第355話 静かなるヘドウィグ

□クーロン北部・元石切り村


「てめぇ!馬鹿にしやがって!」


竜殺しの賢者が居ない事に気づいて、ウォルガルフが吠える。

恐らくだが、魔物たちの中ではバノッサさんがこちらの最大戦力だという想定だったのであろう。

時の賢者に成って火力が低下している事も知らないだろうから、それを警戒しての軍勢だったのだろうな。


「お前の御所望は俺だろう?」


ウォルガルフの左腕はだらりと下がり力を失っている。

目の前に自分を殺せる相手がいるのに他に気を回すたぁ、ふてぇ野郎だ。


「2次職風情がほざくかっ!」


「格下と思った相手に左腕一本持っていかれた気分はどうだ?」


「なめんなよ!この程度でどうにかなると思ってんなら、辞世の句でも考えるんだな!」


「お前にゃ詠ませる暇も与えねぇよ」


邪魔が入らなければ一気に首を撥ねられていたものを。


「馬鹿にされた物ですね。・・・・・・しかし竜殺しが居ないなら、このまま押しつぶすのみで……」


そう言って余裕を見せるヘドウィグに、コゴロウの放った斬撃が降り注ぐ。


「貴公の相手は某がさせていただく」


「っ!飛べぬ人間になど!」


「撥ねるでもそれなりに何とかなるのであるよ!」


斬撃を避けるヘドウィグに、縮天で飛び上がったコゴロウが切りかかる。

あいつは任せておいて大丈夫か。


『アルタイルさん、でかいのが居ます』


『ええ、確認済みです。何とかしますよ』


心強い限りだ。


「さて、仕切り直しだがさっさとお片付けさせて貰う」


「この程度の傷、どうにでもなんだよ」


腕の裂けた部分が盛り上がり、その傷をふさいでいく。

自己再生、それを悠長に待ってやるつもりはないぞ。


縮地で一気に間合いを詰めるとスキルを発動して横薙ぎを放つ。

受けるとまずいと判断したウォルガルフは、それをバックステップで割ける。


「自慢の甲羅はどうした」


「安い挑発には乗らねぇよ!死ね!」


伸びあがってくる蹴りを割け、その足に斬撃を放つが……さすがに見え見えの追撃はもらってくれないか。予想外の軌道で避けると同時に拳が飛んでくる。

それを鎧でいなしながらの連撃。行ける。こちらが致命打を持つのに対し、ウォルガルフの攻撃は鎧の防御で防げる。

リーチの差もあり、斬撃の度に銀色の体毛が舞う。このまま押し切りたいが……。


「なめんなっ!」


奴はこちらの切り上げを掌で受け止めた。

っ!斬れるのを承知で掴みに来たか。


「掴んじまえば斬れねぇだろ」


刃は確かに食い込んでいる。しかし動かす事は出来ず、刀身からは火花が散る。


「力比べに付き合ってやる気はない!」


魔操法技クラフト魔弾マナ・バレット


掌に刺さった刃から魔弾が発生し、その腕を吹き飛ばす。


「ぐぁっ!?」


「とった!」


音速斬り。ただただ速く、太刀の切っ先がウォルガルフの首元に迫る。


「っ!?」


しかしウォルガルフは砕けた右腕をこちらの刃に叩きつけると、斬撃を見事に反らして距離を取る。完全に斬り落とされた腕がぽとりと落ちた。

・・・・・・バケモノめ。


「痛ぇ!くっそふざけんな!この落とし前はつけさせてやる!」


「戯言はあの世で述べな」


待ってやるつもりはない。このレベルの魔物だと、どんな隠し技を持ってるか分からない。相変わらず魔術は殆ど聞かないのだ。技量で対抗される前に倒す!

追撃のために踏み込んで振り下ろした太刀をウォルガルフは左腕で受け……刃は火花を散らしながら逸れる。


「っ!?硬い?」


上手く受け流されたがそれだけじゃない。今の防御は明らかに硬い。


「……この姿は嫌いなんだ。何せ全部毛が抜けちまうからな」


そう言ったウォルガルフの身体から、その言葉通り銀色の体毛が抜け落ちていく。

それと同時に甲羅が肥大化し、全身を覆いつくしていく。


「……狼かと思ったらアルマジロかよ」


「月の夜は調子が良い。腕一本は侮った代償、ハンデにはちょうどいいだろ」


甲羅はウォルガルフのほぼ全身を覆っている。睦月で斬れなくは無いだろうが、うまく刃を当てないと先ほどみたいに受け流されるな。

こいつは厄介だ。


「今度はこっちから行かせてもらうぜっ!」


完全姿が変わったウォルガルフが、変わらぬ速度で飛び掛かってきた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・。


静かなるヘドウィグは、どちらかと言えば正面切って戦うタイプの魔物では無い。得意とするのは隠遁と奇襲。自分も仲間の魔物の姿も隠すスキルを有し、奇襲から一気に敵を無力化するのが最も得意とする戦い方であった。


姿を現したのは、一応の同士であるウォルガルフが全力を出す前に討たれそうになっていたから。魔術師殺しの異名を持つウォルガルフには、炎の賢者の相手をして貰わなければ成らない。油断して雑魚相手に負けるようなことがあっては困るのだ。


そう思って姿をさらすリスクを取って助けてみたものの、炎の賢者はこの場に居ないらしい。それでは助け損。しかしこれで万に一つも負けは無くなった。そう、楽観的に考えながら、とびかかって来る剣士の攻撃をさばいていた。


「馬鹿の一つ覚えですね」


「そちらもであろう!?」


空を自在に飛び回れるとは言え、羽ばたきによる飛翔には制限も多い。

斬撃をギリギリで躱し、得意とする羽爆弾ウィング・ボムで牽制しながら、何とか姿を消す方法を模索する。

せめて一呼吸、あいつの視線を遮ることが出来れば隠遁スキルで姿を消せるものを!


「どうやら直接戦闘は苦手と見える!」


「野蛮人の相手をするのが骨が折れますからね」


今は根競べだ。ヘドウィグが有する高速移動スキルは高速移動と自在飛翔。

速度を上げて逃げることは出来なくはないが、コゴロウは確実に正面に回り込んでその動きを殺していた。

攻撃スキルとして有しているのは、射程の長い羽爆弾ウィング・ボムと、トラップ系のいくつかのスキル。トラップ系は地面に居る相手でなければ意味がない。

後は姿を隠すための隠遁系スキル。しかし極めし者マスター込みの3次職に注目されている状態で姿を隠せるだけの効果は無く、先ほどから不発に終わっている。


それでも焦りが無いのは、コゴロウの戦い方の所為だろう。


「そろそろ使用回数も限界なのでは?」


高速移動スキルには連続での使用制限がある。

一定時間内に何度も発動してそれに引っかかれば、しばらくの間は使うことが出来なくなる。

攻撃を確実にさばきながら、ヘドウィグはそれを狙っていた。


「うむ。なのでそろそろ終わりにするのである。封印解除レリーズ!」


目の前に飛び込んできたコゴロウの刃を、後ろに羽ばたいて避けたその時、無数の鉄球がヘドウィグにぶつかって爆ぜる。


「ぐぁぁぁあぁぁぁっ!!」


ワタル特製のランス系封魔弾、それに重量化ヘヴィウェイト束縛糸バインドを発動するそれを受けたヘドウィグが、雄たけびを上げながら地面に落ちる。


そして地面に落ちると同時にも火柱が上がる。どうやら外れた封魔弾のいくつかを墜落の時に巻き込んだのだらしい。


「ふむ。やはり強力であるな。大鬼斬りの錆に出来なかったのは残念であるが、致し方……む?」


地面に降り立ったコゴロウがドロップを確認しようと近づくと、灰色の煙の中からヘドウィグが立ち上がる。


「鶏にしては思いのほか丈夫なのである」


「オノレ!キサマ!コレデスムトオモウナヨ!」


羽根は無残に焼けこげ、くちばしが砕けて発声も流ちょうなものではなくなっていた。しかしそれでもヘドウィグ自分の勝利を疑わない。

今の攻撃も見えていた。同じ手は2度も喰らわない。


「……ふむ。しかしもう終わったのである」


コゴロウはそう言うと大鬼斬りを鞘に戻し、ヘドウィグに背を向けた。

彼の目には、もう新たに表れた魔物しか映っていない。


「ナゼカタナヲ納メル!」


「そりゃ、あたしがあんたを刺してるからじゃないか?」


気づいた時には、ヘドウィグの胸から刃の切っ先が突き出ていた。


「フガッ!?」


自らの身体が引き裂かれるのもいとわずに振り向くと、そこには赤毛の少女が一人剣を構えていた。ボトリとか片翼が落ちて灰に変わる。


「あ、それとこれも貰ってみた。あんたほど高レベルの相手に使うのは初めてなんだけど、どうかな?ちっとは弱くなった?……みたいだな」


その少女、アーニャの手には虹色に輝く長い尾羽が握られている。

それは確かにヘドウィグを構成していた核の一つ。

彼は自らの身体から、急速に力が失われていくのを感じていた。


「そんだけ焼かれて刺されても倒れないなんて、やっぱ強かったんだなぁ」


アーニャがそう言った時には、剣は既に振りぬかれていて……。

ヘドウィグの首がボトリと落ちる。


天鳥人ウィングマン・イーヴォの部下が一人、闇夜の戦いを得意とする鳥人、静かなるヘドウィグは、自らが最も得意とする奇襲を受けて、あっけなく塵と化したのだった。

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□雑記

アーニャがヘドウィグの核を手にしていたのは、盗賊のスキル、強奪ハックを使ったからです。このスキルはDEX依存で魔物から核を抜き取り永続デバフを付加します。盗賊に転職する際に名前だけ出ていましたが、初お披露目ですね。


明日の更新は未定です。通常通りとなえば、次回は2/6(月)の夜の更新となります。

引き続き評価、応援よろしくお願いいたします。


現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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