第312話 コクーンへの手引き
大きな問題も発生せず、翌日の午後、外では夕暮れ刻を迎える頃に叡智の間へと到着した。
「ここが……ボラケを始めとするこの一帯の鍛治技術の基礎となった叡智の間ですか。地下、これだけの広さでありかつ荘厳な造り。神が作ったと言われるのも分かりますね」
エルリック氏が感動の面持ちで周囲を見回している。
カイネンさんも若干興味がありそうだ。
「あちらの先がこの奥へと進む扉か?」
「ええ、そうですね。ここに用が無ければ、さっさと進みませんか?」
「……嫌に急がせるな。ギルドから碑文の確認依頼を受けている。それを終えてからだな」
「碑文の確認?」
「長い歴史の中では、迷宮の石碑に刻まれている内容が変化した例があるらしい。最近は迷宮に潜る冒険者が居なく、ずっと依頼が出されていなかったらしい。受けられたので受けて来た」
そんな依頼、俺たちがギルドに行った時には無かったんだけどな。
「最近迷宮に挑む冒険者が現れたとかで思い出されたらしい。君たちの事だろう」
なるほど。
碑文の調査か。ムネヨシ氏たちが検討していた書き換え作業は行われたんだろうか。
そんな依頼が出てるのを知っていたら、優先して書き換える様に話しておけば良かった。
「それにこの先は何が待ち構えているか全く分からん。挑戦した記録も、戻って来た記録も残っているのに、何があるのかはさっぱりだ。迂闊に進むわけなは行かない」
リーダー殿は慎重だな。正しい姿勢だが、ここで粘られてもな。
『エルリックさん、少しだけでも先に進みませんか?』
『……ふむ。それは私が言い出した方が良いと言う事か、それとも先に進んだ方が良いと言うことですか?……ああ、いえ、解答は不要ですよ。おかしくなられても困りますから」
幸にして察してくれた様だ。
知覚の試練に入らないと、この先のことはまともに話すことが出来やしない。
「皆さん、ここは安全地帯と分かっています。今日は戦闘もなく、そこまで疲れても居ないでしょう?野営の準備も後回しでも問題ないので、少し奥を覗いて見ましょう」
エルリック氏が先導する様に奥へと進んで行く。
「待って下さい、エルリック氏。ここから先は不自然なほど記録が無いのです。迂闊に進むのは危険です」
「大丈夫ですよ。戻って来た記録は残っているではないですか。それに優秀な斥候も、水先案内人も一緒ですよ」
「その水先案内人が一番の不安要素なのです」
「何を今更。ここまで来て彼に悪意が合ったら、私たちにどうする事が出来ましょう。地上まで四日五日はかかるのですよ」
「それはそうですが……」
「それじゃあ、水先案内人らしく先頭を進みますよ」
俺が灯りを灯しながら先を進む事で何とかまとまる。
先を進むって言っても、魔力操作で扉を開けばすぐに転送の間なのだが。
突然ピクトグラムが浮き上がるった扉に、皆一様に驚いていた。そう言えばこの技術、コクーンでは使われてないな。何でだろ。
「行き止まり?」
「……いえ、祭壇のようですね。ちょっと魔力の流れが自然では無いですから、そこの上に立つ、あるいは何かを乗せるのでしょうか」
そう言えば、なんでここの転送陣は解説が無いんだろうな。まだ忘却の呪法が施される前だけど、説明の看板くらいは立てておいた方が良いのでは?
「それじゃあ、俺が試してみますね」
「え、いやちょっと!?」
制止を無視して転送陣を発動させ、近くの試練へと移る。
さて、これで誰かが追いかけて来てくれれば儲けもの。そうでないと試練を突破するか戻るかしなきゃならない。
……戻るのは質問攻めでぱっぱらぱーになる可能性があるので無し。試練は突破すると復旧に時間がかかるので、その間に彼らが入って来ると大問題。なので最低でも一人、俺以外に誰か来てくれないと進めない。って言っても、あんなトラップ然とした装置、そうそう乗ってはくれないだろうからこうするしかない。
それからしばらく。
時間にしたら15分かそこらだろうか。キューブをいじりながら待っていると、転送陣が起動して一人の男が入ってきた。彼はパーティーの斥候担当だ。寡黙な男で、職業も系統くらいしか教えてくれなかった。
「ようやく来てくれましたね」
「……どういうことだ」
俺が陣の前で待っていたのが意外だったのだろう。こちらを警戒する様子を見せている。
「話せる事だけ簡単に話します。ますその祭壇の上で再度魔力を注げば、元の場所に戻れます。この先は知覚の試練というエリアで、奥に進むにはクリアする必要があります。俺はクリア済みですから手伝うことはできませんので、あなた方だけで突破してもらう必要があります。ここまでは良いですね?」
「……ああ」
「それから、このエリアやここで見聞きしたことのほとんどを貴方はこのエリアの外で誰かに伝えることはできません。どういう条件で発動するか精査は出来ていませんが、伝えようとするとそれを忘れる呪いが転送された時点で掛けられました。解呪は無理です。ステータスには出ません。なので私も話すことが出来ませんでした」
「……エルリックさんの言った通りか」
「知っていたのですか?」
「何か話せない理由がある可能性があるので、こちらからは迷宮について聞かないよう念を押されていた」
なるほど。一度エルダーの話を聞かれて、
流石、長く生きているだけの事はある。気遣いがモノローグを読んでいるレベルだ。
「おそらく、『先が安全だった』『戻ってこれる』くらいの情報なら大丈夫だと思いますが、貴方の所のリーダーの用心深さなら、何往復かする羽目になるかもしれませんね。私はうっかり先の事を聞かれて忘れるのが怖いので、貴方が入ったらあとの攻略はお任せします」
「……全員で入ってこいという事だな」
「そうですね」
「わかった。相談してこよう」
そう言って彼は転送陣で戻って行き……数分後に一人で戻ってきた。
「おかえりなさい。どうでした?」
「……すまない。今の今まで忘れていた」
どうやら忘却の刻印が発動したらしい。
「何を話して発動したか分かります?」
「中は安全、戻ってこれる、は大丈夫だった。貴殿が試練がどうのこうの言っていた話をしようとしたところで、中に入った事を含めて根こそぎ忘れたようだ。……このトラップで忘却の呪いをかけられることも話せないか?」
「多分だめでしょうね」
「……頑張って全員入ってもらうしかないか。そうすれば大丈夫なのだろう?」
「ええ。呪いを受けた同士なら外でも大丈夫です。また、忘れても呪いを受けた者と会話すれば記憶は戻ります。話して平気そうなのはこれ位かな。頑張ってください」
「……行ってくる」
それからしばらくの後、今度は二人で入ってきた。
同じ説明をされて戻り、再度忘却を発動させて戻ってくるを繰り返し……1時間ほどかけて、ようやくエルリック氏を含めた全員が知覚の試練に到着した。
「それじゃあ、後は頑張ってください」
俺は叡智の間に戻った後、通用路を使って
集落に着くと、ちょうど
……結構人が集まってるな。やはり娯楽なのか。
「無事の帰還お疲れ様」
「内心、いつ記憶を失うか気が気じゃなかったよ」
丁度出てきていたタリアに迎えられて、ようやく一息つくことが出来た。
エルリック氏達はそれから3日をかけて試練を突破し、晴れて
彼らがどういう選択をするかは分からない。とりあえず魔王討伐に誘ってみたが、それは嫌な顔されたのでしばらく絡むことはないだろう。
さて、そろそろ旅立ちの準備を進めないと。
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現在4話公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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