第353話 望月の夜の戦い1

「俺たちがここに縛り付けられてる間にホクレンの戦闘が始まって、万が一にもあそこが落ちるようなことに成ったらちょっと分が悪く。だから数人には身を隠しつつホクレンの戦況を伺ってもらいたいと思います」


ワタルがそう言って、タリア達主戦力を送り出したのは、日暮れの少し前の事だった。

別動隊として選ばれたのは、渇望者たちクレヴィンガーズからバノッサをリーダーとして、タリア、バーバラの3人。

それから最近ようやくコクーンから脱出が出来た亡者の4人。守護騎士となったアル・シャイン。クーロン出身の騎士であるスコット・チェン。珍しい斥候系2次職に進んだ工兵のチャック。そして妨害や隠匿に長けた闇の魔術師マルコフ。

そしてホクレン出身でこの周辺の地理に詳しい冒険者、偵察兵のオウリン・ワン。

あわせて8名である。


「敵が攻めて来るのが判ってるのに戦力を分けるのか?」


「敵が攻めて来るのが判ってるから分けるんですよ。もし混沌の獣カオス・プリニウスの居場所を掴むことが出来たら、その時は最大火力で奴を吹き飛ばすんです。倒すなり撤退なりに追い込めれば、それだけでホクレンの防衛はほぼ確実に達成できたことに成ります」


人が人以上の力を振るえるこの世界において、高位職の奇襲というのは大きな価値を持つ。

特に3次職ともなれば、核とは言わないまでも、半径1キロ以上を吹き飛ばす大規模爆風爆弾兵器MOABと同程度の破壊を引き起こすことも可能である。

強力な魔物であれば、そんな高火力スキルは正面から撃っても妨害・回避されてしまうが、不意打ちであれば大きな効果を発揮可能性は十分あった。


「ここの守りは足りるの?」


「ここは守る必要が無いんだ。場合によっては、村ごと吹き飛ばして東へ撤退するよ」


石切り村はあくまで仮の拠点であり、守る理由は無い。

最悪の場合、非戦闘員は受送陣を使ってウォールに転送し、自分たちは逃げの一手を打つことも想定に居れていた。

ここはリスクを許容すべきだ。そう判断したゆえである。


タリア達はすぐさま準備を整えると、暗黒魔術と小結界キャンプを駆使して石切り村から出発する。この動きは狙い通り魔物に気取られる事無く、ホクレンの北東部、分水地近くの小高い丘の上まで足を勧めていた。


「来ると思う?」


ここについてから、ずっと千里眼で周囲を警戒しているタリアがバノッサに問いかけた。


「どうだかな。ワタルの言う事はおおむね正しいんでこっちに来たが、実際のところ半信半疑だ」


「来なければそれはそれで良いのでしょう。タリア、村の様子は?」


「村の西側に魔物が集まってるわね」


「千里眼は便利なスキルだよなぁ。それでプリニウスを見つけられないのか?」


「そっちの森の中に魔物が居るのは判るけど、プリニウスの外見が分からないのよ。聞いておけばよかったわ」


「そういやそうだ。スコット、オウリン、二人はクーロンの出だろ?知ってたりしないか?」


「多様な姿を持った魔物という話は聞いた事がある。狼、熊、蛇、鰐……荒唐無稽な証言が多すぎて、これと言ったものが思い浮かばない。魔物と直接やり合う部署じゃなかったんでな」


スコットはクーロン所属の騎士だが、どちらかというと対人の特殊部隊的な立ち位置だった。

むろん魔物とも戦うが、邪教徒や犯罪者組織と事を構える方が多い。必然的に、持っている情報もそちらに偏っていた。


「いくつかの獣の特徴を併せ持った魔物という話ですが……当然見た事は無いですね」


偵察兵のオウリンは、ホクレン周辺で活動する冒険者だった。

二十代前半で2次職になった実力者ではあるものの、七魔星クラスの魔物と相まみえたことは当然ない。彼の実戦経験は1000G級前半が良い所であったが、分水地防衛の戦いで運悪く命を落とした仲間のため、この戦いに参加していた。


「……そう言うのと戦ったことあるわね」


タリアはクロノスの王都に行く途中で教われた魔物の事を思い出していた。

確かあれは熊か何かをベースに、蛇だの狼だのが身体から生えたバケモノだったはずだ。

名前は何て言ったか……そもそも聞いたかどうかも思い出せない。


「っと、村の方、魔物に向けて投石を始めたわ。……すっごい飛ぶのね」


「こっちから仕掛けたのか?」


「みたいね。魔物が溜まってるのに攻めてこないからしびれを切らしたんでしょう」


「向こうがいつ仕掛けるつもりだったか分からんが、村の方が先に終わったら俺達は単なるサボりだぞ。経験値得られないだけ損だ」


「……バノッサ殿、生きていますよね?」


何を好き好んで死地に突っ込んでいこうとするのだろう。

オウリンを始めとして、比較的常識的なメンバーは首をかしげる。

タリアとバーバラは『まあ、ワタルの師匠だし』とあきらめ気味である。


「ところで、森から何か出て来たみたいっすよ?」


そう指摘したのは団体行動初参加のチャック。

斥候スキルを駆使して、広範囲を観察していた彼は、森の中から大きな影が飛び出してくるのを見つけていた。


「おっと、一体だけか?」


「そうみたい。……かなり大きな狼に見えるけど……早いわ! 大きさも10メートルじゃ効かないわね……少し後ろに、そのほかの魔物も追従してるみたい」


森から出てくる魔物を警戒していたのだろう。

ホクレンの城壁前に魔方陣が浮かぶと、城壁から放たれた魔術がその狼に降り注いだ。


「……サイズもだけど、強いわね。全然速度が落ちない」


「初級魔術って言ってもあの数を受けて大丈夫って……どんな魔物っすかね」


「打ち消してるにしても全部は無理だろ。ウィルガルフとかいう狼男と同等か?」


「ここからじゃ魔力までは分からないわね。……でも、まずくない?」


城壁から森までは10キロ以上あるが、既に半分に迫っている。

背後に続く他の魔物を振り切っての突撃だ。


「様子見のつもりだったが、ここじゃ離れ過ぎてるな。動くか。マルコフ、隠遁を」


「うむ。任せたまえ」


「マルコフさん、口調変わりましたね」


「……闇の魔術師には威厳も必要なのだ。そのためにひげも生やした」


死んでいて伸びないので付け髭だ。

ちなみに、彼は死んでいるので2次職として闇の魔術師を選んだ。何事も形から入るタイプの男である。


姿隠しの魔術で魔物の視線を避けながら、街に向かって駆ける。

しかし先行する魔物は早い。既に街から3キロほど。後続の魔物たちとは倍以上離れている。


「まてまて、いくら何でも早すぎるだろ」


「あれ、まずいわよ!中級魔術も混ざってるのに全然聞いてない!それに、姿がっ!」


狼だと思っていたその体躯は、徐々に別の物に代わっていた。

鼻先からは角が生え、口からは牙が前に伸びる。

魔術で焼かれた体毛の代わりに、爬虫類のような鱗が生え、足は馬のように伸びて速度を上げる。

そして大きさはさらに巨大に変わっていく。


「あのまま門に突っ込むつもりか!」


「そんなの蜂の巣ですよ!」


「だけど止まらねぇだろ!」


とてもいやな予感がした。あれをそのまま進めてはいけない。

それはホクレンを守るために展開していた防衛兵たちも感じた危機感だった。


攻撃のための魔法陣が、防御のための物に切り替わる。

迫りくる魔物の前には障壁魔術が放たれ、その行く手を阻もうとしてあえなく砕かれる。


「まずいまずいまずい!あれだ!!」


その名は混沌。

六百六十六の獣の特徴を有し、自在に姿を変え、破壊を振りまく巨獣。


頭にはサイの角、口元からは像の牙。

その身体は鱗に覆われ、四肢は時々で形を変える。そしてどんな防壁もそれの歩みを止めることは出来ず。


偉大なる障壁グランド・ウォール


多重に発動した上級スキル。

それを容易く貫いて貫いて魔物は城門に突っ込むと、轟音と共に城壁ごとがれきの山に替えた。


混沌の獣カオス・プリニウス。


春も終わりに近づきつつある望月の夜の戦いにおいて、先陣を切ったのはその物だった。

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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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