第360話 望月の夜の戦い3
タリアが精霊同化による転送魔術でプトニオスを街から引きはがして小一時間。
戦況は膠着状態に陥っていた。
ホクレン軍はその編成を2つに分け、街の防衛と魔物の撃退に当たっている。
一つは1次職および2次職前半を主力とした広域防衛兵力。街に迫りくる100G級の魔物およそ1万2千に対し、約6000が出撃していた。
倍ほどの兵力差がある状態だが、コレでもバノッサとマルコフの二人が数千の魔物を灰塵に帰した後。分断され、隊列が乱れた魔物たちを兵たちが何とかさばいて防衛ラインを維持していた。
もう一つは、
伝説級と呼ばれる上級よりさらに上のスキルを使える30レベル以上が4人。そのうち一人は40レベル代であり、ホクレン軍の総戦力と言っていい配置。伝説級スキルに到達していない3次職も、バノッサたちを覗いて5人が参加している。
『動きを止めろ!壁を切らすな!』
守護戦士、守護騎士たちが盾スキルを使って、プリニウスの動きを止めている。
足りない部分は
『あれ、ダメージに成っているのかな?』
現在、プリニウスは動きを止められた上で、周囲から遠距離攻撃スキルが打ち込まれている。
中級スキルに交じって上級スキルも飛び、辺りに轟音轟かせてはいる。しかし中級スキルでは、プリニウスの皮膚を守る硬い鱗に防がれている。さらに外傷は結構な勢いで回復している。
前衛たちは定期的に吹き飛ばされていて、特に
『正直、上級スキルでも聞いてる気がしねぇ。周囲にスキルの威力を軽減する結界が張られていて、解除の度に無尽蔵に張りなおされてる。
魔物はその戦い方によって能力に大きな違いがある。
前衛タイプの魔物であっても、強力なスキルを避けることをを考えた能力配分なら当てれば勝てる。しかしプリニウスは、上級スキルを雨あられとくらっても耐えきるための能力を有しているようだ。
『くっ!畜生!くるっ……ぐぁぁぁ!』
『陣形を崩すな!走られたら手が付けられない!』
また一人、前衛と思しき騎士が吹き飛ばされた。弱い所を突かれると脆い。MPが潤沢なうちは大丈夫だが、一気に押し切れないとジリ貧になりそうだった。
『あたしらは高みの見物で良いのかな?』
『軍が手柄を取りたいようだし、あの連携には混ざれない。タリア嬢ちゃんも動けないし、しばらくは様子見をさせて貰おう』
タリアは実戦で初めて使う精霊同化の後遺症により、MPをごっそり持っていかれて戦力外となっていた。魔素枯渇症という状態異常が発生していて、頭痛が酷い上、ポーションを飲んでもなかなかMPが回復しない。
バーバラに介抱されているものの、こうして
『こいつっ!うぁぁぁぁぁ』
巨大な胴体から生えたドラゴンと思しき首が兵たちを薙ぎ払い、一人を加えてかみ砕くと高らかに掲げた。次の瞬間にはその首が吹き飛ばされる。
竜の首はくるくると回って一段の中に落ちると、塵となって消えた。
食われて落とされた騎士は身体の半分を潰されていて、明らかに致命傷。
しかし救護班は彼をスキルで転送すると、回復アイテムをぶちまける。心臓が止まっても10分ほどなら蘇生が可能。一部の回復魔術なら失血すら補うことができる。
戦っているのは軍としても貴重な人材ばかりで、そうそう簡単に死なせてくれはしないのだ。
運が悪ければまた前線に送り出されることになる。
『……あれじゃいずれ前衛は足らなくなるだろ。なんで一気に攻めないんだ?』
『……確実にやれるタイミングを見計らってるんだろ。いくら3次職のスキルでも、防御されたら倒し切れない可能性を考えてる。撃てるのは1回か2回が限界だしな』
伝説級のスキルは発動条件も、その影響も大きい。
かつて、ウォールの防衛戦で使われた
『……またなんかやって来るぞ』
既に何の生物か分からないキメラとなっているプリニウスの身体の一部が盛り上がると、そこから巨大な像の頭が複数生える。
その像の頭は、長い鼻を自分の身体に突っ込むと、周囲に液体をまき散らした。
『気を付けろ!』
『そんなことわかって……なんだ?……とけ……さ、酸だーっ!!』
運悪くそれを浴びた複数の兵たちの装備が溶け、身体を焼く。直撃した周りには嫌なにおいが立ち込めていた。そしてそれを吸った者たちが膝をつく。
『気体は毒だ!吸うな!散らせ!』
即座に
しかし今の攻撃で倒れた物は二桁に上る。全員が死んではいないだろうが、また戦力が低下した。
「……ちっ……炎の賢者に戻って来るべきか」
その様子を見て、バノッサが思わずつぶやく。
時の賢者となっている今の彼では、プリニウスに致命傷を与えるのは難しい。生物模倣の魔物は頭を撥ねれば体外するが、プリニウスは複数の頭があって数個同時に失ってもピンピンしている。
倒すにはあの巨体を真っ二つに割るとか、跡形もなく焼き尽くすくらいする必要性がありそうだった。
クーロン軍もそんな事は理解していて、伝説級スキルを使える4人は、それぞれが確実な一撃を放つための準備をしている。
しかし新しい能力が確認されるたび、その対処をしなければ成らず、なかなか決め手となる一撃を放つタイミングが得られていなかった。
いくら何でも強すぎる。戦い方を間違えているか?
バノッサの頭にはそんな考えがよぎる。
高位の魔物は相性が重要だ。何か条件付きで能力を伸ばしている可能性があった。
相手が正面切って攻めてきている以上、それ得意だという事なのだろう。
1体で攻城戦と集団戦が得意な魔物とかなんだ?
数十人の一斉攻撃をしのぎ切れる防御力。攻撃スキルはほとんど使っていないようだが、STR等のステータスが高いことは明らか。つまり攻撃スキル分の価値ををステータスに回しているのだろう。
しかしそれだけでこの硬さは異常だ。
バノッサはエリュマントスを含め、数体の
しかも勢いは増しているように見える。
「……だめだ、そのタイミングじゃ打ち消される」
時間差で放たれた上級スキルが、プリニウスの範囲対抗呪文に巻き込まれて掻き消える。
前衛が巻き込まれないように、プリニウスが離れた瞬間しか狙えていない。その見え見えのタイミングでは上級スキルを当てるのは難しいだろう。
じりじりと押し込まれながら、時間だけが経過していく。
街を攻めている集団は着実に数を減らして行っているのでそれだけが救いだろうか。集団が減ればその分プリニウスに戦力を回せる。
しかし仲間が壊滅するまで待ってくれるほど相手も悠長ではないだろう。
「……対魔スキル?それにデバフスキル?」
戦闘が始まって2時間以上は立っただろうか。
疲弊が大きくなってきた軍側の動きに、明らかな変化が見え始めた。
「……対対魔結界か。奴さん、勝負を仕掛ける気だな」
「……バノッサさん?……なにを?」
戦況を見つめ呟くバノッサの言葉に、近くにいた者が首をかしげる。
しかし次の瞬間、プリニウスを含めた周辺一帯を、六角形で構成された薄く輝くドームが包み込む。
対対魔結界。
結界内では互いに
物理に特化していると思われるプリニウスに対抗するため、大魔導士辺りが展開した物なのだろう。
周囲を取り囲む陣の一部が開ける。
次の瞬間、奴の身体がうっすらと輝いた。
「!それじゃだめだ!」
バノッサは即座に
プリニウスを取り囲む兵たちの一部が開け、巨大な槍を構えた騎士が今まさに走り出そうとしているところだった。
『やめろ!撃つな!』
騎士の名前は分からない。開きっぱなしになっている軍の回線に向けて叫ぶが、騎士の動きは止まらない。
「
物質を崩壊させる螺旋の衝撃が、プリニウスに向かって収束する。
直撃すれば城壁を容易く貫き、街一つ吹き飛ばすだけの威力を持つ一撃。それは妨害スキルを失ったプリニウスを吹き飛ばすはずだった。
プリニウスの身体がうっすらと輝いた。
「
バノッサの放った魔術で地面が割れ、周囲に居た兵たちがその中に転落していく。
そのサイズはタリアの精霊魔術には遠く及ばないが、発生させた数は街中を含めて100を超え、運よく地面が消えた者たちを飲み込んだ。
「!?」
プリニウスに当たったはずの槍の一撃が、薄膜によって飲み込まれる。
おかしい。騎士の頭に疑問がよぎる。
彼の思考はそこで終わった。
反射された伝説級スキルが、その身体を跡形も残さず灰塵に変える。
その一撃は運悪く地割れに落ちなかった者たちの命を削り取り、ホクレンの城壁に当たるとそれを吹き飛ばし、街の一部を破壊する。
プリニウスの討伐に当たっていたもののうち、実に2割が一瞬にして消失したのだった。
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今週は予告なくお休みが土曜日となってしまいました。今日からまた頑張ります。
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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