第326話 暗躍する者たち

「私たちを軍に組み込むつもりですか?」


正気とは思えない発言に、思わず聞き返してしまった。

戦時下なので冒険者ギルドと軍が協調して戦うのは分からない話ではないが、それでも直接軍の指揮下に入る様に要請するのは珍しい。冒険者の能力は慣れたパーティ下に置いて最も発揮されるものだし、計画的に職の取得をして戦力を安定化している軍と、個々の能力差が大きい冒険者では立てるべき戦略が違う。


例えば山陸亀の討伐はうちならタリア一人いれば何度かなるが、逆に俺やコゴロウ、アーニャのようなメンバーを当てても困難だ。だからおおざっぱな命令を、冒険者ギルドの依頼という形に落とし込んで連携する。無数にいる冒険者の能力を司令官が個別に把握し、適切な作戦に割り当てるのは困難なため、直接上につくことはほぼ無いと言っていい。それをやろうというのか。


いや、それ以上に俺を軍医組み込もうという発想が正気とは思えない。


「確かに冒険者として可能ではありますが、国王特使の立場としてそれは受けかねます」


勿論、俺が特使としての立場を使わなければ何も問題は起きないのだが……実際の所は外野から物言いがつくに決まっている。俺みたいな微妙な立ち位置の人間を軍に組み込むなど、デメリットが大きすぎる。


「むろん、特使殿にお願いするつもりはない。けれど貴殿らの他のパーティーメンバーは別であろう。数人でオーバーサウザンツ級が混じった魔物の一団を相手に出来ると聞いている。ぜひともホクレンの防衛に力を貸してもらいたいところだな。わが国の関係者も同行しているようだし問題は無かろう?」


「む、しかし我々は特使の護衛も兼ねている故……」


「護衛が必要ならこちらから出そう。特使殿は付与魔術師エンチャンター極めし者マスターのようであるから、最近市場に出回っているマジックアイレムも作れるのであろう。そちらもお願いしたい」


封魔弾の事は知っているのか。

今は陥落してしまったホクサン領の防衛戦でも使われたって話だから、知っていること自体は不思議じゃない。

しかし俺としては経験値を稼ぎたいのだ。生産に回されるのはちょっとうれしくないね。


『タラゼドさん、ギルドの様子はどうですか?』


情報が少なすぎる。外で聞き込みをしているタラゼドさん最速のメッセージを送ると、声からして芳しくない回答が返ってきた。


『だめだ、ロクに機能しちゃいないギルドは開店休業みたいなもんだ。非戦闘員だったものも合わせて、何かしらの仕事が軍の方から出ているみたいだな。人は居るが機能はしてない』


『自由に動き回っている人は居ない状態ですかね』


『ああ。気にされてないのは回復優先度の低いケガ人くらいだな。食料事情もよろしくないみたいだ。飯も、水も全部配給に成ってる。そいつもここ数日でだいぶ減って来てるみたいだ。なんでも、この1週間くらい攻撃が激化したらしい』


『狂信兵団の誰かと連絡付きませんか?』


『ぱっと思いついた奴数人に念話チャットを送ってみたが駄目だった』


『了解。こっちも同じですですから、少なくとも一部はこの街に居ない想定で進めましょう』


この状況だと街に入るべきじゃなかったか?

でも街に入らないと転職用のモニュメントにアクセスできないんだよな。……せめてヴィダルケンを拠点にすべきだったか。


「わかりました。ですが我々は基本的に冒険者なので、パーティーとして動いた方が良いと考えます。下手に連携を求められるより、大亀ひとつ倒して来いと言われる方がマシです。パーティー宛に指令書を発行していただきたい」


出来ればクーロン軍の配下で動きたくはない。

何をやらされるか分かったもんじゃないからな。


「……ほう、あの亀を貴殿らだけで相手に出来ると?」


「おそらくは」


「ばかな。アレは高々冒険者の一パーティーにどうにかできる相手ではない」


そこで後ろに控えていた武官が初めて口を開く。

ここで口を挟めるという事は、この人はそれなりに地位のある人物か。


「……貴方は?」


「我はクーロン大陸軍北境師団・副師団長が一人。ソウカク・ジングなり。天より与えられし職は将軍なり」」


将軍は士官系の3次職。という事はそれなりに実力があるかな。接待レベリングで3次職になるのは困難だ。

北境師団は名前の通り、クーロンの北部に展開する軍の一団だ。

……北境師団ならホクサンの防衛戦に参加して居そうなのだが、だとすると負けてホクレンまで後退して来た?


「ジング殿は私の職業について報告を受けていますか?」


「む……極めし者マスターの特使が来たとしか聞いていないな。付与魔術師エンチャンターなら、属性魔術師か、素質があれば賢者になるのが良いと認識しているが、特殊な職なのか?」


「はい。現在は死霊術師ネクロマンサーについております。レベルも50に到達しています」


死霊術師ネクロマンサー……死体を操る不浄の術師か。まさか特使の立場の者が、その様な職に就くとはな」


「クーロンでも人気が無いのは存じ上げていますよ。けれど戦場では有用な職ですよ。私一人で、100人の死兵を操ることが出来ます。能力にばらつきはありますが、我々だけで3次職を有した1中隊くらいの働きは出来るとお考え下さい」


「む……なるほど。相当の自信があるようだな。……いいだろう、まずはその実力を確認させてもらおう。ハク殿もそれでよいか?」


「ふむ。ジング殿がそう言うならば……」


「では、後ほど契約書と指令書発行しよう。担当者も1名充てる。それでよいな?」


「はい、問題ありません」


ホクレン副領主からの要請はそれで一通りだったようだ。

食料の買取やその他の手続きのため、冒険者ギルドには担当者が案内してくれるとのこと。

またしばらく待たされた後、2人の武官らしき男が担当者として案内してくれることになった。


「今日の止まる宿が無いのですけど、どこかありますかね?」


「宿は今、軍が全て押さえてしまっている。ギルドに行けば一部屋くらいは借りだれるだろう」


……ギルドに直行するしかないか。もう少し時間を稼ぎたかったのだが……。


『タラゼドさん、そっちどうです?』


『領兵がギルドに来て、担当を変われって無茶を言ってるよ。どうやらギルド長が不在らしい』


またろくでもない事を考えやがる。

おそらくだけど、ギルド担当者を装って国の担当者が買取手続きや依頼の処理をするつもりだったのだろう。いくらでも不正を出来てしまう。


『……こっそりぶちのめせます?』


『やって良いのか?』


『顔くらいは隠せますよね』


『問題無い』


これでギルドの方は何とかなるはず。

……こう言う腹の探り合いはやりたくなくて動いてたはずなんだけどな。


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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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