第329話 封魔弾の罪
「なんとかって……いえ。確かに回復アイテムの提供は助かりましたが、失礼ですが3次職でも一人二人増えた程度で、街の状況が変わるとは思えないのですが」
「問題ありません。人類はまだ、その可能性のすべてを出し切ってはいません」
当面の問題はケガ人、死人の多さだ。
これを何とかしないと、態勢の立て直しもあったもんじゃない。
「これから話す内容は、魔術師ギルドが秘匿している技術の話に成ります。既に別の国で公になった話ではあるのですが、まずはオーランド殿に表立っていただきたい。我々は所詮流れ者ですので」
そう前置きして、彼の魔術的な素質を教えてもらう。
部屋の中で発動させると吹き飛ぶから、ちょっと外を影渡しで往復した。
「これは……こんなことが!」
「神聖魔術の素質があれば
治療院の中に居た患者は、多くが冒険者など軍の救護班からあぶれた者たちだ。怪我は治ったが、出血などの影響ですぐに戦線に戻る事は出来ない。
そう言う人たちの中から、魔術の素質がある人たちを選んで復唱法で有効な魔術を提供していく。
「……これが流行れば、私たちの仕事は商売あがったりだな」
「病気の治療などは専門的な知識が必要ですから、そちらに梶を着るのが良いかと。マニュアルがありますのでサービスしますよ」
「手際が良すぎないか?……アース治療術?……どこかで聞いた覚えがあるな。果たしてどこだったか……」
アインスで広めたこれがクーロンまで届いている?そんなことありえるかな。
ものの30分ほどで治療院まで来ていた患者たちの治療が粗方終わり、残ったナッツを持って神官が城壁の駐屯地へ向かった。
こちらは患者の中から魔術訂正があるものを抽出し、動けるものに詠唱法で魔術を覚えて貰い同行をお願いする。
今回教えるのは神聖魔術から
神の奇跡という事で、地面に適当な魔法陣を描くなど特別な方法を演出した。復唱法の詳細を知るのはオーランドさんだけにしたので、軍にも簡単には伝わらないはずだ。
「しかし何故教会に?軍に持ち込んだ方が早いのでは?」
とっぷり日が暮れて暗くなった街中を広場に向かって歩く最中、オーランドさんから疑問が投げかけられた。
「軍だけの手柄にしたく無かったので。落ち着いた後のパワーバランスが崩れるのは好ましくないんですよ。冒険者ギルドは責任者が居なかった」
ギルド長が居れば冒険者ギルドに仲介を頼んでも良かったのだが、あちらは骨抜き状態。
魔術の素質がある人と、クランの関係者を探してもらっているが、逆に言えばそれで手一杯だろう。
この件について魔術師ギルドは信用成らないし、そうなると取引を持ち掛けられるのは教会くらいしかない。
「無茶苦茶やるようで、一応考えてはいるのか」
「失礼ですね。俺はいつでも考えて行動してますよ」
意図しない影響が出る場合も多いけど、それはそれ、これはこれ。
「見えました。今は西北門が一番激戦地のようです」
魔物たちはおおむね北側から攻めてきているけれど、既に周囲の村は陥落してしまっている。
その為南以外の3方向から攻められている状況らしいが、一番敵が多いのはやはり西側らしい。
「では、私はここの責任者と話を付けておきます。担当者には既に連絡してありますので、皆さんは前線で治療をお願いします」
開きっぱなしの門からは、絶えず兵たちが出入りしている。
担ぎ込まれてくるケガ人も多い。MPが足らず、傷口を縛るだけや、少量の回復薬で止血だけをした負傷兵がそこいらに転がっている状況だ。
「わかりました。コゴロウ、ハオラン達を連れて外で戦える?そろそろMPを欲しいだろうし、全員居てもやれることが無い」
「良いのであるか。それなら任されようぞ」
外にいるメンバーから、日が暮れて魔物の進行が更に活発になったと念話が来ている。戦力はあって良いはずだ。
幸いにして街の周囲には照明弾が打ちあがっている。夕方くらいの明るさはあるので、彼らの実力なら問題は無いだろう。
俺とバノッサさんは目についた怪我人をひたすら癒していく。幸にして、MPは潤沢にあり、減ることもない。
「お前はきっと悪魔か何かの生まれ変わりだと思う」
魔素吸収で患者からMPを回収しつつ、バノッサさんはヒールを使う。
「思いっきり活用してるじゃ無いですか」
俺は治癒弾のロッドに魔力を充填して発動。詠唱でしか使えないヒールよりこっちの方が早い。
MPの不足を患者からのドレインで補えるなら、MPの回復量の方が消費より圧倒的に多い。後は手数。3次職賢者か、この二つを扱える術者がいるだけで防衛戦の回復は無尽蔵だ。
後は死者が出ず、負傷者の発生速度が回復に勝らなければ良いのだけど。
そう思っていると、途端に外が慌ただしくなる。兵士たちが一斉に出撃していき、それと入れ替わる様に負傷者がなだれ込んできた。
「お願いだ!助けてくれ!誰か!回復を使えるものを!」
すすけた顔の男が叫んでいる。患者がいない?何かあったらしい。
『バノッサさん、ここは任せていいですか?』
一人10秒で癒していればさすがに重傷者は減って来る。
すぐに動けるようになるものが少ないのは、ここに来るまでに出血などのダメージが多いからだ。出来るだけ戦場に近い所で癒した方が良い。
『気を付けろよ。こっちもオーランドの旦那がここを押さえたら外に出る』
バノッサさんにその場を任せて、駆け込んできた男の所へ向かう。
「負傷者はどこです!?」
「おお、すまん!外だ!重症のがたくさん!運ぶ手も足りなくて……」
「それじゃ、外に飛びますよ!
街の中から外へスキルでワープ。これをやると領主にバレるのだが、この際気にしていない。特に中から外はチェックが緩いのだ。
街の外に転送されて目を白黒させる男をわき目に、
っ!街から遠い所に瀕死のが複数いる!しかも転々と……なにがあったらこうなる!?
再度ワープ。
辺り一帯には焦げ臭いにおいがだた酔っている。
目の前には全身が黒くごげ、生きているのが不思議なくらいの人型の物体が転がっている。しかも複数!
「けが人をここに集めるから、とりあえずこれをぶっかけて」
「あ、ああ、すまん!」
「ビット!……
迷ってる暇はない。
被害が出ていたのはおおよそ5キロの範囲。人数は37人。生きてるだけ。すでに死んだ奴の事は考えたくないな。
手近な一人に再生治癒を発動しながら、バノッサさんに念話を送る。
『俺の詠唱じゃ手が足りません。再生治癒が使える人を応援に寄こしてください!』
詠唱時間もさることながら、再生治癒は一瞬で傷が治るような術ではない。HPの恩恵で延命処置をしながらでも、これだけの患者を致命傷から脱するのにはかなりの時間がかかる。詠唱魔術でしか回復できない俺じゃ、一度に回復できるのは一人だけだ。
『お前さんが外に出たんで、軍がバタついてる。どうする?』
『責任はオーランドさんに押し付けます』
その為に教会から、人命救助を最優先として治療を行う依頼を発行してもらった。患者が増えれば増えるだけ、教会も交渉力を確保できるはず。なんとかしてくれるだろう。
1分以上かけて、再生治癒で何とかライフが削れて居ないと思われる状態まで癒す。再生治癒は回復に対象の肉体を消費するから、かけすぎると栄養失調などで死ぬ。これ以上はココでは治療できない。
「他に負傷者が居たら、ここに集めてもらえますか?声をかけられる戦力も。多分その内魔物が来ます」
「ああ、わかった。すまない」
連絡に飛び込んできた男性は、服装からするとおそらく臨時徴用された兵なのだろう。防具が正規軍の者ではない。それでも顔の訊く立場だったのだろう。集まってきた人たちに状況を説明してくれている。
他のけが人も既にこの周囲に集まり始めている。
「回復している間に、誰か何があったのか教えてもらえますか?」
強力な魔物が居た場合、そいつがまたこないとも限らない。
「……軍が……新兵器だって……これっ位の小さな玉を渡したんだ。合言葉を言って、魔物に当てればいいって」
「前線で隠れて、合図とともに魔物の集団に向かって投げつけたんだ。そしたら炎がいっぱいに広がって……投げつけた奴は焼けちまった」
……っ!
旋風系の封魔弾を投げつけさせたのか!
くそったれ!そんな使い方をさせるために作ったわけじゃねぇぞ!
思わず頭に血が上りかける。確かに、戦いなれていない市民に封魔弾を使わせるなら至近距離から投げつけるのが有効だけど!
そんなことしたら投擲者が巻き込まれて死ぬくらいわかるだろっ!
……いや……わかっててやったのだろうな。
人工が増える一方で、人余りが問題になるクーロンでは人名は安い。そう言う使い方をされるのは想定すべきだった。
クーロン軍……少なくともこの戦場の指揮官は……敵か。
この落とし前はつけさせてやる。
『待たせたな!大丈夫か?』
『……
十分ほどでバノッサさんが複数の神官を連れてやってきた。
コゴロウ達も気を利かせて合流してくれたおかげで、魔物の対処は何とかなりそうだ。
……被害が広がる前に、戦況を安定させないと。
---------------------------------------------------------------------------------------------
□雑記
封魔弾、いわゆるエンチャントアイテムが廃れた理由の一つは『何の魔術が付与されているか、特別なスキルを持たないものには分からない』ことです。
本年最後の投稿となりました。来年も応援よろしくお願いいたします。
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます