第371話 望月の夜の終幕

東の地平から太陽が昇り切ったタイミングで、イーヴォは軍勢に出陣の号令をかけた。

その号令を受けた鳥人が、大鷲が、グリフォンが、そして飛竜たちが空へと舞い上がっていく。


プリニウスの予期しない事象発動と、その後の連続死によって戦況は思いのほか予断を許さない。

プリニウスの命の数は日の出とともに回復するはずだが、それでもあのペースで殺され続けるのはあまり良い状態ではない。

想定外はあるが、問題は無い。そう思っていた。


空高く飛び上がったプリニウスが、白い光の渦に巻き込まれるまでは。


「アレはまずい!止めるのだ!」


イーヴォは慌てて魔物たちに支持を出す。

あの光球に渦巻くエネルギーはプリニウスを殺し切るだけの力を秘めている。流れる魔力の大きさから、イーヴォはそう判断した。

その命令に従い、対魔魔術をぶつけて、あるいは自らの身体を盾にしてでも、プリニウスの消滅を防ごうと魔物たちが空を駆ける。

しかしそれはたった一人によって防がれた。


多重詠唱マルチキャスト魔矢マジックアロー


地上から放たれた初級魔術は、きわめて正確に魔物たちの急所を同時に射抜いた。その数は100を超える。

想定外の攻撃を受けた魔物たちは、飛ぶ力を失って、あるいは頭その物を吹き飛ばされて地に落ちる。

そしてそのまま戦線に復帰する事無くドロップへと姿を変えた。


「……予知ってのは便利なもんだな」


スキルによって魔物たちの襲撃をいち早く察知したバノッサは、予知によって得られたルートを狙撃することで、数多の魔物を同時に撃墜した。

最初の一撃限りではあるが、その影響は計り知れない。


「バカな!初級魔術でこうも易々と!?」


撃墜された魔物の中には、1000G級に相当するものが数多くいた。

飛行能力は強力ゆえ、そこに価値を割くと確かに防御力は低くなりやすい。しかしそれでも、魔矢マジックアローの一撃で屠られるほど弱くは無いはずの魔物たちが、あっさりと落ちていった。

その事実に部隊が速度を落とす。


その時間は致命傷だった。

イーヴォ達の侵攻に気づいた軍の部隊が迎撃態勢意を整え、近づく者たちへと攻撃を開始する。

そしてそれに対応しきる前に、プリニウスは完全に消滅したのだった。


「ぐっ……こうも想定外が続くか!」


そう憤るイーヴォは、このままホクレンの攻撃を続行するべきか、それとも撤退を指示するべきかを迷う。

通常であれば撤退。むやみに被害を拡大するメリットは薄く、イレギュラーで自分まで倒されれば、ホクサンを始めとする一体の支配も怪しくなる。

しかしホクレンがもう一押しで制圧可能のもまた事実。数が減ったとは言え僅か。消耗戦なら勝てぬ理由も無い。

その迷いは、ワタルたちに味方した。


「せっかく熱量が余ってるんだ。もう一つの大物いただくぜ」


丁度射程内に入ったばかりのイーヴォに向けて、バノッサが狙いを定める。


再魔砲リユース・カノン


プリニウスを消滅させた光の残滓を原資にして、イーヴォに向けて熱線がほとばしる。


「っ!?」


それは咄嗟に実を捻ったイーヴォの左腕を吹き飛ばし、翼を半分千切り取った。


「総員撤退!地上も回収しろ!」


羽ばたく翼を失って急速に高度を下げながら、それでもイーヴォ冷静さを維持して魔物たちに支持を飛ばす。

翼をもつ魔物たちは、イーヴォを含め地上に居る魔物たちを抱えると、北西へと飛び去って行く。


ホクレンを舞台とした魔物軍勢との戦いは、防衛成功という形でここに決着を迎えたのだった。


………………。


…………。


……。


東大陸の西部、旧ザース王国から旧クトニオス王国に掛けて広がる魔物たちの国。魔物たちからは本国と、邪教徒からは楽園エデンと呼ばれる地。

人と魔物が交わるその場所でも、プリニウスを下したクーロンの戦いで流れた天啓は響いていた。


「……クトニオスの名前を告げたのは失態だったわね」


ホクレンの戦いからしばらく日がたった晩春のその日、石造りの簡素な城塞の1室で、艶やかな声の女は死霊術師の男、プルートに向かって憎々し気な声をかけた。


「そう言われましても」


東群島ド田舎まで接触禁止かまうなという命令は届いていなかったのですから、と肩をすくめた。


「部下の一人がアレと接触したと報告して来たけれど、こっちとやり合う気まんまんみたいだったわよ」


「ええ、私と構えた時もそんな感じでしたね」


帝人の血筋ウェインの様子と、出征の調査は?」


「順調に馴染んでいますよ。出征の調査はあまり進んでいません。殺したはずの男から連絡が行ったのか、クーロンの警備がずいぶん厳しくなってしまいました。それを聞くためにわざわざ私を?」


「まさか? ワタル・リターナーについて情報を集めろってお達しで、心が覗けるあたしが接触者に効いて回ってるの。あなたの頭の中も覗かせてもらうわよ」


「なるほど。かまいませんよ」


別に許可を求めなくても勝手に覗くだろう。魔物とはそう言う物だと、プルートは理解していた。


「それから、手足を使ってアレについて調べなさいって辞令よ」


「なぜ貴女から?」


「本格的にホクサンを拠点化するんで、あたしたちも動いてるからね。横着よ」


「理解しました。ちなみに、何を調べろと?」


「戦力の詳細な分析と、目的。それに、西の教国が、神の使いを探しているらしいから、一応関係があるかも調べて置いて」


「神の使いですか?」


「ええ、勇者って呼んでるらしいけど、詳しい情報は無いわ」


「教国ならこちら側では?」


「表立っては敵対してるし、何でも情報がもらえるわけじゃないわよ。ただ、勇者なら理由を付けて抑えてくれるわ」


「……ふむ。それなら仕立て上げるのも手では?」


「神罰が怖いから、それは出来ないって」


「なるほど。探し人はそう言う存在なのですね。承りました」


「まあ、勇者についてはついでみたいな物よ。始末できれば楽でいいけど、どっかの国でそれなりのポジションについて身動き取れなくなってくれるのが一番だから、そっちに持って行けるようにね」


「いつも通りですね。わかっています」


それからしばらく、フォレス皇国での記憶を渡して部屋を出る。

……ワタル・リターナーの狙いはウェイン君の確保だったか。どこの手の者かは分からないが、場合によってはそれが交渉のカギに成るかも知れない。


「……なんにせよ、まずは情報からですね。犯罪者たちにも動いてもらうとしましょうか」


ホクレンでの戦いを経て、功労者として、そして踏み出す者アドバンスとして2度目のアナウンスを受けた名乗りを上げたワタルの周囲は大きく動き出すのだった。


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ホクレンでの戦いが終結とともに、これにて3章も終了となります。

4章ですが、ストックが無いのと今週、来週と仕事が立て込んでいるため、3月半ばからの再開になると思われます。少し空きますが、引き続き応援お願いします。

……その間にアーニャの冒険の方を更新できるように頑張ります。


現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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