第375話 人造獣使いの実験1

「それで、有益な情報は得られたの?」


翌日、クーロンに戻った俺はホクレンに別れを告げ、一足先に石切り村へ移動していたタリア達と合流した。

今日はタリアとバーバラさんに手伝ってもらって、悪霊王ワイトキングから得た知識をベースに実験を行う予定だ。


「得られた情報はぼちぼち。……ああ、最初に行っておくと、魔物の核が何か確かめる方法や、核がどんな魔物になったかの情報は無かった。どこにいるかも含めて……まあ、魔物の言う事だけどぼちぼち信じられるかな」


「……そう。なかなか見つからないものね」


「300年も前の話だしね。ザース・クトニオスに攻め込めば何かわかるかも知れないのと……コクーンに戻ったらしてみたい実験があるから、それはクロノスに戻ってから確認しよう」


タリアの家族の行方は依然として知れない。

回ってる街のギルドでは調査をしているし、国を跨いだ捜索依頼も出しているのだが、今のところ手掛かりは皆無だ。


「とりあえず、今日の検証はこれ」


テーブルの上に一抱えほどある木箱を置く。中からはごそごそと音がする。


「なんですか?」


「ギルドに集めてもらった嫌われ者」


今回の実験動物となるネズミ君たちである。


人造獣使いキメラ・マイスターは生物同士を掛け合わせて新たな力を与えるとともに、それを使役する職業である。

死霊術師は死体、つまりモノをコントロールする職業であったが、対象になると考えれば、ある意味正統進化と言えるだろう。

そして当然、人造獣キメラに出来るのは動物だけではなく……。


そもそもこの世界で一般的に通じる合成獣キメラではなく、人造獣キメラってなってる辺りがきな臭い。

集合知によってニュアンスの違いが日本語で判るのだが、名前からしてね。錬金術系の夢、人造生命ホムンクルスに通じるところがありそうだ。


……なんにしても、倫理的にあまりにもクソなので取るつもりはなかったのだけど、死霊術だけじゃどうにもならないので致し方なし。


人造獣使いキメラ・マイスターは複数の生物を合成したり、生物に無機物を合成したりできる。この世界ではなじみが無いけど、例えば再生治癒の代わりに骨を他の金属に置き換えたり、禿げた頭に他の髪の毛を植えたり……まぁ、真っ当な使い方もしようと思えば可能なんだけどね」


「……再生治癒で良いのでは?」


「真っ当じゃない使い方の方がメインだから。全身から鋼鉄の刺を生やすとか、腕を4本に増やすとか」


「殺意の高い針鼠の獣人?」


「かつてアスラという4本の腕を持った種族が居たと聞いた事がありますね。魔物でしたっけ」


……ファンタジー世界だからな。生半可な改造だと、それナニナニって種族?、とか言われかねない。


「10レベル毎にキーとなるスキルを覚えていく形なんだけど、本格的な生物同士の合成は20レベルに成らないと出来ない。とりあえずダンジョンで10レベルまで上げて物質移植マテリアル・インプラント生体使役バイオロジー・コントロールを取得して来た。今日はこれを試す」


この二つは人造獣使いキメラ・マイスターの基本スキルだ。

物質移植マテリアル・インプラントは非生物を生物に融合させる手術を行うスキル。そして生体使役バイオロジー・コントロールは、特定の手術を行った対象を使役するスキルである。


「まずは物質移植マテリアル・インプラントで、鼠に対して幾つかの改造を行う。ただ、まともにキメラ化するかは分からない。どのくらいやり過ぎたら死ぬのかが分からないから、タリア、生命の精霊が招集可能なら呼び出してネズミの状態を観測していて欲しい」


「それで私を呼んだのね。了解、やってみる……」


収納空間インベントリから機材を取り出して、ネズミを1匹鉄の籠に針と共に放り込むと、小型の錬金窯へ安置する。

スキルの特性が分かれば効果をブーストするアイテムが作れるかも知れないけれど、今はまだ使うだけ。

テーブルの上に置かれた錬金窯に手をかざし、詠唱を交えてスキルを発動する。


「……物質移植マテリアル・インプラント


僅かな発光現象と共に、針の一部が溶けてネズミにまとわりつく。ヂュウ、と大きな悲鳴を上げてネズミが籠の中で転がる。


「……ふぅ、まずは第一段階」


「大きく変化したように見えませんが……」


「尻尾の先に針を合成してみた。どうだろう?」


「……たしかに、尻尾の先が鋭い金属の針に成ってます!」


「うまく行ったみたい。タリア、精霊は何か言ってる?」


「いいえ、これ位なら大丈夫みたいね。生命の精霊さんは気難しいから、機嫌を損ねそうなら止めるわね」


「お願い。んじゃ、次の実験。ネズミの尻尾を錬金術で変形したりできるか、これをバーバラさんに確認してほしい」


「私ですか?」


「そう。単純に人造獣キメラのパーツに他者の錬金術の効果があるかを調べたいんだ」


錬金術師のスキルは基本的に生物に作用しない。

人造獣キメラ化したネズミの尻尾は生体部では無いはずだが、さてこの部分は生物なのか、それとも非生物なのか。


「……ダメなようですね」


尻尾の先に鉄の針が縫い付けられたようにしか見えないが、それでも変成トランスミュートは効果を発揮しなかった。当然、粉砕ポウブライズも無効。


「……俺も錬金術師のスキルではだめか。……物質移植マテリアル・インプラント


再度スキルを発動させるが、尻尾の先の形状を変形させるには至らない。

合成した時に一度定めた形態は、少なくとも現在あるスキルでは変更できないらしい。


「……除去も出来ない」


物質移植マテリアル・インプラントは移植するだけで、単純な人造獣キメラでも元の生物に戻すことは出来ないらしい。


「じゃあ、次に行こう。こいつは1号として隔離しておいて……ちなみにタリア、こいつがオスかメスか判る?」


「えっと……メスっぽいわね」


「おっけー。箱の中からオスのネズミを見繕ってもらえる?」


「何をするんです?」


人造獣キメラ化した形質が遺伝するか確かめるために、しばらく飼育する」


「……なるべく若くて元気なのを選ぶわ」


オスのネズミに同じように物質移植マテリアル・インプラントを施して、隔離したケージに放り込む。残飯と水、それに温度を適温に保てば勝手に繁殖してくれるはずだ。


さて次は……再生実験をやっておくか。


「今回の実験リストですか?」


「うん、いちいち想起リメンバーで思い出すのもなんだしね。見る?」


「ありがとうございます」


実験リストをバーバラさんに渡して、また1匹のネズミを選ぶ。こいつは体が大きくて、けれどそれなりに老齢に見えるな。


まずは先ほどと同じように尻尾の先に金属針を合成。

次に眠りの霧スリープミストを使ってネズミを眠らせ、逃げられないように小さな檻の中に入れた後、尻尾だけを伸ばす。


「金属合成した尻尾を切り落として、その後再生治癒で生やす。新しく生えてくるのが、普通のネズミの尻尾なのか、合成された金属の尻尾なのかを確認するよ。タリア、またよろしく」


まずは尻尾の先端、金属化した部分から半分ほどをナイフで切り落とす。


「ヂュウ!?」


痛みでネズミが目を覚ましたらしい。断面から出血が見える。金属を合成しても尻尾の先数センチのところまで、血管と神経が通っているらしい。


「……すまんな。人類の礎になってくれ」


再生治癒を発動。出血が止まるとともに、ゆっくりと尻尾が再生していく。


「……あ、待って。ダメっぽいわ」


「ん?」


タリアの制止と同時に、ネズミが痙攣を始める。慌てて眉つを止めるが、しばらく痙攣が続いた後動かなくなった。メタリックな尻尾は半分ほど再生している。


「……ダメね」


タリアが首を振る。……どうやら息を引き取ったらしい。


「……死因は何でしょうか?」


「……おそらくだけど、再生治癒で尻尾を生やすのに必要な鉄分が足りなかった所為かな。体中の鉄分を再生に使ってしまったんだと思う」


人類でも再生治癒で欠損部位を修復する際には注意が必要。あらかじめしっかり栄養を取った上で、複数回に分けて再生する何てことも行うくらいだ。

俺の想定では生身の尻尾が生えると考えていたが、再生したのは金属に覆われた尻尾だった。そのせいでネズミの小さな体では必要な栄養が足らなかったのだろう。


再生した尻尾を再度切り取ってみると、断面の金属部分は少し薄くなっていた。

……合成するのがタンパク質なら体内で生成できるかもしれないが、体内で希少な元素を大量に使うのは問題かもしれん。


「せめて安らかに眠ってくれ」


両手を合わせた後、檻ごと収納空間インベントリに収納する。検体は後でスケッチして、その後は焼却処分する。放置して謎の生物に進化するとか、パニック映画あるあるは発生させない。


「生命の精霊さんは何て?」


「再生治癒を使った時点でダメだよって教えてくれたわ。でもそれだけ。死んじゃったことについては、捕まった時点で淘汰されて居るようなものだから、余り気にしていないみたい。ドライね」


「了解。引き続きお願いね」


やはり情報の無いスキルは予想通りとはいかないな。

命の無駄遣いはいただけないし、注意しながら進めていこう。

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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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