきなりこんな僻地を開拓すると言っても人が集まらないのはその通りだろう。

 まだこの開拓部隊は常時ここに住んでいるわけでは無く、1週間ほど開拓を勧めたら全員で下山し、また十日後に物資を持って登って来ているらしい。

 開拓民が参加しだしたのは3回目からだとか。


「最低でもこの村に転職神殿が立てられる程度にはしたい。そのための壁の内側の広さです」


 有る程度大きな人の居る街じゃないと、転職用の像を置かせてもらえないからな。

 固定住人が100人、200人の村だと難しい。


「まず解決すべきこととして、開拓に当たって困っている事はありますか?」


「物資不足が一番ですかね」


「水もだな。温泉は飲料には適さないから、現在はかなり基調だ」


「井戸があるように見えましたが?」


「掘ったら湯が出た。噴き出すと怖いからあれ以上は無理だな。汗を流す湯はあっても飲み水には使えん。森側が塀の中になったのはありがたいが、麦や野菜を育てるのも水が無いと難しい」


「今は錬金術師にお願いして浄化してもらっているが……十分とは言えない」


「後は燃料の備蓄もですかね。斬った材木を置いて行けないので薪はまで運んでいる状態ですから……暖かくなってきたとは言え、夜から朝にかけては冷えます」


 基本的な資材が足りてないか。

 さらにいくつか問題点が上がる。しかし、基本は水と食料、それに燃料だ。これさえ安定的に確保できれば、物資補給のために下山する必要が無くなる。


 今メインで進めているのは、価値の高い野良魔物の討伐と街道の整備、それに住居の建設。もともとの方針だと、後二日ほど開拓を行って下山する予定だった。


「わかりました。ではこの内容はこちらでまとめて、方針は明日の朝、もう一度集まって決めましょう」


 その日の夜は、タリアたちが仕込んでくれた料理と持ち込んだ酒をあけ、村を上げての宴会となった。


 ……タリアの料理の腕はかなり磨きがかかったなぁ。いつの間にかアーニャもバーバラさんも一通りこなせるようになってるし、俺の出る幕はレシピくらいに成りそうだ。

 見張りで飲めなかった者も出たものの、酷い盛り上がりを見せたのは語るまでも無いだろう。

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□雑記

開拓民が村を開けてでも全員で移動しているのは、魔物対策や開拓者の慰労、それに獣道に毛が生えただけの街道を整備する目的があります。開拓村はまだ秘境で、メルカバーの様な装軌車両はもちろん、小さな荷馬車もたどり着くのが困難な状況です。なので、往復の最中に道を整備しつつ踏み固めつつ、到達が楽になる様に開拓を進めています。


近況ノートに周辺地図を公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/hearo/news/16817330655244955330


現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212


□2023/04/04追記

職場が変わって出社頻度が増えたため、本日4/3の更新はちょっと間に合いそうにありません。明日に持ち越しとさせていただきます。

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