第305話 付喪神の武具

「それじゃあ、付喪神についてもう一度説明するぞ」


コゴロウと二人、ムネヨシの工房の工房で付喪神化の詳細についてレクチャーを受ける。

俺の鎧は鎧賭けに乗せられて目の前に鎮座している。戻元のエンチャントを施した朱色の塗装に、フェイスレスの黒と銀のパーツが組み込まれた3色の複合装甲コンジットアーマー。フェイスレスのヘッドがヘルムに改良されたので、フルフェイスヘルムが追加されている。

若干衣装が変わっているのは、フェイスレスが組み込まれただけじゃないな。所々が打ち直されているように見える。


「付喪神ってのは使い込まれた道具を媒体に発生した疑似生命体だ。原理的には、お前さんらが最近連れ込んだ亡者たちに近い。魂と言うべき魔術刻印の発露。この場合魔導刻印と言うべきなのかもしれんが……まあ、名前は良いか。それにより、今この鎧にはまっさらな人格が刻まれておる。コゴロウの太刀にもの」


つまり、仮初の命によって誰でもない人格を肉体に宿したのと同等という事かな?


「その時点で、この鎧も、太刀も、単なるものではない。形から言えば疑似的な生物に近い。自らの意志を持ち、魔素を通じて世界を変質させる能力を持つ。もちろん、生物だからそれに近い特性を持つ。現時点で最も重要なのは食事、つまりお前さん達の魔力供給だな」


「亡者と同じですか?」


「俺は詳しくないが似たようなものだな。彼らは魔物を倒してMPに変換し、それを使って術式を維持するよう調整されているが、こいつらはお前さん達の装備への魔力循環を通じて自らを維持する。付喪神は使用者からの魔力取得が極めていい。代わりにそのほかの手法が効率が悪いともいえる。だから使ってやらなきゃならねぇ。それがこいつらの成長につながる」


「成長するとどうなるんですか?」


「どうなるかはお前さん達の使い方次第だな。武器なら切れ味が上がる、防具なら耐久力が上がるなどが一般的だがこれと言った形があるわけじゃない。人と同じさ」


「って事は、成長の方向はやっぱり経験で決まりますか?」


「おう。のみ込みが良いな。そういうこった」


「……人を斬った場合、人斬りの妖刀に成ったりするのであるか?」


「そう言ったのはどっちかってーと使われなかった側の特性だな。道具は使われてなんぼな面がある。使われなかった武器は、すなわち飢えた武器だ。自分の飢えを満たすために、使用者を操るようになった付喪神は確かにいた。今もどこかにいるかも知れねぇ。特殊な例だがな」


防具の場合はどうだろう。適度に攻撃を受けたりする必要があるのか?……どMか?


「まぁ、酷使すりゃ良いってもんでもねぇ。適度に、適切に、大事に使え。人だって同じだろ。頑張って育てるんだな」


武器防具の育成なんて、ゲームの中で見聞きした位だしなぁ。


「既に付喪神化してから数日。使ってみても違いが分からないのであるが、何か明確な違いはあったりしないのであるか?」


「ん、まだ赤ん坊みたいなもんだからなぁ。分かりやすい特徴は……起きてる状態だと、収納空間インベントリには収納できねぇ」


「え……それ本当ですか?」


事実だとしたらなかなか不便なんだけど。


「そもそも、収納空間インベントリは生物は収納できないだろ」


「仮初の命を使った亡者は収納出来ましたよ?」


「だから仮初なんだろ?」


……むぅ。そう言われてしまうと立つ瀬がないな。


「基本的に生物は周囲の魔素に影響を与えている。その範囲も、強さも非生物の非じゃない。だから、呪法は基本的に生き物が持つ魔素への自然干渉と相性が悪い。魔素の流れが成体活動の影響によって乱されるからな。複雑な術ほど影響を受けやすい」


「ん~……そうするといくつか疑問が湧きます」


「なんだ?」


「まず一つ。呪法が生き物に効きづらいって考えると、治癒ヒールとかどうなります?あれ、思いっきり生物に干渉してますよね?」


「ああ、だからあれは難しいんだよ。碑文で上級と記されていた活性ですら遠く及ばん。解毒や治療なんてさらにだ。ああいう術は、お前さん達が言う魔操法技クラフトで再現するのは、それこそ神に近い所まで到達しなきゃ無理だと思うぞ」


……なるほど。治癒師ヒーラーのスキルは本当に神の奇跡レベルという事か。

こりゃややこしいな。職で覚える初級、中級と言ったレベル感と、魔操法技クラフトで再現する際の難易度は直結しないって事になる。


「2つめ、タリアの持つ槍は付喪神化してるって言ってませんでしたっけ」


「アレは休眠状態だな。治癒ヒールの例を見りゃ分かる通り、生物に干渉する術が作れないってわけじゃない。収納空間インベントリの基準で言うなら、植物の種や伐採された木くらい活動量が落ちていれば収納できるようだな。休眠状態の付喪神は似た感じだ」


「って事は、収納空間インベントリには生物を収納できない、は誤り?」


「どうだろうな。そもそも生き物の定義ってなんだ?って話もあるしな。以前、酔狂な偉大なる者グレイテストが目に見えないサイズの生物の研究をしていたが……そう言った物も収納はされないという結論を話していたな」


微生物の研究をしていた先人が居るのか。そこまで話が進むと生物の定義は難しいな。


「そもそも職で覚えたスキルにゃ神が設定した制約があって、これは破れないルールだ。魔物が収納空間インベントリに収納できないのもおそらくその所為だし、他人の持ち物を放り込めないのも同じさ。生物が収納的ないってのはあくまで人が観測して類推したルールだから、例外のような挙動は存在する」


「そこはエルダーにも分からないんですね」


「発現した術式は調査するが、言った通り、スキルの本体は神界にある。すべてのスキルが魔術刻印として使えるわけじゃねぇし、それを目指しても居ない。……もしかしたら、本体が神界にあるから使えるスキルもあるのかもな。推測の域をでないけどな」


地上の魔素干渉ノイズを受けないって事だろうか。

……どちらにせよ、今の話で覚えておくべきことは収納空間インベントリが完全滅菌出ないってことくらいか。ウィルスとか怖いんだけどなぁ。治療でどうにかなるから大丈夫か?


「すまぬ、難解すぎてついて行けないのであるが」


「話が逸れ過ぎているからな。生体化による術式の不活性化は他のスキルなどにも言えるぞ。簡単に言うなら、装備破壊系のスキルや、粉砕などの影響は極めて受けづらくなってる。もともとステータス参照装備はそういうものだが、さらに頑丈になっている。魔物の武器破壊スキルは無視していい」


「む、それはありがたいのである」


「あとは……あんまり成長の方向を狭めたくはないんだがな。その武器を使って発動したスキル、その武器に掛けたスキルはそれが経験に成っている。覚えて、自ら発動するようになる場合がある。一般的にはそんな感じか」


「とにかく使え、という事であるな」


「ああ。で、こっからはお前さんの鎧にのみ言えることを放しておく」


「俺だけですか?」


「こいつは鎧と言いつつ、鎧と人形の合作だ。元の鎧より素材の密度を上げているのと、特殊な魔導刻印を施してあるが、ここに在るのは基本パーツだけだ。お前さんはまず、こいつと意志の疎通が出来るようにならなきゃならねぇ」


「……意思の疎通ですか」


「ぶっちゃけると、付喪神は話せる。必要が無ければそっちを目指す必要は無いんだが、お前さんの鎧は半人形だからな。会話が成立するようになるよう育てろ。まぁ、やることは着て魔力を通して、誰かとの会話を聞かせるくらいだがな。たまに話しかけてもいいぞ」


「……フルフェイスヘルム被ったまま生活しろって言ってます?」


「がんばれ」


応援されたよ畜生。


「……理由位は知りたいんですが」


「がんばれ。どうしてそうする必要があるかは、多分知らないほうが上手くいく」


「……わかりました」


これは話す気が無い。そして話さないほうが良いと判断されているな。

作った当人が言うのだから、おとなしく従うべきだろう。


「もし?某の大鬼斬りも会話が可能であるか?」


「ん?ああ、しゃべる刀にしたければ可能だが……そっちは特に意味はないぞ?」


「否、もし大鬼斬りに過去の記憶があるなら、父上や御先祖の武勇を聞けるかもしれぬのである!」


「あ~……まぁそうだなぁ。付喪神化を早めてはいるが兆候はあったからもしかしたら、くらいか。どんな性格になるか分からんが、そいつは好きにすると良い。お前さんがその太刀を誰かに継承させることがあれば、お前さんの武勇は伝えてくれるだろうしな」


「うむ。ありがたいのである!」


……コゴロウが刀に話しかける不審者に成りそうで嫌だな。


「こいつらはいわば、お前さん達の子供みたいなもんだ。まぁ、大事に育ててやってくれ」


久しぶりに正規の手順で鎧を身に着けた。

魔力を流すと、思いのほか軽い。ヘルムも多少視界が狭まるが、それほどでもないな。ずれる事無くフィットしている。動きの阻害もほぼ無い。問題なさそうだ。


「よし、問題なさそうだな」


「ええ、ありがとうございます」


使ってみろと言われたし、少しコボルト地獄で殴られてみるかな。


「それともう一つ」


「なんですか?」


「お前さんの太刀2本だが……ちょいと違和感がある。ちょい、抜いて見せてもらえるか?」


鞘に収まりテーブルに置かれた太刀を見ながら、ムネヨシ氏は神妙な顔をする。

付喪神化を考えるなら収納空間インベントリに収納は控えたほうが良い、と言われたので最近は腰に下げて持ち歩いていたが……違和感あるかな?


「構いませんよ」


鞘から刃を抜き放つ。魔物としか戦っていないから刀身は綺麗なものだ。

研いだことはないが、たまに清潔クリーンも掛けている。ゲンジュウロウさんから受け取った時から、大きく変わった所は無い。


「あ~……ん~……いや……しかしなぁ……」


二本の刀身を見ながら、ムネヨシ氏は首をかしげる。


「何かおかしなところありました?」


「……付喪神化……してるんだよなぁ」


困惑した面持ちで、そうぼやいたのだった。

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次回更新は12/1(木)の夜になります。よろしくお願いいたします。


現在4話公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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