第333話 情報共有

ホクレンで大亀を2体を撃破したのち、俺たちは街道を南に降った宿場町、シャクーに身を寄せていた。

ここはホクレン周辺の農地を管理する衛生都市のひとつであり、管理者は町長ではあるがアインス程の人口がある。今はホクレンに補給を送るための最前拠点だ。


資金に物を言わせ、古く使われなくなった町外れの屋敷を一つ借り上げると、掃除もこそこそに飯を食って休む。

起きたのは空が茜色に染まる頃合いだった。


「流石に疲れが抜けきらない」


生命力バイタル・活性化アクティベートを施して寝たが、身体が痛い。寝床が悪いせいかな。

身体を伸ばして庭に出ると、冒険者を中心に捕まっていた人達が火を起こし、食事の準備をしていた。


えっと、昨日助けたのは子供15人、大人44人。大人のうち非戦闘員は9人、年齢は最高で40代、それなりに働ける人たちばかり。

ここに居ないのは子供と大人の半分ほど。家の中にも数人いたが、ちょっと足りない。


「おはようございます。他の皆さんは?」


こちらを見つけて駆け寄ってきたバス氏に、片手を上げて挨拶をする。

すると彼は俺の前で片膝を付き頭を垂れた。


「リターナー閣下、騒がしく申し訳ありません」


むぅ、この反応は誰か俺が特使だと話したな。


「そう言うの良いから。状況分かったら教えて。コゴロウとバノッサさんの姿も見えないんだ」


寝る前は同じ部屋で転がっていたはずなのだが、起きたら居なかった。


「ホーキンス様は昼頃に『恩を売りに行ってくる』と、軍の駐屯所へ向かわれました。コゴロウ様は小一時間前に冒険者ギルドの出張所へ行っておられます」


先に動き出していたか。タフだなぁ。

もうすぐ日が暮れるが、そろそろホクレンの動きが気になる。街の方はオーランドさんに任せきりに成っているし、戻って口を出さないと。


二人が戻ってくるまでの間に、彼らの編成を考える。ホクレンに戻るにしても、人数が居た方が良い。その方がハクが付くし、軍が介入してきづらくなる。

子供15人と非戦闘職9人はこのままこの家で待機してもらうとして、後は戦闘職を再編して30人をホクレンに、残り5人をここの防衛に当てよう。カロッソ・バスさんならうまく回してくれるだろう。アース狂信兵団の分体としてメンバーを登録させてもらえば問題も起きない。


そんな事をしている間に、街に必要なものを買い出しに行っていた者たちが戻ってきた。

寝床用の藁、麻のシーツ、食料品、料理具など、渡していたお金でそれなりの物はそろったよう。

それから街の外に様子を見に行っていたものも居る。武器と盾くらいしかない状態だが、魔物を討伐して来たらしい。こっちもタフだなぁ。


彼らに方針を伝えていると、コゴロウが見知らぬ男女を連れて戻ってきた。

三人、みんなまだ若く冒険者のようだが……。


「お初にお目にかかります。アース狂信兵団、パーティー・黄金の瞳ゴールデン・アイのコリンです」


「ギルドに問い合わせたら、この街に入っているというので探して連れてきたのである」


コゴロウ、ぐっじょぶ!

コリンと名乗った女性は俺より少し上くらい。直接会った記憶は……見たことはあるが、話した事は無いな。

互いにステータスを確認し自己紹介をすると、向こうは俺の事をちゃんと知っていた。

彼女は賢者だそうで、ホクレン周辺での情報収集のためこの村に滞在しているらしい。


「ホクサンの街から出た難民を護衛してホクレンに来ましたが……ホクレン領主はホクサンの難民受け入れを拒否しました。それで、クランの主要パーティーはその難民を護衛しながらさらに東へと向かいました。ホクレン領は南北に長いので……」


難民の多くは非戦闘員や子供。人数は街の収容可能量を越えていて、かつ守りづらいホクレンの外では保護が難しいと判断したか。……それだけじゃないな。

なんにせよ、狂信兵団の行先が分かってよかった。これで連絡を付けることが出来る。


「北境師団はホクサンの奪還を考えているようです。そのためにここより南のいくつかの街に兵を集めて攻め込む機会を伺うとともに、敵軍の首領の居場所を探っています。どうも強力な少数精鋭の部隊を運用しているようです」


魔物は基本的に統一性のない獣の群れに近い。ゴブリンやオークを代表としする人型のものも居るが、基本的に知能が低く、知能を上げると能力が下がるというジレンマを抱えるため、力押し以外の戦術は得意ではないのだ。

獣系や虫系の魔物などは、テイマータイプの魔物が一緒に居ないとろくにコントロールできない。そのため指揮官が攻撃目標を決めて、あとは魔物の本能のままにぶつける、というような作戦が取られがちである。大規模攻勢であればあるほど、細部に目が届かなくなる傾向にある。


ならば指揮官を倒してしまえば、数が多いだけの魔物の群れなど烏合の衆に成り下がる。

北境師団の作戦は間違ってはいない。


「情報ありがとう。合流したいのだけど本隊との連絡は?」


「五日後です」


入れ替わりのパーティーとはこの街で合流するらしい。彼らは明日からまた周囲の村を回る予定だったそうだ。


ちょっと予定を変更してもらって、彼女たちにこの拠点の運営補助をお願いする。アース狂信兵団には付与魔術や錬金術のノウハウを供与してあるから、生活はかなり安定するはずだ。

難民の子供もいると聞いて、彼女たちもこちらを優先してくれた。

そもそもアース狂信兵団は、ウォール防衛線で家族や仲間を失った者たちで構成されていて、こういう仕事は積極的に引き受けてくれる。ホクサン難民の護衛をしているのもそのためだ。ありがたい。


その日の夜、朝食を終えた後、五日後までには戻ると伝えてシャクーを出る。

また深夜のマラソンになったが、日が変わる前にはホクレンに戻れたのだった。


………………


…………


……


□鉱山都市ホクサン跡地


クーロンの北方、鉱山都市でもあるホクサンは魔物たちに占領され、かつての賑わいは失われていた。

破壊された家々の合間を人型の魔物が行き交い、かつてここに住んでいた住人の多くは、逃げ出したか捕らえられて殺されたり、魔物に変えられたり、鉱山での強制労働をさせられたりしていた。


かつてのホクサン領主の館で、青白い顔をした痩せた男は、不機嫌を隠そうともせず報告を持ってきた鳥男を睨みつける。


「……このような真昼間にたたき起こしておいて、報告は山陸亀が落ちただけどはな」


ホクレン進行を任せていた将からの報告は、思いのほか少ない。

昨日の夜に飛び込んできたのは、空飛ぶ船が来たからやってきて、冒険者らしき集団を降ろして去って行った。かなりの実力者のようだとの内容だけ。

そして今しがたの報告では、二匹の亀とそれを守っていた魔物たちがやられたという報告だけだ。さすがに頭が痛くなる。


「いる者を集めよ。状況を確認する」


彼がそう言ってわずか数分、その部屋には4体の魔物が集まっていた。


「定時報告にはだいぶ早い時間ではないか?」


野太い声の男はおそらくオークであろうか。大山羊の仮面をつけていて、マントの端から金属製の鎧がわずかに見えている。


「先ほど飛び込んできた鳥頭が何か持ってきたのじゃろうて。昼は儂らの時間ではないであろうに、勤労なことじゃのう」


しわがれた、どこかで聞いた事がある声。部屋の中だというのにフードをかぶっていて、その姿は分からない。


「貸している兵とは言え、なぜ俺に最初に報告を持ってこない。まったく、鳥頭め」


自身も鷲の頭をした大柄な魔物がさえずる。額にある第三の目がぎょろりと動いて、報告を持ってきたバードマンを睨む。


「部下の頭の出来など期待するだけ無駄だろう。それで、北から来た空飛ぶ船だ。死霊術師、何か情報は?」


青白い顔の男が、フードをかぶったしわがれた存在に問いかける。


「うむ。儂らの情報では、クロノスは飛空艇を有しておらぬはずじゃ。どこかから供与されるなどという話も聞かん。実物を見ておらぬが、おそらく最近建造された物であろう」


「つまり、分からないってーことだな」


鳥頭が肩をすくめる。彼らを見る部下たちの目とは裏腹に、それなりに気の置けない関係らしい。


「諜報は儂の専門では無いのでな。ルサールカに聞いてみておる。さすがに目立つからの。何か情報はあるじゃろて」


「それより敵の戦力だ。隠し玉でない以上、単純に増強されたとみて良いのだろう。亀はまた作ればいいが、簡単に攻略されるなら意味がないぞ。この国は人が安くていかん。難民共の捕獲も今の所は失敗。あまり価値は増やせん。向うも被害は多いようなのでつり合いは取れているがな」


「……ここへの隷属紋の魔法陣敷設はどうなっている?」


「本国が渋っている。維持できるか分からん拠点に割けるかと言われた。モーリスも同じだ。維持するために必要だというのにな。どちらにせよ数か月かかる」


「儂が言うのもなんじゃが、クーロン組も懐は変わらんか。マルドゥ、一つお前さんが突っ込んで様子を見るのはどうじゃ?」


「それでこの1年、クロノスは歴戦の将を何人失った?」


フードの問いかけに、これまで口を開かなかった山羊仮面が皮肉を返す。


「オークに似合わず嫌味な奴じゃ。わざわざ出向いてやっているというに」


「情報もなく、正面から挑むのは無謀よ。開戦して長い。ホクレンに誰が入っているかもわからぬ状況で、おいそれと姿をさらせるものか」


「違いない。3次職のパーティーくらいならその場で何とかなるが、4次職が混じって居てみろ。相性によっては完封されかねん。行動は慎重にせねばならぬ」


オークの言葉に、青白い顔の男が同意する。

魔物とて馬鹿ばかりではないし、血気盛んなだけでもない。むしろ幹部と言われる様なものこそ慎重で、人間を侮ってはいなかった。


「それでどうするよ。亀がダメなら、サイか、もう少し早いのに突っ込ませてみるか?それともモグラか、ドラゴンもアリか。空から焼くだけでも多少効果はあるだろ」


「闇夜に紛れてなら効果があるかも知れんが……無差別攻撃は旨味が無いぞ。あっちがどれだけ死のうが、落とされれば丸損だ」


「落とされないようにやるんだよ。ハクレンが落ちなくても、夏まで機能停止すればこちらの勝ちなんだろう?なら、嫌がらせの範囲を広げようぜ」


「……情報が足らぬなら、それが良いかも知れぬな。その上で影を増やして情報を集めれば、何か見えてくるかもしれん。良いか?」


「俺は問題ねぇ」


「儂はかまわぬよ。そのために居るわけじゃしな」


「では、前線に居るプリニウスにも周囲の村落を優先して攻めるよう伝えよう。……部下をやられて気が立っていないと良いのだが……」


「まぁ、どれか一つくらいは大丈夫でしょ」


鳥頭の男はそう言うと、さっさと準備を始めると窓から飛び立って行った。

それを皮切りに、各々が部屋を後にする。


残された青白い顔の男はため息をつくと、開け放たれた窓から差し込む光を忌々し気に睨みつけ、奥の部屋へと戻って行くのだった。

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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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