第354話 望月の夜の戦い2
「あれどうするのよ!?」
「どうもこうも、助けに入るしかねぇな!あれじゃ
プリニウスの突撃によってホクレンの北門は完全に破壊されて大穴が空いていた。その身体は半分以上が街の中に入り込んでおり、身体をばたつかせてがれきをかき分けながら、さらに奥へ奥へと進もうとしている。
「街中に向けてじゃ、威力の大きなスキルは使えません。街から引きはがさないと」
「あれをか?どうやってだよ」
「そんなこと言ってる間に、魔物の軍勢の方が来るぞ!」
プリニウスに比べれば鈍足と言っていい速度だが、魔物の軍勢は邪魔する者の居ない平原を駆けて来ている。
えぐれた城門に達するのも時間の問題だろう。
「……魔物の方は俺が何とかする。嬢ちゃん、精霊魔術でプリニウスを街の外に放り出せないか?」
時の賢者となっていくつかレベルが上がったバノッサであったが、街中のプリニウスを城外に放り出すようなスキルは有していない。そもそも時の賢者は物理的に直接作用するような魔術は少なく、覚えている上級魔術は癖が強く扱いが難しかった。
8人は事前に自分たちのスキルについて情報共有を行っていたが、何かしら成果が得られそうなのは、大量のMPを消費することで大規模な物理変動を起こせる精霊魔術以外思い当たらなかった。
「……やってみるわ」
「おーけー。マルコフ、俺をあの辺に転送してくれ。進行路からわずかに逸れていて、全体を吹き飛ばしやすい」
「うむ」
「前衛は不要か?」
「逃げる分には一人の方が都合が良いからな。行ってくる」
バノッサとマルコフの二人は、影渡しを駆使して小高いエリアに移動する。
魔物たちは十数メートル先を通過する事だろう。
「お前さんも下がって平気だぞ?」
「なに、一発ぐらいは働かねばこちらに回った意味も無かろう。生者と違って、我は魔物を倒せばMPが回復する。数が多い戦いはむしろ向いていると言えよう」
「そうだったな。……範囲最大の暴風で吹き飛ばすぞ」
「ああ、理解しているさ」
二人とも魔術師系1次職の
バノッサの通常INTはおよそ900。
マルコフはステータスボーナスをMPに振っている分INTが低いが、それでもブーストをすれば800を超える。3次職の魔術師とそん色ない。
「さぁ、派手に行くぜ……
「フフ……闇に呑まれよ。
放たれた
一つ一つの大きさは山陸亀を余裕で包み込む大きさがあり、大きく広がった魔物たちを飲み込んだ。
「おまけも行っとくか。
さらに石礫を伴った嵐が発生して魔物たちをすりつぶしていく。
「
「
「なかなか凶悪だな」
プリニウスが先行したため警戒していなかったのであろう。防御が間に合わなかった魔物たちが次々に倒れていく。
「……うわさに聞く奴隷などが混ざっていない事を祈ろう」
マルコフのMPは既に全開となっていた。多数の魔物が巻き込まれて滅びたのが分かる。
「さすがに大丈夫だろ。俺のレベルも上がってないしな」
範囲を最大に振った暴風では数千Gの魔物は倒せない。
3次職のバノッサのレベルはかなり上がりづらいレベルだが、それでも数千Gの魔物を多数倒せば上がる。変動がないという事は、倒せていないということに他ならない。
そしてもう一つ、バノッサたちは知らない事ではあるが、プリニウスが引き連れてきた魔物の中には、奴隷を核としたものは含まれていなかった。
これはプリニウスがホクレンを破壊する事を目的としていて、自らが暴れた際に巻き込まれて倒れた魔物のドロップが
「さて、後3回くらい行くぞ。それで雑魚は選別できる。次はあっちだ」
MPポーションを口に含んで、バノッサははるか先を指さした。
なんでMPが持つのだろうと首をかしげながら、マルコフは再び影に沈んだちょうどそのころ……。
タリアはプリニウスと対峙していた。
………………。
…………。
……。
「……森の精霊は無理。光の精霊もダメね。大地の精霊さんは……行ける?ちょっと重さがキツイ?」
城壁の中に侵入して暴れるプリニウスを街から引きはがす為、タリアは精霊たちと話をしていた。
昼間、太陽が出ている状態であれば、光の精霊の力を借りた魔術で塵に還ることが出来たかもしれないが今は夜。攻撃魔術としての効果が期待できない。
選択肢として挙がったのは大地の精霊。
地面を割れば数十メートル下の地割れの中にプリニウスを突き落とすことが出来るだろう。
ただし街の被害はプリニウスが与えた物の非ではなくなる。
「
巨大だとは言え、地面に足を付けて歩む魔物である。
広範囲の地面を急速に隆起させて、その反動で吹き飛ばせないかと考えたが、抵抗されると不安があるというのが精霊の回答であった。
それでもやってみようか思案していたところ、予期せぬ精霊から提案があった。
「……え?……そんなことできるの?……うん。イメージは判るわ。何度も使ったし。後は上手くいくかだけど……わかった。やってみる」
「……話はまとまりましたか?」
タリアが会話する精霊の姿は、他の者たちには見えない。
それにあらかじめ想定していない術を行使するには、こうして精霊たちと会話をする必要があった。
「ええ……たぶん。プリニウスを街から離れたところに放り出せると思う。北門から離れたところに私たちごと転送して、そこで抑えようと思うけど、それでいい?」
「問題無い」
「前衛は任せてください」
タリアの言葉に、アルとスコットがうなづく。
「先に位置を教えてくれ。トラップスキルを仕掛けて置く。運が良ければしばらく足止めが出来るはずだ」
「わかった。それならあそこ、ちょうど1本木が生えてるところにプリニウスを転送するわ」
「了解。先に行ってるぜ」
工兵チャックはそう言って走り出した。
「ワンさんはホクレンの軍に状況を説明してもらえる?ホクレンの3次職が加わってくれたらだいぶ楽になるはずだから」
「……ありがとうございます。必ず、力に成ります」
既に背後ではバノッサたちが範囲魔術で後続を吹き飛ばし始めている。
それぞれの役割を確認し終えて、タリアは再度ホクレンの北門に目を向けた。
「……それじゃあ、始めるわね。・・・・・・私は最悪役立たずになるかも知れないから、その時は頑張って」
そう言うとタリアは契約精霊と意識を重ねる。
精霊使いのスキルを行使したとしても、抵抗する魔物を容易くとらえ、運ぶのは難しい。それがプリニウスのような推定10万Gクラスの魔物であればなおさらだ。
だから精霊の全力を引き出す。
ありえない奇跡を起こすために、その身の一部を精霊に明け渡す。
「……光より生まれし無の概念、原初にて対局なる闇の精霊さん。今契約に基づいて、ここに顕現せよ。
その瞬間、闇の衣がタリアの身を包み込む。
その身体に浮かび上がるは漆黒の紋様。瞳が、神が、闇に染まる。
その姿を見てバーバラは『ワタルさんやマルコフさんは狂喜乱舞しそうだな』と場違いな感想をいだいていた。
「……闇とはすなわち零である。
その時ホクレンの北門では、防衛に集まっていた2次職の戦士たちが防壁を張り、強力なスキルを連打してプリニウスの侵攻を止めようと力を注いでいた。
しかしかの魔物は多様に姿を変える。前足から飛び出した大蛇が防壁の隙間を塗って襲い掛かり、伸びた舌の先はゴリラの腕に変わると、近くの兵士を掴んで投げ飛ばす。
サイの角からは雷撃が飛び、背後に回った者たちにはサソリの尻尾が襲い掛かる。
たった一体の魔物であったが、予想がつかない攻撃に兵たちは翻弄され、傷つき倒れていく。
街への被害を承知で3次職を投入し、伝説級と呼ばれるスキルで押し戻すしか手はないか。
北門の守りを任されていた大隊長が、師団長へそう進言を出そうと腹をくくったその時。
瞬き1回、その瞬間。
目の前にいたプリニウスは、音もたてず消えていた。
その空間に瓦礫が落ちる音が、やけに長く響いていた。
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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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