第328話 通りすがりの英雄

「リターナー殿、こちらになります」


方針を決めてハオラン・リーを呼び出すと、すぐに応答があった。


「許可証を発行して貰いました。大隊長名義になっておりますので、機密部を除けば市街地、外の出入りは問題ありません。もちろん、人数に制限はありますがね」


「お疲れ様です。早かったですね」


「これでも一応諜報機関の仕事をしていますので。おっと、出所が何処かは話せませんよ?」


「聞きませんよ、そんなめんどくさい話。これから治療院に向かいます」


「おや、人命救助ですか?それともトドメを刺しに?」


「救助に決まってるでしょう」


生きてる人間をわざわざ死兵にするつもりはないぞ。

軽く睨みつけると、ハオランは軽い死者のジョークでは無いですかと、悪びれた様子もなく曰う。こいつもずいぶん図太くなったものだ。


ギルド職員に睨みを効かせる領兵二人を尻目に、足早に治療院へと向かう。当然怪訝な顔をされるが、許可証で黙らせる事が出来た。

ツテ社会万歳。


街の外れにある一番大きな治療院は、想像通り野戦病院の様な有様だった。病院の周りを取り囲む様に怪我人が溢れて、敷地の庭には亡骸が安置されている。

生きてる人間が外に転がされていないだけマシと考えるべきか。


「さて、この忙しいなかMP切れで動けない司祭殿を捕まえて話を通さなきゃならない訳ですが、どうしましょうかね?」


タリアが居れば範囲回復が使えたのだが、スキル扱いなので賢者のバノッサさんにも使うことができない。

神聖魔術の範囲回復は上級扱いだし、治癒弾を多重詠唱で発動してばら撒くのが最高効率かな?


「ここでいきなり回復屋を始めても混乱の元だからな。ちゃっちゃと神官を捕まえようぜ。治癒弾ヒール・バレット。つっても、走ってるやつを止めるのは憚られるけどな。治癒弾ヒール・バレット


「そうなんですよねぇ……これで良し。ビット、行ってこい」


治癒弾ヒール・バレットの魔結晶を搭載したビット達が飛び立っていく。

生命探査ライフ・サーチを使って、死にそうな重傷者から順に回復していく。多重処理マルチタスクで本体とは別に操作できるから、話してる間にも手間を減らしておこう。


「……落ち着きがないですねぇ。あきれられていますよ。……すいません、そこの方。ここの責任者の方にお会いしたいのですが、取り次いでいただけませんか?至急で」


「あん……あんたらこの状況見て……ちっ、軍の……邪魔に成らない所で待ってろ」


ハオランが軍の許可証をぴらぴらさせながら、小走りに前を通り過ぎようとした治療師を捕まえる。


「ついでにそこそこ重症そうな患者も確保しておきますか」


態々時間を取ってもらうのだ。実演の準備くらいしてもいいだろう。

廊下で倒れて動けない患者を一人、念動力で持ち上げる。どこか骨がいくつか折れるくらいはしているのだろうけど、サーチの状態からHPがガンガン削れているようなことも無い。安静にして居ればとりあえず平気な患者だと思われる。


「5分だけお会いになるそうだ。ついてこい」


「ありがとうございます。……話は俺とバノッサさんだけで進めるから、他の人は外で待機でヨロシク」


当然、防犯のためのスキル行使はしてもらう。

通されたのは、普段偉い人が使っているであろう応接間だった。今は様々な者が運び込まれており雑然としていて、ほぼ足の踏み場が無い。おそらく、他の部屋を患者に開けるために色々つめこんだのだろう。


「脅しまがいの方法でうちの神官を連れて行った軍が、今度は何の用だね?いや、その宙に浮いた患者は?」


「お初にお目にかかります司祭殿。残念ですが我々は軍の関係者ではありません。もっと悪い者、端的に言えば通りすがりの英雄です」


「その糞みたいな言い回しがどこから湧いて来るのか、一度頭の中を覗いてみたいぜ。通りすがりの英雄ってなんだよ」


そこはいいんだよ。


「……一体なにを」


「お忙しいようなので端的に。まず、時間を買いたい。10分、代金は新作の使い捨て魔道具一瓶です。使い方は簡単。この何の変哲もないナッツを一つ取り出し、封印解除レリーズと唱える。後は患者の口の中に放り込んでガブリンチョ。これだです」


治癒ヒールナッツに込められた魔術が発動して、治癒発光と共に回復が完了する。


「……あれ?……俺は……うわ、なんだ!?」


ドシンっと音を立てて今まで意識がもうろうとしていた男が落ちる。

念動力の影響下で暴れないで欲しい。保持力はそんなにないスキルなんだ。


「すいませんね。体調が回復したら退席いただいても?ああ、魔術の才能がおありなら帰らずに外でお待ちを。これも何かの縁です」


「さっさと逃げることをお勧めするぜ」


他称、俺の師匠は失礼だな。


「一瓶100粒なので残り99粒ですかね。INTは1000相当なので、ほとんどの重傷者は何とかなるでしょう。注意点は、砕けた時に触れていた人が治癒ヒールの対象なので、砕かないように注意してください。合言葉は封印解除レリーズです。お間違いなきよう」


「ちょっとまて!一体何を言って……いや、分かった。とりあえず人を呼ぶからもう一度使い方の説明を」


「商談成立で良いですかね?」


「ああ、構わない。落ち着いて話がしたいという事だな?」


「はい。ではもう二瓶どうぞ」


「やり方が逆ヤクザ」


「スムーズな交渉ってこういう事でしょう?」


圧倒的メリットで有無を言わさずぶん殴るんだよ。俺は押し問答は嫌いなんだ。


「オーランド様!何かよく分からないものが飛び回って患者たちに回復魔術を施しています!」


駆けこんできた神官の第一声はそれだった。


「あ、お気に慣らさずに。死にそうなのから癒しています。MPに限りがあるのでずっとは無理ですが」


そう言う俺の横で、バノッサさんはMPポーションを飲んでいるな。

美味しくないんだけどなぁ……よく飲んでるようなのだが、中毒に成ってないか?


「ああ、細かいことは無視していい。新作の回復アイテムが手に入った。今いる患者に使って構わない。使い方を説明するから、適当な患者を連れて来い」


「『ああ、それなら念動力で運ばせますよ。タツロウさん、お願いします』」


方士系の彼なら念動力が使用可能だ。

困惑する神官を司祭様が人睨みで黙らせ、治癒ヒールナッツの使い方を説明する。全部使いきっていい、神の思し召しのためお布施も不要と言い切って、司祭様は神官たちを治療に向かわせた。


「これでよいのか?」


「はい。少しは落ち着いて話せますかね。……立ち話もなんですから座りましょう」


「あ、ああ、そうだな。客人に立ちっぱなしも失礼な事。こちらへ」


教会のソファはそれなりに金がかかって居そうだ。ただ、成金趣味ではないらしい。


「あらためまして、私はワタル・リターナー。巷では人類最初の極めし者マスターなんて呼ばれてる、しがない冒険者です。そしてこちらがその師匠、竜殺しの英雄、バノッサ・ホーキンス氏」


「俺、お前が弟子になった覚えは微妙に無いんだがな。賢者の道は歩まなかったしよ」


「いいじゃないですか、細かいことは」


ここに漫才しに来たんじゃないんだ。

とりあえずステータスを確認してもらう。まぁ、二人とも職業が違うから、偽装できる名前くらいだけどさ。


「あ……ああ、二人とも名前は聞いた事がある。私はロウハク・オーランド。ホクレンで上級司祭を任されている……まぁ、中間管理職だ。天職は治療師ハイ・ヒーラー。レベルは32と不十分だがね」


ロウハク・オーランドは50代ぐらい、白髪の交じった神をオールバックにしている壮年のナイスミドル。がっしりした体系だが太ってはいない。治癒師ヒーラー系統だが、それなりに武闘派のにおいがする。

こんな状況のホクレンから逃げ出していないだけでも、多少好感が持てるな。


「それで、音に聞いたる英雄殿たちが、いったい何の御用かな?」


「はい、だいぶ苦しそうなホクレンの状況を何とかしようかと思いまして」


さて、気合を入れて交渉して、共犯者に成っていただこうかしら。


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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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