第334話 北境師団聴取1

ホクレンに戻った日の翌朝、冒険者ギルドの一室で雑魚寝をしていると、軍のお偉いさんに呼び出された。

もそもそと朝食を取った後、3人で庁舎に向かうと、機嫌の悪い副領主と数人の軍関係者、それに冒険者ギルドの面々とオーランドさんが集まっていた。

俺達で最後のようだ。


「各方面に色々と言ってやりたい事もあるが、言うだけ無駄なやり取りとなるだろうから確認と要点だけを追って話そう。私は北境師団、現ホクレン大隊の総司令官を務めているコウメイ・チョウだ。軍階級は副師団長になる。お見知りおきいただきたい」


そう言ってこちらに目線を向けたコウメイ・チョウは、30代半ばほど、口ひげを生やした黒髪の軍人だ。

細身で体格は文官に見えるが、その眼光の鋭さは明らかに一般人ではない。

レベルで強くなるこの世界で、こう言うタイプは珍しいな。


「一昨日の晩、知っての通りそこに居るリターナー特使率いるパーティーの活躍によって、分水地を攻めていた大亀は討伐された。これについてはまず感謝の意を表明したい。また、オーランド氏の協力のもと、負傷者の治療もめどが立った。いまだ魔物の攻勢は続いているが、最も危機的状況からは脱したと考えられる」


幸いにして分水地への再侵攻は起こっていないらしい。何の対策もせず同じ攻め方をしても、人質をこちらに引き渡すだけだからな。さすがにそこまであほではないか。


「しかしこのホクレンは依然として敵に包囲されたままである。東西、それに北の近隣都市はすでに無く、南からの補給で僅かにつなぐのみ。早急に打開策を打つ必要がある」


わかりやすい説明ありがとう。

農業都市なので、農地を管理するための衛生都市がいつくもあったはずだが、残って居る主要都市はやはりシャクーだけらしい。

コリンさん達がホクレンに到着した時にはまだ主戦場は西の街だったらしいから、やはり押し込まれているのだな。


「打開策として我々がやらねばならない事は二つ。一つは補給路の安定的な確保。これは後方に回り込んだ魔物の集団の撃退である。もう一つは敵士官の発見。これだけの軍勢を動かすには、必ず1万Gオーバーサウザンツ級後半か、10万G準ミリオンズ級の魔物が存在している。これを見つけ出しせねばこの戦いに勝利は無い!」


これも把握している通り。

基本的に敵ボス討伐、指揮官を失った魔物の群れを各個撃破。街を取り戻してそこを拠点に進軍。これが奪還作戦の一連の流れだ。

魔物は別に整地厨ではないから、放棄された街も物資はともかく家はそれなりの形で残っているはずだ。


「さて、貴殿らに集まっていただいたのはこの二つの目的を果たすために必要と判断したからに他ならない。まずは、ワタル・リターナークロノス国王特使殿?」


「ん、ああはい。なんでしょう」


ここまでの話を聞いていると、ここに呼ばれた理由は良く分からない。

クーロン軍が把握している俺たちの能力は戦闘面だけ。ボスの探索は可能だけれど、それに気づくとも思えないし……討伐の方は軍で用意した戦力でやりたいだろう。メンツというものがあるからな。


「貴殿は大亀をぶちのめした後、夜間行軍でシャクーまで行っていたと……」


「その前にっ!奴隷たちはどうした!契約ではドロップは全てこちらの物であるはずであろう!」


コウメイ・チョウ氏の声を遮って、荒い言葉をぶつけてきたのは副領主であるセイライ・ハクだった。

何をバカバカなことを。


「え、何を仰っているので?あんな依頼、受領するわけないじゃないですか」


「だが亀を討伐したのであろう!ドロップに人間が混じっていたという報告は来ている!」


「冒険者が魔物を倒すのは自由でしょう? 目についたから倒したまでです。ドロップ品だって我々の所有物です。どうしようが、お伺いを立てる必要は無いはずですが?」


冒険者ギルドはそう言う組織だ。

『価値のあるモノ』を核として発生する魔物はどこにでも湧いて出る。そしていつの間にか強力な魔物に育っている。その偶発性から、常備軍の運用方法では対処が難しい。被害をもたらしたものに対処するのではなく、敵を見つけ出して狩らねばならないからだ。

だから民間人を安定した戦力に転用できる冒険者ギルドは有用であり、同時に力を持つようになっていった。


「キサマっ!好き勝手言いおって!今は非常事態宣言下!ギルドも国の指揮下に組み込まれておる!」


「ええ。ですがギルドは私の雇用主ではありませんので、ギルドから命じられるいわれもありません」


冒険者は個人事業主みたいなものだからな。


「シャクーであっても、商取引は軍の管理下にあるっ!不正な奴隷取引等認められると思うなよっ!」


「……何か勘違いされているようですが、我々はこの戦いで奴隷など得てはいませんよ?」


クーロンも人間の管理は一応している。

不正な奴隷取引というのは、国の機関を介さないで所有者を変更する事を言っているのだろう。


「……なに?」


「確かに、魔物化から解放された人たちはおりました。それだけです。彼らは難民ですから、子供などは一時的に保護しておりますが、落ち着いたら国へ帰すつもりです。私は商会もやっておりましてね。そう言う慈善事業にも取り組んでおりますので」


「ばかな!?印も無くあのような魔物になるはずがない!」


「彼らに奴隷印なんて、どこにもありませんよ?私が嘘を話していない事もお判りいただけていると思いますが?」


「っ!」


当たり前の話したけど、クーロンでも人を勝手に捕まえて奴隷化するのは違法だ。

嘘が付けない世界なので、簡単に足が付く。特に自国内でやるなど、手のかかる自殺と同意だ。なのでそう言うのは魔物にやらせるという形を取る。


「ハク殿、関係のない話はそこまでにしていただきたい。金銭的価値という意味でなら、アレの中身などたかが知れている。こちらの貴重な食料を浪費しない分マシという話まである」


「……ちっ」


亀が倒された事は純粋に利益なのだから、それで満足しておけばいいものを。業突く張りめ。適当に身を亡ぼせばいいのに。


「話がそれたな。私が聞きたいのはシャク―の街までの移動方法だ。見通しの悪い夜間、未成年10人以上を連れてどうやって安全に街を行き来した? 5~6時間は優にかかる道のり、しかも今は数百Gの魔物が引っ切り無しに襲ってくる状態だ。何か特別な魔物を避ける術があるのか?」


「え……いや、気合で走っただけですよ?」


シャクーまでは街道を20キロくらいのはずだ。行軍を使えば10キロ相当になる。

この距離なら、戦闘職はもとより一般職でも気合を入れれば1時間位で走れる。


「……気合で……走った?夜の暗闇の中を?」


「ええ。2匹目を倒したのは夜明け前だったんで途中で明るくなりましたけど……1匹目の人たちも、適当に予備の武器を渡して、子供は背負わせて走らせました」


後は南の街道まで送ったタラゼドさん達が、近くにいる魔物を引き寄せるのに広範囲サーチを使ったくらいか。


「馬鹿か?……いやバカナ?どっちでもいいが、そんなもの魔物に追いつかれて囲まれて終わりだろう」


「実際そうは成りませんでしたし……ああ、こんなものは貸しましたね」


行軍の腕輪を見せびらかして、効果を簡単に説明するとチョウ氏は頭を抱えた。

……おや?


『ちなみにその腕輪、軍関係者なら喉から手が出るほど欲しいのである。軍の進行速度は、一番遅い者に合わせることになる故』


コゴロウが気を使ってか解説してくれる。


『士官系2次職なら進軍フォースド・マーチが使えるでしょう?』


『中級とは言え、習得は30手前であるぞ。我らと違って、末端までそのクラスを配置できるほど人材潤沢ではござらんよ』


『なるほど』


そう言えばこの腕輪はクロノスでもあんまり卸してなかったな。

エンチャントアイテムの売り込み先は冒険者ギルドだったし……ふむ。しかしそれなりに価値があるとめんどくさいな。


『消費MPにもよるが、冒険者でも欲しいだろ。街から街への移動が段違いに楽になる。魔物から逃げる時にも有効だからな』


『そうですね。でも、素材コストが高くてみんなが持つには危ない装備ですからね。流行らせたくはないかなぁ』


魔鉄か、魔導銀ミスリル塗料のような素材が必要。必然的に価格が高くなるので、魔物の手に渡れば強力な魔物になる。

大きな街から離れた山村、農村などは、近くで1000G級の魔物が出れば人死にの一人や二人は出る。そんな魔物を生み出す装備を売り出すのはちょっとね。


「ソレについて、後で個別に商談を希望したい。利用できれば補給部隊は魔物の多くを回避して、ココとシャクーを結ぶことが出来るようになるだろう」


現状は補給部隊が魔物に襲われて、何回かに1回は荷を捨てたり破壊されたりする事態になっているらしい。

量が必要なので収納空間インベントリだけでは足りず、失敗すると魔物の強化につながることもある。なるほど、走って魔物を振り切れる可能性が上がるなら、たしかに欲しいわな。


「次に、こちらも補給に関してだ。先日の夜間から、治療院の人員が増強されたと聞いている。これについてオーランド司祭、ご説明願いたいのだが?」


「……神の思し召しにごさいますよ」『どうも我々が軍への協力を渋っていたと思われているようなのです』


答えと同時に囁きウィスパーが飛んできた。


『それを私に言われましても。復唱法についての話はしていないんですよね』


『それはもちろん。頂いた回復アイテムも使い切りました。……付与魔術師エンチャンターのスキルについて調べましたので、おおむね作り方は想像がついていますが、私もタダで教えるほど愚かではありません』


『それは何より』


『ですが、リターナー殿に英雄となっていただくのも良いかと思っております』


『責任丸投げって言いませんそれ?』


『ご自分でまかれたナッツでしょう?』


『冗談キツイですね』


『貴殿が返ってくるまで、アレを一人で相手させられたのです。……無用なケガ人、死人を出すような作戦を止めるためにもご協力いただきたい』


『……言って聞く相手とは思えないですけどね』


はぁ……どうやら俺が矢面に立つしかないらしい。

……やっぱりこっそり暗躍すべきだったかなぁ。


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□雑記

ステータスにスタミナ表示が無いように、体力的な部分での恩恵はありません。この世界の住人は現代人に比べれ体力に優れますが、ステータスが高ければその力を発揮した時のスタミナ消費は激しくなるので、徒歩での移動速度はそう早くならないと言った事情があります。

行軍マーチはその名の通り行軍速度を上げるため、『スキルが切れた時にスタミナが尽きて結局時間当たりの移動量が変わらないorマイナス』と言った事態が発生しません。間接的にスタミナを強化していることになる珍しいスキルです。


□追記

腰をグキっとやりました。座っていてもスリップダメージを受けている感じなので、数日更新が空くかもしれません。ご了承ください。


現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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