第376話 人造獣使いの実験2
追加で実験を行った所、キメラ化させたネズミに対して再生治癒を施した場合に急性な問題が発生したのは、キメラ化した部位が損傷した場合に限ると推測された。
この検証のためにキメラ化したネズミの指を一本切り落とすことになったが、再生治癒で回復した今は元気にエサの麦を頬張っている。
「……次は1体に合成できる物質の量を調べよう。バーバラさん、計測の準備をお願い」
「わかりました」
普段使っている秤を並べる。
この世界で使われているのは一般的には上皿天秤だが、作業がめんどくさいので簡易的な上皿秤は作成してある。精度あまりよくないという欠点はあるが、簡易な実験に使うには十分。
あらかじめネズミの体重を測ると、おそらく100Gをちょっと超えるくらい。日本でいうならクマネズミに近い種だろうか。
「それじゃあ、合成を始めよう」
まずは尻尾、その後は爪と言った感じで、ネズミの生体に大きく影響を与えないと思われる個所から順に針を合成していく。タリアに確認してもらうが、ネズミの体長に影響はなさそう。
更に背中から順に体毛を金属毛に置換していく。ネズミの体表面を細い毛が覆っていく。さらに体表面を這うように格子上の鱗を形成。体毛の生える毛穴を潰さないように、チェインメイルの様な体表面を形成していくと、ほぼ全身を覆いきった所でスキルが止まる。
「ん……これ以上は合成できない?」
素材はまだ残っているが、これ以上ネズミに対してはスキルが発動しない。
「精霊は問題無いって言ってるけど、これ以上強化は出来ないって事?」
「そうみたい。もともと合成できる物質量には制限があると思ってたけど……さて、測ってみようか」
元々、
無尽蔵に合成できるようなら、俺は即座に大地に対してこのスキルを行使したうえで
まぁ、当然そういうことは出来ない。
「……おおよそ3割ほど、体重が増加していますね」
「元の体重に対して3割り増しくらいにリミッターがあるって事かな?あと何匹か試してみよう」
同じサイズのネズミを選んで、同様に合成を行っていく。
スキルが発動しなくなった所で重量を再度図ると、次も、その次もおおむね3割で合成が出来なくなった。
次にサイズの大きなネズミを選んで同じ合成を施す。
量としてはこちらの方が合成できるものの、比率とするなら元体重の3割と言った所。
「んじゃ、鎧ネズミたちも繁殖実験に回すとして……次は
「これに術者が魔術回路を刻んで埋め込むことで、
魔術回路を刻むスキルは9レベルの時に覚えている。
「魔術回路って事は、手動で刻むことができるかもしれない。スキルを見せるから、作成できないか試してくれ」
「わかりました、やってみます」
まずは魔結晶にスキルを行使。詠唱が必要な物の、わずか数秒で使役の魔術が組み込まれたクリスタルが出来上がる。
「……難しいですね。もう何回か見せてもらえます」
バーバラさんに見せるため、複数の使役のクリスタルを作成。
「ちょっと作ってみます」
クリスタルの作成を試してもらっている内に、
まずはスキルで作った使役のクリスタルを鎧ネズミに埋め込めないかを試す。しかしこれは失敗。材質が違っても合成できないという事は、元体重の3割が合成の限界らしい。
……先に使役クリスタルを埋め込んでおかないと、生み出したキメラをコントロールできないとかいうポカをしそうだな。
まだ合成していないネズミにクリスタル合成。
数があるので、首の根元、額、背中と場所を変えて影響を見る。
「場所によって違うの?」
「わかんない。とりあえず、こいつが砕けるとコントロールできなくなるのは分かってるけど……ぶっちゃけ情報が足りない」
職業で得られる知識は最低限の情報しかない。
魔物側から知識を引き出した結果得られたのは、40レベルまでで覚えるスキルの名前とその効果、それからいくつかの条件にかかわる情報だけだ。
人類については、成人して職を得ている状態だと無理らしい。逆に言えば、未成年ならコントロールが可能。ただ、あまり価値が無いから魔物側では使っていないようだ。
……隷属紋とかこの魔術回路の発展形だろうか。
「さて……
スキルを発動すると、操作系スキル特有の対象とつながった感覚を得る。
……感覚は
スキルを介してネズミ側の原始的な欲求も伝わって来る。
「よし、大丈夫そう。ちょっとテーブルの上を走らせてみよう」
拾いテーブルの上に移すと、ネズミは隠れようとする。その欲求を抑え込んでその場に待たせる。なるほど、身を隠す者が無い所ではそれなりのストレスを受けるらしい。
「よし、そっち行って……戻って……3回回って……後ろ足だけで立って……こっちに向かって手を振る」
小さなネズミがこちらに向けて一生懸命手を振っている。
「……こうして見ると可愛げがあるわね」
「本人の意思に反して俺がやらせてるから、実際は悪魔の所業だけどね」
「……まぁ、元は害獣だし」
農家が地のタリアにとっては、ネズミは怨敵以外の何物でもないとのこと。
「さて、クリスタルの位置によって差が出るか試してみよう」
それぞれにスキルを発動して、使役したネズミたちの反応を見る。
……額と首筋は差が感じられないが、腹に埋め込んだものは少し反応が悪いか?
誤差の範囲な気もするが、若干差がある気がする。大きさが変われば影響が出るかも知れんな。
使役のクリスタルを完全に体内に埋め込んだ場合も確認する。こちらも腹と同様の雰囲気で大きな差はない。砕かれればコントロールを失うのだから、体内に埋め込むのが理想と思うが……差が出るかな?
サイズによって違いが出るとかはありそう。ネズミは身体が小さいから、こいつ自身が有する魔力の密度は人間などに比べれば薄い。
相手の体内に作用する魔術が無いように、生物の持つ魔力自身が魔術に干渉する可能性はある。これは試してみないと分からない。
「感覚共有は……今一だな」
ネズミの視界はぼやけて居て色も鈍い。臭いは強く感じるが、不快感が無いのはネズミがそう感じていないからか?音は良く聞こえるがノイズも多い。人間が聞き取れない音域まで認識している所為だろう。
試しに少し離れたところでタリアに何かを呟いてもらう。聞こえはするが、なんと呟いたのかは分からない。操る対象に成れないと、情報の分解能が足りなそうだ。
この感覚共有だと、ネズミの感覚だけで細かい指示を出すのは難しだろう。試してみたがネズミの感覚ではナイフとフォークの差も明確には捕らえられない。
細かな肉体操作自体は可能だが、外界情報はネズミの感覚しか使えないとなると、諜報活動に使うにはかなりの訓練が必要だろうと推測される。
……邪教徒や魔物側でもこの職業が普及して居ないのはそのせいか。
「ワタルさん、それなりの物が出来たと思います」
使役したネズミの検証を行っている間に、使役のクリスタルの模倣品が出来たらしい。見た目や魔力の反応はオリジナルと相違ない出来だ。
さっそくネズミに埋め込んで使ってみるが、スキルが上手く乗った感じがしない。
「……なんだろう、中途半端だな」
感覚共有は出来ないが、こちらからの指示は届いているみたい。おそらく完ぺきではないという事なのだろう。
「すいません、これ以上は難しそうです」
「いや、大丈夫。……クリスタル事態が大きなものを用意するから、それを見ながら検証をして貰える?」
久しぶりのアイテム作成スキルだし、詳細を調べておきたい。
操作自身が出来なくても、意志の伝達や感覚の共有は十分価値のある技術だ。
「残りの実験項目は?」
「後は……人工的に追加したギミックを操作できるか、かな」
いよいよ本格的な改造手術である。
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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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