第327話 戦渦の都市
「ワタル・リターナー様と
張り付いた笑顔の男性職員が、ギルドの奥にある商談ルームへ案内してくれる。
「悪いが、あんたらはここまでだ」
そして同時に、同じくギルド職員と思われる筋骨隆々の男が二人の文官を足止めしてくれる。
「な、我々は領兵だぞ!?」
「ギルドの商談スペースは関係者以外立ち入り禁止。国際法でそう取り決められているだろう?自治権も認められている」
「我々はリターナー殿の案内役として……」
「そちらでお待ちくださいね」
とりあえず、クーロンの監視役を引きはがす事には成功。
しかしずっとついて来られるとなると、頭が痛い問題だな。
「バノッサさん、アルタイルさん、大丈夫だと思いますが商談スペースに妨害魔術をお願いできます」
「わかりました」
「ああ、やっておく」
「ハオラン、タツロウと二人で自分たちの派閥の者と連絡が取れますか?クーロンならどの街にも密偵の一人ぐらいいるでしょう?」
「……良いのですか?」
「邪魔に成らないように手を回させてください。自分が死んでることを話すかは、任せます。戦況や、師団の動き、ホクレン領主がどう身を振るつもりなのかも分かればうれしいです」
「……わかりました。調べてまいりましょう。裏口をお借りしますよ」
『タラゼドさん、そっちの状況は?』
『役人は眠らせて適当な納屋の中に放り込んだ』
『了解です。市中の調査をお願いします』
『あいよ。任せときな』
さて、情報収集で出来る事はこれぐらいか。後はギルドからどんな話が聞けるか……。
こういう状況だと味方に成ってくれる真偽官が欲しい所だけれど、さすがに人材がいないしなぁ。……狂信兵団辺りから捻出できないかな。……居ても同行させるのがきついか。
……真偽を見破る呪法とかないのだろうか。落ち着いたら長に相談してみよう。
「それじゃあ、一つづつ確認していきましょう。依頼は来ていますか?」
「はい。軍が持ってきた依頼書は3件ですね。食料や備品などの買取。ドロップ品の買取。討伐依頼。どれも形式上は依頼に成ってますけど、実質命令書のようなものです。酷いですよ」
書類を見せてもらうと、まぁ酷い。
買取価格は相場の百分の一で、ゼロを書き忘れた内容なんじゃないかって金額。討伐依頼も報酬は微々たるもので、ドロップは無条件で軍に差し出す内容になっている。
「これで契約締結すると思ってるんですかね?」
「これを持ってきた兵士は、契約の手続きにも立ち会う……というか、彼らが代行すると言っていました。何者かに襲撃されて連れ去られてしまいましたが……なに者でしょうね」
「さぁて、きっと今の体制に不満のある不届き者でしょうね」
誰とは言わない。
「それで、受けます?」
「もちろん突っぱねますよ」
「ですよねぇ」
元々ギルドが手続きをしたら受理されるはずがない内容だ。
ギルドは依頼の発行・掲示には拒否権が無いので受け取りはするが、冒険者側がそれを受けるかはまた別問題。
「おそらくですが、ギルドの緊急依頼として発行させて、罰則有で拒否権を潰すつもりだったのだと思います」
職位が高い者、ある程度ギルドランクが高い者は、緊急依頼を拒否した場合に罰則が与えられる場合がある。
俺はギルドランクが4であまり問題無いが、5以上は減税などの恩恵が大きい分、この罰則も厳しくなる。
「だいぶ問題になる行為なはずですが、ギルド長は何も言わないのですか?」
「……すいません、ギルド長は実質軍に捕まっている状態です。名目上は緊急事態のため、国家に協力という名目で庁舎の方に居ることに成っていますが、ここ半月ほど、ギルドの職員で長を見た者はいません」
そりゃまた一大事だ。
「……庁舎に居るはずのギルド長権限で依頼が発行されて居ないという事は、協力が得られていないか。今の責任者は?」
それか些末な案件として処理されたかな?
「副ギルド長が代行していましたが、冒険者向けに複数の緊急依頼が出た対応で現場に行っていまして……実質、私が責任者に成ります」
「そりゃ、お疲れ様です」
「だいぶ酷いであるな。ダラディスとの戦時下でもそこまではしないのである」
フォレスとダラディスの戦争は国家間戦争だから、冒険者ギルドに協力は仰がないだろ。直接比較は出来ないぞ。
「逆を返すと、それだけ戦況が芳しくないって事ですね。後に遺恨を残すやり方をしてでも何とかしなければならにって事でしょう。戦況の確認がしたいので分かることを教えてもらえますか」
「はい。……と言っても、情報はそう多くありません」
現在このホクレンの街は魔物からの波状攻撃を受けている。
敵の総数は不明500から1000ほどの魔物がひっきりなしに攻めて来るのと同時に、都市機能のかなめである街の外のいくつかの施設にも攻撃が集中しているらしい。
「特に敵の進行が厳しいのは、この街や農地に水を呼び込む水路兼運河の分水場です。水浸しにするのか、それとも干上がらせるのが目的か分かりませんが、大きな亀が2匹、そこを潰そうと迫っています。今は何とか膠着状態ですが、ずっと戦い詰めでいつ崩れるか……リターナー殿に発行されている討伐依頼も、その中の1体を倒せと言う物ですね」
飛行船から見えた亀はそれが狙いか。
「補給は足りていますか?」
「全然です。現在問題無いのはそれこそ水くらいですね。武器も防具も足らないですが……すでに防具は捨てて、錬金術師組合と鍛冶師組合が総出で武器の量産だけをしている状態です。食料も不足気味ですべて配給。燃料は……北から新しい魔道具が持ち込まれたので、それのコピー品が出回って難を逃れています」
暖房機やコンロかな。おそらくウォールからここまで伝わっていたのだろう。
ちゃんとした技術者が見れば、構造自体を真似るするのはそう難しくない。
「それから……同じく、ホクサンの戦いで投入された新兵器という話で、
「……封魔弾ですか?」
「ご存知でしたか。なんでも、使っていないMPを武器に出来る画期的装備という話です。どこかのクランが持ち込んだという話を聞きましたが、出所の詳細は分かっていません。持ち込まれた物よりだいぶ性能が低いらしいのですが、ないよりはましという話です」
性能が低い?……INTが不足か?
……いや、もしかして復唱法が伝わってないのか? 復唱法でランス系を付与しないと、バレット系やアロー系の封魔弾では威力不足だろう。
「そうですか。……アース狂信兵団というクランについて何か情報はありませんか?私がオーナーを務めるクランなのですが」
「……申し訳ありません。記録を確認すればもしかしたら何かわかるかも知れませんが、今、私にお答えできることはありません。戦況で分かっているのもこれ位です。軍がどう動くつもりなのかもわかりません。治安維持や脱走防止のため、街自身が厳戒態勢で、限られた区画しか移動できないんです」
しかし狂信兵団は行方知れずか。どこ行ったんだろうなぁ。
『タラゼドさん、なにか新着情報ありますか?』
『街が酷いってことぐらいか。
『けが人の動員はともかく、封魔弾作りやレベル上げは常識の範囲内でしょう』
『広い常識の範囲だなぁ』
『新常識というやつです』
時代は刻一刻と変わっているのだ。
『後は……放置されているけが人も多いな。腕だの目だの。再生治癒を施す余裕はないらしい。それに死体もだ。火葬する魔力がもったいないらしい』
『……死体の再利用は……後回しですね』
街を落とすなら使えるかもしれないけれど、対魔物兵力として使うには不安定すぎる。
ケガ人の救助も行いたいけど、再生治癒を使えるのが俺しか……いや、バノッサさんは使えるかな?
「バノッサさん、再生治癒は使えますか?」
「ん、ああ、使えるぜ。使いこなせてはいないけどな」
小さな部位欠損や、やけどの治療などは可能だが、腕だの足だの完全になくなったパーツの再生はしたことが無いそうだ。治療の知識も無いので、大きなパーツは上手くいかない事があるらしい。
おそらく、教会では行われている術の部位への集中が出来ていないのだろう。これはどうにかなるか。
『ありがとうございます。そのまま街に潜んで調査を続けてください』
『MPの問題があるから、そう長くは続けらないぜ?』
『深夜には仕掛けますから、大丈夫です』
いざとなったら
「どう見てもかなりまずい状況が続いているように見えるんですが、他の街からの援軍などの情報は無いんですかね?」
「軍は援軍は向かっていると言っていますが、いつになるかはわかりません。……街を捨てて逃げようとした住人もそれなりに居たのですが、ここ2週間は軍の監視が厳しくそれも出来ず……逃げ出そうとしたものは、軍の監視下で働かされているようです」
「なるほど、末期ですね」
だけど少なくとも軍はホクレンの維持を諦めていない事が分かる。
食料が配給に成っているようだし、勝手に逃げて野垂れ死んだ方が補給の問題が減る。にもかかわらず人をとどめるという事は、防衛は諦めていないという事だ。
……ホクレンは余り守りやすい地形じゃない。焦土作戦を決行してもおかしくないと思っていたが……やる気ならそれはそれで良い。
さて、優先順位を決めよう。
クーロン軍からの依頼は蹴るとして、やらなきゃいけないのは……。
1.街を襲う魔物、特に山陸亀2体の撃破
2.人命救助。わかる範囲の負傷者の治療と延命措置
3.アース狂信兵団の捜索
この3つか。優先すべきは2かな。死人は避けたい。
1は闇に乗じてこちらから襲撃をかける形にすればいい。俺だから出来る攻略法も存在する。
3は……タラゼドさんに任せよう。
「……人命優先で行きたいですね。教会と連絡は取れますか?」
クーロンの教会も例にたがわず体制と中が悪い。だけど治療は受け持っているだろう。
「可能です。ただ、あちらもほとんど人手がない状態だと思いますが」
「構いません。それなりに権力の在る責任者と取り次いでもらえますか?それから、神聖魔術の素質がある人を集めてください」
「ちょっと待て……なにをする気だ?」
それまで口を挟まなかったバノッサさんが、眉間にしわを寄せてこちら睨む。
「そりゃもちろん、英雄の名を高めてもらおうかと」
こういう場合、やることはおおむね変わらないのよね。
レベリングが無いだけ楽かもしれない。
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□雑記
クーロン軍の行動はあまり褒められたやり方ではありませんが、この世界の戦時下においてそこまで酷いと言う物でもありません。市民に配給を回してるだけマシまであります。
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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