第314話 愚者の時間と飛行船の召喚
力を得るには代償を伴う。
それが大きな力であればあるほどに……。
「それじゃあ始めようか」
昨日、半日かけて平たく整地した飛行船の発着場。
地面は平たく整えられ、切り株は全て抜かれて、薪となるべく村で天日干しされて居る。土砂崩れ防止のため変成で作られた杭が地面の下に埋まっているが、表面はむき出しの土のみであり、広いグラウンドのように整備されている。
大きさがギリギリのため着陸には少々不安があるが、今日はココに受送陣を刻んて飛行船を取り寄せる必要がある。
「……ほんとにやるの」
タリアが眉間にしわを寄せて心配そうに問いかけてきた。
それに黙ってうなづいて還す。残念ながら今の俺達では、このサイズの受送陣を扱うにはこの方法しかない。
「……万物の根源たる
タリアの呼びかけによって、周囲の魔素の動きが抑えられ、ノイズが低減される。
これは準備の準備。やっておくとちょっと楽、くらいだが無いよりマシだ。
変性と念動力を使って、足元に魔法陣を描いていく。
これも下準備の前の作業。今の俺では直接このサイズの受送陣を描くことは出来ない。なのでまず自分の能力を、必要な域まで伸ばす必要がある。
その為のバフをかける為の陣だ。
「……はあ!カッポレ、カッポレ!」
手を高く上げ、腰を振り、足をくねらせ、ターン。
人類は純然には、己の意志で魔素を操作することが出来ない。体外の魔素を操作するのは、声であり、動きである。
すなわちコレは、幾何学模様--魔法陣--と、発声--詠唱--と、踊り--呪印--を組み合わせた壮大な儀式魔術である!
「……なんか見ていて悲しくなって来るのはあたしだけかな」
「私、目的のために人間性を捨てるのは許容できても、羞恥心を捨てるのは受け入れられそうに無いわ」
外野がうるさい。コレでもかなり妥協してこの呪法なのだ。
発動に必要な踊りの時間は約1時間。タリアが周囲の魔素を平定しなければ、踊りの時間は約10分伸びる。
長に提示された奇怪な衣装を用いれば30分減るが、アレを着るのは嫌すぎる。服装がいつもの鎧姿なだけでも大分マシさ。
「最近フルフェイスの兜を付けるようになって、羞恥心が減ったであるな」
「顔が見えないだけでも大分救いですからね」
うるせぇっ!文句があるならお前らがやりゃいいだろうが。
……おっと、気を散らしてはいけない。周囲の魔力の流れを見ながら細かく修正しないといけない。
気を抜いたらすべてが無駄になる。動き事態にスピードは不要なのだ。慎重に、確実にこなしていかなければ成らない。
そうして仲間たちの暖かい視線に見守られながら小一時間。
「ペポナッ!」
掛け声と共にポーズを決め、呪法が発動した。身体を取り巻く魔力が劇的に安定し、しかも手足のように動かせる!
「見ろ!1時間無様に踊った成果を!」
念動力と変成を組み合わせた術式によって、広い地面に黒い魔法陣が描かれていく。
直径100メートル、複雑な紋様が組み合わさった陣を描ききるまでの時間はわずか5秒。わずかな残光も発生させない完ぺきな魔力制御!
複雑な儀式を行うことで、一定時間の間だけ魔力を思い通りに扱うようになるスーパーモード。
現在詠唱不要な中級魔術のすべてを
制限時間は5分ほどと短いが、この状態を
「あー、すごいすごい」
……畜生、全然凄いと思ってないだろっ!
「ワタルさんはすごいと思いますよ。私は学ぶ気には成りませんでしたから!」
「そういうのフォローとは言わないのである」
時間加速タイプの試想結界を使ってもらって、吐く思いして習得したってのに。
……いいや、さっさと呼び出そう。
「……はぁ、
魔法陣に魔力を注ぐと、地面から湧き上がる様に飛行船が姿を現す。
召喚に必要なMPも百分の一に減っている。こちら側で陣に魔石や魔結晶を使わなくていいのも結構なメリットだ。
「アーニャ、出発準備をして貰える。俺は発着場の補強と偽装を行っちゃうから」
「了解」
発着場の魔法陣にさらに偽装のための魔術を刻む。認識を妨げる呪法。術式を学んでさえいれば、こういう呪法も自在に使えるようになるのも、この状態ならではだ。
さらに発着場の周囲、斜度がきつい地面を圧縮変成して岩のような形に変え、杭を打ち込むようにして固定する。これで崩れることも無いだろう。
ぐるっと周囲を回ると時間切れ。あっという間に体を覆う魔力が霧散していくのが分かる。
……この状態だと、戦闘も神降ろし状態のタリアといい勝負が出来るんだけどな。
若干継続時間を延ばす手立てはあるが、発動時間がボトルネックで戦いには使えない。魔術刻印を習得して、近いことが出来るようになりたいところだ。
……だる。
「抜けた後の疲労感が半端ないのもどうにかしたいなあ」
「お疲れ様です。中でしばらく休んでください。出発は私たちだけで出来ますから」
バーバラさんに促されて、兜を脱ぎ飛行船の客室で横になる。
タリアは飛行船に乗り切らない亡者さん達の回収、コゴロウは出発のため飛行船の固定――中途半端に浮力が発生すると横転するのだ――をしてくれている。
気合を入れれば動けなくはないが、ここは任せよう。
行先はウォール。ナビゲーションはタリアが千里眼を使ってやってくれるはずだ。
小一時間ほどの準備を経て、飛行船エンタープライズはゆっくりと空へと飛びあがる。
浮上してしばらくすると、飛行できる魔物が集まってきてしばらくは空戦が始まったが、俺が起きる必要も無く順当に処理することが出来たようだ。
飛行船はウォールに向かって順調に飛行する。着くころまでには起きる気力を得ないと。
シートベルトを少し緩めて寝返りを打ち、そのまま意識を手放したのだった。
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□雑記
受送陣も複雑な呪法であり、そうそう簡単に習得することはできません。飛行船を呼び出すサイズの陣を歪みなく描くためには、現在のパーティーメンバーの正攻法では不可能でした。
実は
仕事の量的に明日は更新が難しそうです。次回更新は12/15(木)の夜を予定しております。よろしくお願いいたします。
現在4話公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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