第338話 銀牙のウォルガルフ 1

「ぶっつけだがお前らなら何とかすんだろ。覚えたてのをかけてやる。祖は光にて波、戻ること無き一本道。されどその歩みは不均一にて、汝の意志に応え、汝と共に歩まん。知覚クロノスタシス加変速・ダイナミック


バノッサさんが魔術を発動すると、向かってくる魔物の動きに違和感を覚えた。

……減速した?


「この術はお前さん達の意志で、お前さん達の意識時間を引き延ばすことが可能になる。俺のINTだと精々大体1.3倍くらいだが、敵の動きが見えるようになるはずだ。それから、スキルの発動もその分早くなる。動きを伴わなければ3回の時間で4回スキルが放てる。そんな感じだ。ただ、身体の動きは早く成らないから注意しな」


「なるほど。便利ですね」


「常時引き延ばされるわけでは無く、集中状態に応じて引き延ばされるのであるな。これは都合が良い」


「それから、防護プロテクション……集中力向上コンセントレーション……遅滞抗魔術ディレイ・カウンター・スペル……こんなもんか」


防護プロテクションは身体の周囲に薄い魔力の膜を張って、防御力を高める中級魔術。

集中力向上コンセントレーションは名前通り、これはあらゆる動きや認識、予測の精度が上がる中級魔術。

遅滞抗魔術ディレイ・カウンター・スペルは1回限りだが体に触れた魔術の効果を打ち消してくれる中級魔術だ。


「さて、奴らが来やがった」


「それでは、我々も参ろうぞ!」


まず真っ先に届いたのは、敵の放った矢と魔術の雨だった。

バノッサさんの魔術でゆっくりに感じるそれを、余裕を持った動きで躱す。

凄いな。INTの上昇によって認知・思考の加速は限界まで来ていると思っていたが、今はそれよりもさらに速い。


横を抜けて行った魔矢が地面を削る。

おおざっぱに放たれた矢をすり抜けながら前へ。ステータスで上昇した身体の動きに、意識がちゃんと着いてくる。

集中力も上がっている。これまで以上に攻撃が見える。不可視であるはずの魔矢の視認も容易。時魔術のバフは思っていた以上に強い。これなら十分動ける。


「……縮地」


スキルを発動して一気に距離を詰める。

魔剣士の高速移動スキルは縮地と縮天。コゴロウの武者と同じだ。発動は影渡りシャドウ・トリップに比べると圧倒的に早く、近接戦闘向きであることが良く分かる。


目の前に迫ったコボルトを一刀両断、もう一刀で飛翔斬を放つ。

それが敵に当たるのを確認する前に、突っ込んできた大牛を三等分に両断。HPが尽きた魔物は俺の身体に触れると同時に、なんの影響も無く霧散していった。

質量を持っている魔物でも、死ぬと分解が促進されてほぼ影響が無くなるのは事実らしい。実体験って大事だな。


悠長にそんな事を持っていたところ、目の前に火球が迫る。

それを霞斬りで迎撃した次の瞬間、遅滞抗魔術ディレイ・カウンター・スペルが発動して魔投槍マナ・ジャベリンをかき消した。

しまった、被ダメが早すぎるな。


飛来した矢を刀で撃ち落とし、とびかかってきた大蛇を輪切りに。じゃれつく狼の脳天をかち割り、突き出された槍先を鎧で滑らせ、コボルトの首を撥ねる。


そこに複数の蜘蛛が放った束縛糸バインドが絡みつき、魔矢マジックアローが殺到した。


「ぬぅ……痛くない……」


防御姿勢を取ったとはいえ、HPを確認するがほとんど減っていない。いまだ大きな変化が分からないが、明らかに性能は上がっている。


縮地で転移して蜘蛛を潰し、コボルトの術者を盾ごと両断する。

今はとにかくMPを温存しつつ数を減らす。術者が居なくなれば、バノッサさんの魔術で一掃できる。


「調子ニ乗ルナ!ヒキ肉ニ、ナレ!」


大金鎚を振り上げながら、ミノタウロスが突っ込んで来る。

タイミング的にはギリギリ躱せる。能力は……1000Gサウザント級、発動しているスキルは……初級。魔力の大きさと流れを見てそう判断する。

なら、試してみるさ。


ゴインッ!


振り下ろされた大金鎚をクロスさせた腕で受け止める。


「バカナ!?」


受けた衝撃をわずかに膝でいなす。それだけでミノタウロスの一撃を受けきることが出来た。

……凄いな。多少はダメージがあるかと思ったのに。


理力の剣フォースソード


武器に魔力をまとわせ、切れ味と強度増加、武器破壊への耐性上昇、さらに刃の疑似的な延長を行うスキルを発動。

踏み込みと共に×字に剣と振りぬくと、それでミノタウロスが四つに分割された。

ドロップ品の回収は後回しだ。


理力の剣フォースソードの効果は、最低必要INTを引いた後のINT値1につき剣の体積が1立方センチほど増加するというもの。長さに使うもよし、厚さに使うもよし。今の俺なら7~8メートルは射程を伸ばすことが出来る。

振りぬいた横凪の斬撃で、雑魚魔物たちが一気に消し飛ぶ。魔術より余波が小さく、周りに人がいないなら使いやすいな。


囲まれないように敵軍の外周を回りながら、魔物たちを切り捨てていく。

魔素吸収マナ・ドレインが使えない今、MPの消費を抑えながら戦うのは重要だ。


そうして2〜30体もしとめた頃だろうか。魔物達、特に人型のコボルト達が引いていく。おっと、これは敵わないと見たか?


『ワタル!コゴロウ!気をつけろよ!やべぇのが動き始めた』


『ええ、見えました!』


魔物達の隊列が開け、1体の魔物がこちらに向けて駆けてくる。

身長は2メートル半ほど、銀色の毛並み、長く延びたマズル、口元から覗く牙。ライカンスロープと呼ばれる狼獣人の魔物だろう。

魔力視で見れば分かる。一番強いやつだ。


『どうやら俺に狙いを定めた様ですね』


『ぬぅ、取り巻きどもが居なければ加勢致すものを!』


『気をつけろよ。即死じゃ回復もクソも無いからな!』


『ええ、了解!』


高速移動スキルを使って居るのだろう。2足にしてはあり得ない速さで距離を詰めてくる。

早い!でもバフのおかげで反応できる!

振り下ろした二刀と、相手の爪が交錯した。


ガギン!!


甲高い金属音と共に火花が散る。俺はその衝撃を受け止め切れずに吹き飛ばされていた。


硬え!


相手の腕を落とすつもりで放った斬撃は、こっちが吹き飛ばされる結果になった。

理力の剣フォースソードも使ってんだぞっ!


咄嗟に縮天を発動させて、相手の背後に飛ぶ。

石斬り!重ねて……斬撃スラッシュ


スキルを乗せて振り下ろした一撃は、急旋回したそいつに避けられた。

マジかよ!自在飛翔!?


反転した爪がこちらに迫る。縮天はちょっと間に合わない!収納空間インベントリ

咄嗟に取り出した鎧のオプションパーツ、盾を腕に固定して攻撃を防ぐ。

っ!あっぶねぇ!こいつ、思いのほか強い!


吹き飛ばされながら再生を整え、縮地で距離を取る。相手が高速移動なら、姿が消える事は無いはず。


ウォール


相手の進路を阻むよう、魔力の壁を発生させる。そう簡単には砕け……うそん!?

目の前に発生した障壁を、敵は爪の一振りで打ち砕いて見せた。

いやいや、INT4ケタの壁だぞ!……退魔系のスキルが乗った攻撃か!?


……なら、攻める!


属性飛斬エレメンタル・カッター!」


雷撃を帯びた飛翔斬は、魔剣士が覚える上級スキル。

より大きく、より鋭く、より早い一撃が狼人に迫る。軽くかわしただけなら雷撃に巻き込まれる一撃だが。


「ちっ!」


避けれれない向きだと判断したそいつは、両手で斬撃を受け止めた。


縮地、束縛網バインド・ネット


「しゃらくせぇ!」


十文字斬りクロス・スラッシュ


刀と爪が交錯して、火花が飛び散る!

至近距離なら、魔槍マジック・ランス


目の前で発動した魔術を、狼野郎は両手で受けると、こともあろうか効果ごと引き裂いた。

続けざまに振るわれる爪を、思わずバックステップで避ける。くっそ、早いな!

しかし足は止めた!


「ちっ!……やるじゃねぇか」


「……どうも」


バノッサさんがフォローに入ってくれてる。動きを止めたのはそちらを警戒してか。

……俺毎吹き飛ばさないでくださいよ。


「……俺は混沌の獣カオスの配下が一人、銀牙のウォルガルフ。無謀なる冒険者、名前を教えな」


「……丁寧にどうも。ワタル・リターナーだ」


「ワタ……?……最初の超越者か?へへっ、こいつは大物!なるほど、歯ごたえがあるわけだ!」


「今は極めし者マスターっていうんだよ。ついでにあんたの背中を狙ってんのは竜殺しだぜ」


「……竜殺し?……将軍ホアン・リーの仲間か!竜殺しのバノッサ・ホーキンス!いいね!こいつは楽しくなってきた」


……戦闘狂タイプか。

集合知に情報が無い。どんなタイプだ?これまで使ったスキルは、高速移動系と、退魔系のみ?

このクラス、事前情報なしで戦うのはきついんだな。相性の問題か?


「もう一人もずいぶん腕が立つみてぇだし、さっさとやるか」


バノッサさんの名前を聞いても引かないか。相当自身があるんだろう。


「うちの部隊に3人で喧嘩売ったんだ、まだまだ隠し種はあんだろ。全力で来いや!」


そう言いながら殴りかかって来る。

血の気多いな!やってやんよ!

---------------------------------------------------------------------------------------------

□雑記

腰の調子もほぼ治りましたので、今週からまた週6に戻そうと思います。


現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る