第369話 混沌の獣・プリニウス8
ホクレンの戦場から少し離れた林の木の上に、1体の魔物が止まっていた。
鷲の頭部の額には、盾に割れた第三の目が輝いている。
眼前では、次元斬の一撃から復活し、燃える鳥の形をとったプリニウスが、
「プリニウスの奴、遊んでいやがるな」
イーヴォの居る林から、プリニウスが戦っているエリアまではおよそ10キロ。しかしその目はその戦いの一部始終を捕らえていた。また、戦場に忍ばせた影たちからも、会話の多くを拾うことができていた。
あのワタル・リターナーという冒険者はずいぶんと感が良いらしい。
要注意人物として名前が上がっていたのは知っているたが、まさかプリニウスの能力の一端にでも気づくとは思わなかった。
「……まぁ、それでも奴らが勝つ目は万に一つもないがな」
高みの見物を決め込んでいるイーヴォは、プリニウスが倒される速度を見ながらつぶやいた。
そして日の出までの時間を確認する。
「しかしヘドウィグがあっさりやられたのは痛いな。こちらで出番なし、と成らなさそうなのは良いのだが……」
イーヴォは物見遊山で戦場を眺めているわけではない。
彼と彼が率いる鳥人、翼獣の混成部隊は、日の出を待っての出撃を予定していた。これは部隊の特性を考慮して、プリニウスとの協議のうえで決めた布陣だ。
イーヴォ自身、暗闇の中10キロ先の戦場を目視できるように、鳥人部隊はたぐいまれなる視力を有している。
このため特別暗闇に弱い、というわけではないのだが、闇夜では一つ明確な弱点があった。目が良すぎるために、明暗差に弱いのである。
魔物の肉体が魔力によって構成されているといっても、生物的特徴を模倣している限り、その能力は生物的限界に制約を受ける。
瞳孔の開閉によって光を取り込む機構は魔物にとっても変わりないが、ゆえに暗いところと明るい所を同時に見ることができない。さらに言えば良すぎる目は、明暗の切り替わりに対応しきれない。暗闇で開き切った動向に強い光が差し込めば、高い視力を生み出すレンズを通して容易く網膜を焼く。
実際に闇夜で戦闘となれば、部隊の半数以上は打ち上げられる照明弾によって視力を失い、烏合の衆と化すリスクがあった。
ゆえにイーヴォたち鳥人は、大規模攻勢を昼間のみに絞っている。これは夜に力が強まるプリニウスとは真逆であり、お互い足らない部分を補っていた。
プリニウスが準備した部隊は半数が撃破されたものの、まだ1万近い軍勢が残っている。
ドロップの回収率が悪いようだが、それでも日の出までは持つだろう。北東の村で敗北した残兵たちもこちらに回ってきているようなので、それで安定するはずだ。
イーヴォ達の部隊が出撃すれば、一晩続いた戦闘でMPを消費しきったホクレン軍など恐るるに足らない。職位の高いものが多少いたとしても、数で押し込んで街を制圧できる。
戦場の流れを見ながら、イーヴォはそう結論付けた。
日の出までの時間半分を切った。今はただ、その時を待っている。
………………。
…………。
……。
「おのれ、うっとおしい!いまさら時間稼ぎなどに何の意味があるっ!」
叫ぶプリニウスを、複数の束縛呪文が抑え込んでいる。
奴の叫び通り、闘いは持久戦に持ち込まれていた。
『プリニウスは死んでる。多分死ぬたびに自身を再召喚してる』
タリアは魔素の精霊から得た情報から、プリニウスのタフさの理由をそう推測した。
上級スキルなどで攻撃した際、プリニウスの身体は確かに魔物が死んだ時の崩壊現象を引き起こす。
しかしそれと同時に、魔物が発生する際特有の魔素の動きが起こり、ドロップ化する前の核を取り込んで再誕して居るらしい。
『1回死ぬと、プリニウス再召喚の魔力がちょっとだけ弱まる。二人で戦ってる時に死んだ方がその弱まりは大きいらしいわ。弱まるって言っても、ほんのちょっと見たい。10回20回倒すくらいじゃぜんぜん足りなさそう』
『OK、分かった。こいつLP制だな』
『エル……何それ?』
『ライフポイント。死んだ回数で減る、HP以外の0にしないと倒せないポイント持ちってこと』
又聞きの推測だが、おそらくプリニウスはおそらくそういうスキルを有している。
そして恐らくだが、LPは1回死ぬごとに顕現して居る特性の数だけ減る。そんなところだろう。
俺が一人で戦って居る時のLPの消費は1。二人で戦って倒せたら2。そんな感じで弱い状態ならLPの減りは少なく、大人数で戦ってる状態なら倒せはLPが一気に削れるが、そもそも倒しづらい。そうして能力のバランスを取っている。
『復活の間隔は?』
『1回につき数秒。さっきすっごいスキルを売った時、連続で何回か死んだみたい』
『次元斬が多段ヒットしたのか』
プリニウスすぐ死ぬ。これは本当に相性の問題だな。
不死鳥形態のプリニウスが
戦う人数が増えれば増えるだけ、上の方のスキルが使えるようになるのだろう。逆に言えば、今は広範囲
後はLPが尽きるまでひたすら殴り続ければ勝てる。
LPが自動回復するする可能性も否定は出来ないが、少なくとも徐々に減っているのは間違いないらしい。
問題となるのは倒すペース。すぐ死ぬと言っても相手は動くし、さすがに
虎の子の暴風を付与した封魔弾を使ってみたが、これは復活の際に
そして俺の知る限り、そんなスキルは無い。
3次職までで使える伝説級スキルまでは、基本的に瞬発火力が大きくなるように変遷する。効果時間は長くて十数秒だ。4次職で使える神話級スキルの応用で行けるかもしれないが、こちらは人材が居ないので考えるだけ無駄だ。
軍も含めてみんなMPはカツカツだ。戦っている者の体力はそれ以上にキツイ。
そんな中で、いつ倒せるかもわからないこいつを延々と殴り続ける必要がある。しかも、いつこいつがこちらを見限って街の方へ向かうかもわからない中でだ。これはなかなか厳しい。
『……太陽が昇れば、私が多分何とかできるわ』
『なら、やることは時間稼ぎだな。皆、おーけー?』
タリアの言葉に、すぐにそう返答する。彼女ができるというならできるのだろう。
詳細は後で聞けばいい。
『わかったぜ!』『了解なのである!』
そこからは時間稼ぎが始まった。
プリニウス相手に前面に立つのは3人。うち攻撃をするのは2人で、一人は入れ替わり待ちのサポートである。
プリニウスの能力は直接影響を与えなければ発動しないらしい。
まずMP切れかけの俺がアルタイルさんと入れ替わり、束縛魔術で動きを封じる。俺は姿をさらして注意を引きながら時間を稼ぎ、その間に再編された軍の兵士たちがローテーションに加わり、15分で一人入れ替わる形で戦闘を引き延ばしていく。
小一時間も経ったところで、こちらが時間稼ぎを始めたことに気づいたのだろう。そこまで気づかないとは中々にアホだ。
そこでようやく先ほどの叫びに至る。
『既にこちらも一杯一杯なものが殆どだ。日の出で始末できなければ、ホクレンを放棄することになるだろう』
『どちらにせよ、タイムリミットという事ですね』
ロウリョウさんは比較的話の分かる人のようだ。
日が昇れば街の人たちを退避させることが可能となる。
プリニウスが倒せないなら、さっさと撤退するのが吉だろ。街を襲う魔物たちは軍が防いでいて、何とか完全包囲は避けられている。……とはいえ、そちらも一夜戦うのが限界だ。
魔物は体力の概念が無い様なものだからからな。長期戦は基本的に人間に不利。
異様なほど進展がないまま、一刻、また一刻と時間が過ぎる。
俺のMPはまだ2割も戻っていない。ポーションは
空はうっすらと白くなり始めている。石斬り村での開戦からもう10時間以上か。
タリアの希望は東の地平から太陽が見え始めるまで。光の精霊の力を借りれば、プリニウスを滅ぼせる。
「いい加減しびれを切らしたか?」
プリニウスがホクレンの街に向き直ったタイミングで、再度選手交代。3時間ぶりくらいか。
今にプリニウスは爬虫類の鱗の生えたカンガルー。高さは7~8メートルで、長居尻尾とパンチで攻撃してくる珍獣だ。
「いい加減飽きてきたのでな。そちらもやる気が無いのであろう? 日が昇り切る前に街を滅ぼす。倒せないと見込んでの時間稼ぎに付き合う義理も無い!」
「んにゃ、こっちはあと何回お前を殺せば死んでくれるのかを数えていただけだぜ」
「……キサマ……どこで気づいた?」
「答える義理は無いね」
「……いいだろう。やはりキサマは殺しておくべきだ」
「無理だろ。今のお前の能力じゃ手も足もでないだろ」
発現しているプリニウスのパーツは3種類。使ってくるスキルは多くて2つ。すべて初級。
「冥途の土産に教えてやろう。奥の手というのは、常に2つ3つと用意しておくモノなのだ」
そう言うと、腹についた袋から数匹の魔物が這い出してきた。相変わらずのカラス召喚?
雑魚を増やしたところで、そいつらを攻撃する分には何の制約も……。
『まずい!そいつらもプリニウスの敵だ!』
バノッサさん忠告の意味を、すぐには理解できなかった。
気づいた時には狼がプリニウスに飛び掛かり、その足に、腕に、嘴や爪を突き立てる。その数8匹。
変化は劇的だった。
「自傷行為もアリかよ!」
一気に巨大化したプリニウスが雄たけびを上げる。
日の出まで残り40分。それは最後の戦いの幕開けを告げる物だった。
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プリニウスを強くし過ぎましたわ。今回で終わるつもりだったんですが、1話持ち越しです。
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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