第311話 迷宮攻略に引率した
3階層の迷宮入り口に到達したエルリック氏達と合流して、迷宮を戻る。
「こっちですね」
「いや、しかし地図では……」
何度目かになるやり取り。俺は遠回りだけど罠がなく、守護者の巡回ルートの隙間でもある安全ルートを、エルリック氏の斥候職であるサイゾウ氏は地図にある近いルートを進もうとする。
床の刻印を見つけられなければ安全ルートは分からないから仕方無いが、どうしても時間がかかる。刻印の話は説明出来ないので、説得材料が俺の信用くらいしか無いのが辛い。
俺は案内役だが、最終決定は彼らに任せてある。
地図通りに進むと罠や守護者にぶつかるので、どうしても時間がかかるのが辛いな。今日中に叡智の間まで着きたいのだが……。
「……もしかして、魔力を見ていますか?」
エルリック氏がそう言ってきたのは、さらに幾つかの分岐を進んだ後だった。
「お、
「方向を指定する分岐だけ、違和感を感じていました。理由がわからなかったのですが、魔素の流れがある事に気づいて、注意して見ていたのです」
やはりエルリック氏は魔力視に違い所までスキルが育っている。
「それなら、エルリックさんがルートを決めると良いと思いますよ」
俺に出来るのはアドバイスだけ。
それでもルート選択をミスしなければ、トラップや守護者の対処がなくなる分歩みは早くなる。
今日で半分。このまま正解ルートを進めれば、明日の午後には中央広場にだどりつけるかな。
「しかしよく気が付きましたね。迷宮に安全ルートがあるなんて」
食事がてら、護衛の術師が感心した様にそう聞いてきた。
「あぁ、まぁ……訓練の賜物ですかね」
ほんとは気付いてないから微妙な返答になる。
エルダーに聞いたとは言えないし、ここには真偽官も居ないだろうから嘘も方便だ。
「私には全く分かりません」
「意識して魔素を見るように訓練すれば、比較的容易に出来る様になりますよ」
これは本当。魔力感知から魔力視に発展するには、魔素の流れを注意深く探る練習をすれば良い。
魔力視の使い手があまりいないのは、魔力感知相当でも位置や量、動きや方向などの大雑把な情報がわかるので、この注視する行為が重視されていないためだ。
短期間で発現しない限り明らかに違いを感じる様な能力では無いので、このスキルの存在を理解している者が居なかった。なので集合知にも記録されていない状態だったが、発現するだけならそこまで難しいスキルでは無い。
「一人で待ち合わせ場所に来た時は正気を疑ったが、今なら多少は理解できる」
「近接戦も魔術戦も出来で、更に回復まで出来ますもんね」
俺が戦ったのは彼らが手間取った
名前だけの
「回復は詠唱魔術ですよ。ギリギリの戦いの中では本職に及びません」
「ギリギリの戦いなんて、そうしないですよ。私の立つ背がない」
「カイネンさんは逆に詠唱魔術を覚えれば攻撃にも参加できますよ」
彼はこのパーティーの治癒師。治癒師は攻撃魔術が少ないが、詠唱ならそれを補うことができる。
「
「それなら
「MPの消費は変わらないだろう」
「結局レベルが高い方が強いですし、このパーティーは2次職中心でしょう。
「それでも、だ。中央に行くなどと世迷い事を言う戦闘狂まがいの言葉など、信用にあたいせん」
むぅ、俺は戦闘狂ではないんだけどな。
……たまに戦っていて楽しくなっちゃうのは否定しないけどさ。あれだ、鍛えた力で弱者を蹂躙するのが楽しいだけだ。……それもまずいか。
「クリントは中央大陸に行ったことがあるんでしたっけ?」
「……2次職に上がりたての頃にな。もう10年近く前のことだが……あそこは地獄だぞ」
おや。彼は中央経験者だったか。
「かなり過酷って話だけど、クリントはあんまりその話しねぇよな。実際どうなんだ?」
「聞いてみたいですね。リターナー殿の戦いっぷりを見ても、現実的ではないと思う理由は気になります」
他のパーティーメンバーからも声が上がる。
中央大陸はなぁ……言ってしまえばルールが違う。
伝説級や神話級のスキルの一部は地形を変えるほどの力を持つが、その力をもってしても人類がわずかな前線を維持するのがやっと、という状態だ。
「……最低でも10倍だ」
「何がですか?」
「……魔物の強さだよ」
「強さ?」
「……10Gぽっちの小麦の袋が、こっちで100Gの強さを秘めた魔物に。100Gの銀貨が1000Gの力を持った魔物に変わる。ダンジョンでも似たような能力上昇がみられるが、比べ物にならん」
「価値と能力の不均衡ですね。知ってますけど、辛いのはそれだけではない……というか、それ以外の方が大きいですよね」
価値が低いものが大きな力を持つ。これは確かに脅威ではあるが、実は一番の問題ではない。
例えばこちらでは1000Gの鉄の剣は、中央大陸では100Gにもならない。そんな弱い装備で倒せる魔物が限られていて、価値が低く算定されているからだ。人口も少ないく需要も少ないので、中央の物価がすごく高い、という事もない。
……まぁ、これは各大陸がバックアップ体制を整えて、中央の物価が上がり過ぎないようにコントロールしているおかげだけど。
「知っているのか。中央大陸の国は完全な都市国家だが、その街から離れれば王の加護が消え、スキルに待機時間と呼ばれる制約が課される。攻撃スキルも、防御スキルも、もちろん高速移動スキルも連続発動できなくなる。これは致命的な能力の低下だ。他にも場所によって制約が課される」
待機時間は……ゲームなどではクールタイムと呼ばれる制約の類だな。
一度使ったスキルは一定時間使えなくなる。この概念はもともと一部のスキルにある物だが、中央大陸の魔物の支配地では初級スキルでさえこれが発生する。
原因は魔物側のボス、人類で言う王や
「士官系4次職の大将軍や、
「ああ。だからなおさら、冒険者として中央に渡るのは無謀としか思えないな。……まぁ、俺もそんな無謀な奴の一人だったわけだがな」
これまで4次職が集まっても魔王に手が届かなかったのは、様々な要因が重ね合わさってのことだ。
一人のレベルが高いだけではダメ。人数が欲しいのはこういうところにある。
「調べてわかる程度の話は知った上で、中央を目指してますよ。
どこかでドロップアウトするなら、それまでに出来るだけレベルを上げたほうが良いってのは共通の認識だろう。
「それに、
「……せっかくの
夕食の後はいつも通り部屋の片隅で太刀を振るう。迷宮の中でわざわざ疲れることをしなくても、と怪訝な顔をされたが、こちらとしてはココは安全地帯。家の中と変わらん。
それに最近始めた二刀流での型の模倣はまだまだだ。集合知と修練理解を使って、メジャーな技の連携などをトレーニングしているが、実戦で思うように形には成っていない。技名叫びながら繰り出してやっとって感じかな。
装備に魔力を通しながら一時間ほど、一通りのメニューを終えたら、今度はキューブで制御のトレーニング。これはエルリック氏と話しながら進める。昨日より3本ほど多く線を伸ばせた。集中力が切れるまで1時間ほどやった後は休むだけだ。
「……これは?」
「魔物や
流石に
亡者の皆さんに言わせると、俺を良く分からない冒険者たちと一人で組ませるのは看過できないらしい。
「……いや、こちらは予定通りに番をする」
「お任せします」
鎧は着たまま、
……エルリック氏が試練を越えたら、彼らも
……皆と離れて眠るのは久しぶりだな。
眠りに落ちる間際、そんなことが頭をよぎったのだった。
---------------------------------------------------------------------------------------------
現在4話公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます