第356話 銀牙のウォルガルフ 5
「ちっ!水を挿した上に早え退場だな」
ウォルガルフがそう悪態をついたのは、コゴロウからヘドウィグを倒したと念話が飛んでくるのとほぼ同時だった。
「頼りに成らない仲間で残念だったな」
「元から鳥野郎の部下なんて当てにしてねぇよ」
右腕を失ってなお口の減らないウォルガルフだが、その力量は衰えは見えない。
ウォルガルフはこちらの斬撃を丁寧に受け流しながら反撃をしてくる。攻撃は当たるのだが、甲羅を切り裂ききる事が出来ずダメージに成らない。
強化型も含めて、何かに触れることで効果を発揮するタイプのスキルは全て打ち消されていて、ダメージ上昇を狙えるのは剣速を上げる疾風斬りと音速斬りの2種類のみ。
手数系の二段斬りや十文字斬りは、選択肢が狭まる分あまり効果が無い。自力でこいつの技量を上回って痛打を与えないとならないのは、なかなかに骨が折れる。
「しかしてめぇも存外硬ぇな!」
「人の事言えた義理かっ!」
ウォルガルフの攻撃は鎧でいなすことで何とか受けられている。多少はレベルが上がったからか、それとも弥生が成長したからかは分からないが、クリーンヒットをもらわなければHPが減ることはなさそうだ。
「一刀流、龍巻っ!」
身体を回転させながらのニ連撃も、身をかわすか甲羅を斜めに当てて弾いて来る。
「一刀流、幻頭刃!」
コゴロウが使う天明流の剣技を、他の流派を混ぜて若干アレンジした形。しかしこれも受け流された。
「なってねぇな!焼付刃なのが見え見えだぜ!」
言われるまでも無い。集合知と修練理解を駆使してこちらの世界の剣術の“形”を練習はしているが、高々半年程度練習しただけで物になるほど甘くも無い。
それでも技量で劣る俺が意表をついてウォルガルフにダメージを与えるには、こういった焼付刃の技術を駆使していかねばならない。
「ワタルさん!援護します!」
「見え透いてんだよっ!」
狂信兵団の前衛がサポートはしてくれるものの、それも効果は上がらない。
まずほとんどの攻撃は、ウォルガルフが防御しなくてもその硬い甲羅を抜くことが出来ない。
さらに奴は俺の影に入ることで、周囲からの射線を絞って攻撃をさせないよう立ち回る。練度の低い新兵では対処できないし、狂信兵団の冒険者ともそこまで息を合わせることは難しい。
その上で、周囲の仲間たちを狙うようなそぶりを見せない。こいつは俺から目をそらさない。
もしこいつが周りの前衛を狙うようなら、そして俺が一人ふたり見捨てる覚悟があるなら、その瞬間に致命傷に成りえる斬撃を当てることが出来るだろう。
それを理解しているから、あえてこちらを見据え、まっすぐに向かってくるのだろう。
正面切っての戦いを望み、小細工無しで力のみの勝負を望み、利き腕を失ってなおそのスタイルを曲げない。
……ムカつくな。そう言うのは魔物の戦い方じゃないだろう。小細工を弄する悪役でないと、こちらも真っ向から相手をしてやりたくなる。
どうする、奥の手を使うか?
何処で誰が観察してるか分からない以上、こちらの手の内は出来る限りさらしたくないんだが。
「考え事か!?」
「っ!」
悠長に考えてる余裕はないか。
ここで見せて大丈夫か? ヘドウォグのように隠れて戦場を観察し、敵に情報をもたらす存在が居れば、今後どんどん打てる手は減っていくぞ。
『………………ぃ……』
踏ん切りがつかないまま刃を交えること数回、耳の奥に小さな声が響く。
『……ぃ…………か……ぃ』
『……睦月?』
この感じ、声は握る石斬りから聞こえている。
『…………ぃ……か……ぃ……だけ……も……と』
いかい?異界?異界だけもと?違うな。
いかいたけもと?……いや、睦月はまだ複雑な事は話せないし、おそらくもっとシンプルに……もっと?
『……ぃ……ぱぃ』
『もっといっぱい?』
『ぁ……ぃ……かぃ……』
『……一回だけ、もっといっぱい?』
『ぁぃ』
一回だけ、もっといっぱい……魔力を?
今、俺は睦月に出来るだけの魔力を回して循環させている。これ以上は循環が止まる。
ステータス参照武器への魔力供給は、注ぎ込めばいいってものじゃない。魔導回路に過負荷がかかれば、刻まれた術式の崩壊もあり得るし、タンクでは無いので循環させてこそ効果を発揮する。
俺の魔力制御じゃ、これ以上は魔力を流しこむ方にしか集中できなくなる。
『……き……る』
一度だけ、もっと大量の魔力を流しこめば、それで斬る。どうやらそう言いたいらしい。
……まいったな。
ウォルガルフにまともに斬撃を当てるためには、ある程度の隙を作らなきゃならない。
しかし
1回だけというなら、確実に当たるタイミングで振りきってようやくだろう。なかなか難易度の高いことを言ってくれる。
『しかしまぁ……一回づつなら何とかなるか』
見せる回数が少なければ、何が起こったかは分からないはず。
それなら打つ手はある。
「仕方ない!奥の手を使わせてもらおう!」
斬りつけると見せかけて、バックステップでわずかに距離を取る。
挑発だ。見て対処する、相手をそう言う気にさせろ。
「へっ!今度は何をしようってんだ!」
「とっておきって奴だ!冥途の土産によく見解けよ」
太刀を握った腕を前に突き出し、左手を添えて人差し指を伸ばす。
ウォルガルフとの距離は3メートルほど。互いに踏み込めば射程範囲だ。
これはコントロールが難しい。ムネヨシさん達に相談した時に試したけれど、イメージだけだと狙った所に飛ばすことも出来なかった。最悪はゼロ距離で、巨大な10万G級相手ならばら撒いて制圧に使うつもりで準備した物だ。
「お前が何をしようが、ぶっ潰して俺が勝つ!」
ウォルガルフは拳を突き出して半身に構える。
受ける体制に入った。半身に当てられるかは半分運!小細工は要らない、集中して……。
その瞬間、俺の魔力の動きを感じてウォルガルフがピクリと動いた。
……出来たのはそれだけだった。
亜空間から放出された弾丸は、音速の壁をぶち破り、螺旋回転をしながらウォルガルフの腹にぶち当たるとそのまま風穴を開けた。
バンッ!という破裂音が一瞬後に響き、さらに遅れて雷鳴がとどろく。
直径100ミリ近い大口径ライフル弾型封魔弾。
錬金術及び風の魔術を駆使して爆発をコントロールし、ライフリング加工を施した金属パイプを通じて指向性を持たせた弾丸は、音を越え、感知できぬほどの速さで対象を粉砕する。
速度維持したまま
魔物たちが死滅した空白地帯の線を。
「がっ!?」
何が起きたか理解できなかったであろうウォルガルフの顔が驚愕に歪む。
どてっぱらに風穴開けられても死なないとはさすがだな。だから使うのを躊躇った。
生物型の魔物を相手にするなら、首を落とすとか縦に割るとかが必要だな。
わかっているから踏み込んでいる。
睦月に思い切り魔力を籠める。
それ以上の事は出来ない。スキルを発動する余裕もない。
だから真っ直ぐ、両手で握って振り下ろすのみ。
ウィルガルフは咄嗟に腕をそれを防御し……。
太刀は音もなく振り下ろしきられた。
「……マジかよ」
「……悪いが種明かしは無しだ」
「……そいつは……残念だ」
……銀牙のウォルガルフ……強敵だった。
甲羅に覆われた頭部がズルリと割れて、二つに分れる。
そのまま倒れ伏して動きを止め、身体が塵へと変わっていく。
後に残るのは他の魔物と変わらぬ、ただ価値が高いだけのドロップ品のみだった。
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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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