第316話 ウォール辺境伯との商談
「手紙は着ていたが、まさかこんなにも早く飛んでくるとは思っていなかったぞ」
その日の夕方、予想していたよりも大分早くウォール辺境伯に面会することが出来た。このためにわざわざ予定を空けてくれたらしい。
「ご無沙汰しております。閣下。またお会いできて光栄です」
前回と同じ応接室。ソファに座る様に促され、俺は頭を下げた。
「わざわざおべっかは良い。こちらに面会を求めたのは、手紙にもあった飛行機械の事だろう?」
「話が早くて助かります」
行先をウォールに決めたのは、商会支部があるとともに、辺境伯と面識があるからでもある。
飛行船での移動は目立つ。魔物に襲われるのはともかく、ウォールで警戒したように人類側から無用の攻撃を受ける可能性もあるのだ。
「あれはなんだ?」
「私たちは飛行船と呼んでいます。作成はボラケ皇国の技術者たちに協力いただいた、アース商会の新製品と言った所でしょうか」
「飛空艇とは違う物か?」
「はい。飛行や浮遊の魔術を増幅して飛ぶ飛空艇とは別の原理ですね。見られましたか?」
「遠目にな」
「あれで最大12人乗り。最大積載重量2500キロです。積載量、速度、安定性、耐久性などは飛空艇におよびませんが、1次職でも運用できる手軽さ、製作コストが安いのが売りですかね。速度も足らないと言いつつ、ここと王都を1日で結ぶくらいは出来ます。飛行だけなら1分当たりのMP消費3と、燃費も格安です」
「素晴らしいな。陛下には?」
「ボラケ皇国から2番艦……実質的には正規船の1番艦が送られる手はずに成っております。私の乗ってきたのは試作品ですからね。ボラケの帝には2番艦が。その後は両国で協議の上で生産されるでしょう。既に友好を結ぶ為、使節団も入っていますからね」
「使節団の話は聞いている。貴殿の保養地建設と併せて、隣から耳にタコが出来る自慢話として聞かされたぞ」
少数とは言え俺が東群島で撒いたエンチャントアイテムの輸出窓口もボホールだから、伯爵は笑いが止まらんのだろう。
「しかして、船が正式に陛下に贈られるなら気を使う必要は無いな。何が望みだ?権利は確保して来たのだろう?」
「もちろん。ご相談させていただきたいのは旗ですね。紋章でも構いません」
「……ふむ。あれに掲げる紋章か」
「はい。これからクーロンの前線に乗り込むつもりですが、街から撃たれてはたまりませんので」
一度クロノスに戻った理由は、人間側から空の旅を邪魔されるリスクを減らす為でもある。
俺は国王特使の権限はもらっているけれど、勝手に紋章を飛行船に刻むわけにも行かない。
「ここに私が一番初めに作った試作機の設計図、それに使われている現象の理論と技術をまとめた書があります。不足はありますか?」
設計図はボラケで最初に試験飛行した機体の物。技術書は熱気球や電気、磁器について書かれた物だ。
ウォールでは錬金術師の育成が進んでいるはず。2次職である物理学者がいれば、知識をベースに発展させることが出来る。
「ないな。1日待たれよ。中央に許可を取る。……しかし、なぜうちに?」
「ちょっと迷いましたが、クーロンに向かうなら出身って事になっているアインス領は遠いので。ボホール伯爵の所は東との交易でそのうち技術が流れて来るので、私と取引をするメリットは相対的に小さいですから。そして王都に行くとそのまま軟禁されそうですし」
「引き止めろという命くらい来そうだが?」
「ここは国境が近いのもメリットですね」
「……そう言うだろうと思ったよ」
すまない、辺境伯。止まるつもりはさらさらないのだ。
「うむ。貴殿は裏表が無くて話が早いな。それが危うくもあるが……クーロンの戦況次第ではその後は中央に飛ぶのかね?」
「東群島で邪教徒絡みの厄介事に巻き込まれたので、クトニオスを攻めるつもりです」
「……個人でやる事では無かろう?」
「奪還するつもりも統治するつもりも無いので。クーロンの領土拡大に手を貸すつもりもないです。地図に影響があるような事態には成らないと思いますが、気になるならザースのモニュメント奪還を国に打診してください。そちらから回れば、王国の損には成らないと思います」
「わかった。報告させてもらう。……結局クーロンには向かうのだな」
「戦況が良くないと聞いていますから、魔物も多いでしょう。うちのクランも行っているみたいですし。難民は来ていないのですか?」
「ああ。シガルダ連合がクーロン側からの難民を追い返しているという話だ」
シガルタ連合はウォール以南の都市国家群の総称。基本的に拡張路線のクーロンと中が悪い。
クーロンは勝手に街や村を拡張していくからな。土地が余り気味のこの世界でもトラブルになっている。
「幸い、モーリスからの難民は落ち着いた。封魔弾の生産、それによるレベルの上昇と
「それは良かった。街の様子を見ましたけど、市の日でないのにかなり活気があったので安心しました」
「うむ。代わりに南は酷いことになっている可能性が高い。貴殿のクランがたまに報告を上げてくれているが、村はもとより、領主の居る街もいくつか陥落している。こちらから支援として封魔弾、封魔矢を輸出して連合と接する辺りは少し落ち着いたと聞いているが、さらに南側に回り込まれているという話だ」
「ありがとうございます。遠征しているクランと合流して、無理にならない程度に見てきます」
「うむ。……ところで、飛行船とやら、性能を確認させたいのだが?」
「そうですね。閣下は難しいと思われますが、どなたか部下の方と技術者の方を選んでくれれば遊覧飛行を行いますよ。定員は……6人ですね。紋章の件が問題にならなければ、数日後には出発しますのでその前にお願います」
「わかった。では紋章の使用を取り付けた時に、一緒にその話を出来るよう準備しておく」
「よろしくお願いします」
ウォール辺境伯へのお願いはこれで一通り。
「そう言えば、うちの商会の代表代理が来ていたと思いましたが、失礼はありませんでしたか?」
「む、ジェネ―ル氏の事か?有意義な取引をさせて貰ったが、だいぶ青い顔をしていたぞ。今はボラケの使節団に同行させられているはずだ」
あら、入れ替わりだったか。
しかし辺境伯に体調を覚えられているとは……心労だろうな。飛行船の方で更に負荷がかかりそうだが、倒れないだろうか。
「ありがとうございます。気に留めておきます」
「うむ。今後ともよい取引をしたいのでな」
「こちらこそ、ご期待に応えられるよう努めさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします」
さて、後は商会に顔をだして、冒険者ギルドの手続きをすれば事務作業は一通りかな。
---------------------------------------------------------------------------------------------
明日または明後日は週一のお休みをいただく事になると思われます。よろしくお願いいたします。
昨日5話を公開したスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます