第298話 亡者の魂

「魂なんてものが存在するか、それはわらわ達にもわからないわ」


外からコクーンに戻った所でハイエルフのメリッサさんに有ったので、元死霊術師ネクロマンサーとして仮初の命リ・ボーンについて知っている事を話していたらそんな話に成った。


「たとえ骨からでも生前の人格と能力を引き出せる人格再填リ・ロードの効果を考えれば、確かにわらわ達の情報、意志と言ったものは、わらわ達が神界と呼ぶ神々の世界に記録されているのは確かでしょう。でもそれがこの世界に生命として生まれ、死んだ者と同一であるか、その者と地続きであるかはわからないわ」


仮初の命リ・ボーンは疑似的な死者蘇生であるか。

その問いかけは、俺よりはるかに長くの時間を生きるハイエルフの彼女にとっても答えを持たぬものであるようだ。


「……つまりスキルで再転させている彼らは、よくできた模造品……コピーの可能性がある、という事ですか?」


「ええ、まさしく。それも新たに情報きおくを書き足せるコピーね。そもそも、この世界に職業システムが作られた際、私たちの情報はステータスとして表示されるようになった。つまり私たちを定量化して数値で表すための変換式が存在するわけだけど、だとしたら逆に、その数値化した情報から私たちを再現できかもしれないじゃない?」


確かにそれはそうだろう。未成年でもステータスを見られることや、健康状態がステータスに反映されることを考えれば、神の造ったシステムは俺達を何かしらの方法で数値として評価している。


「実際に近いことをやる職業があるわ。人形遣いが覚える多重処理。あれは人形に疑似的に自分と同じ人格を宿している。そしてスキルを切ればそれは消える。複製された人格の記憶は自信と共有されるけど、さてこのスキルは思考を加速して2つの身体を操れるようにするものなのか、それとも人格を二つに分けているものなのか、明確な答えはない」


「……でもその流れだと、メリッサさんはコピーを作る派だという事ですよね」


「ええ、そうね。わらわ達は肉体を失っても思考する方法を知っているから」


「魔術刻印による神化ですか」


「その通りよ。わらわ達が目指す神化とは、自らのすべて魔素によって作られる術式に置き換えたうえで、この世界に遍在する状態になること。一部だけを置き換えてしまったり、遍在できないものが幽霊とか怨霊とか呼ばれる存在であり、すべてを置き換えて遍在できればそれは神。その神は自己の存在の証明である思考を、魔素をもって行う。それは多重処理による疑似的な並列思考時にも適用できるし……人格再填リ・ロードや、仮初の命リ・ボーンにも言えること。やってることは逆だけどね」


「つまり、人格再填リ・ロードは魔術刻印で神界に保存された人格を肉体に再現する魔術。仮初の命リ・ボーンはその術式を自らの魔力で維持する魔術、と言った感じですね」


「ええ、その通り。進化して物理的な肉体を捨てた後、神が自らの魔力を自然に使い切って消滅したりしないのは、もともと収束する性質の在る魔素の収集能力が優れているからね。仮初の命リ・ボーンで死霊術師から独立した死者は、この部分が不完全。それがわざとなのかは分からないけど、だから亡者は魔物を狩る必要がある」


アルタイルさんと検証した結果、亡者が魔物を倒した時のMP回復量は数Gでも二桁、100Gを超える魔物なら3桁近くという感じで、十分な回復量がある事が確認できた。仮初の命でこの世に舞い戻った死者は、自らの意志で積極的に魔物を狩る必要があるという事。きっとそういう分に術をデザインしたのだろう。


「とはいえ、それが魂の存在を否定するものでもないわ。人格再填リ・ロードで呼び戻せない死者が居るのだもの。スキルはただコピーを生み出すだけじゃないのでしょうね」


「そうですね」


「魂の有無や自己の同一性何て、哲学者にでもまかせておけばいいわ。それか、知りたければ神への道を歩きなさい。人の身には余る話だもの」


「……そうします」


蘇生できるのが本人だろうがコピーだろうが、それを判断する術はない。

なら、見えるところだけ検証すればいい。


「検証して概ねの特性は判ったんですが……」


仮初の命リ・ボーンで生身の人間と大きな差があるのは、HP、回復、経験値の3点。


まずHP。人間は肉体がダメージを受けるとHPが減るが、亡者たちは肉体の損傷ではHPは殆ど減少しない。代わりに退魔魔術や神聖魔術の一部でHPが減る。つまり魔術無効化ディスペルなどの効果に耐える量がHPらしい。試していないが、肉体に刻まれた魔術刻印を損傷させない限り、ダメージが直接的にHPを削ることが無いのだろう。


そして治癒ヒールでHPや肉体の損傷が回復しない。肉体の損傷は義体アーティフィシャル構築ボディ・リ・ビルドで治るが、これもHPを回復しない。HPを回復するのは時間経過。MPが減ると同時にHPが同量回復した。つまりHPが減ってしまったら、それを戻すにはしっかり休むしかない。


また経験値だが、仮初の命リ・ボーンを使った術者の効果範囲内に居ると、屍体操作コープス・マニュピレイトと同様にレベルが上がらない事が分かった。

人格再填リ・ロードだとレベルが上がる。ただし得られる経験値は半分程度になっているよう。

仮初の命リ・ボーンでも術者の効果範囲外に出るとレベルが上がる。つまり、魔物を倒した時に放出される魔素の内、自分への経験値分がMP回復に割り当てられて、術者がいない場合は出者に送られるはずだった経験値分でレベルが上がるという感じなのだろう。


人格再填リ・ロードを使わずに仮初の命リ・ボーンを使った場合の動きが気になりまして」


「知識が真っ白な死者が生まれるだけだからね。MPが減ることで自分の命が脅かされるから、それを解消するために周囲をむやみやたらに襲う化け物を生むだけよ。やらないほうがいいわ」


「やっぱりそういう扱いですか。人格再填リ・ロード分のコストが安いだけですからね。確かにあまりメリットはないです」


使い道……悪いことは考えられそうだけど、使わないほうが良いだろう。


「それで、この後はどうするの?」


「亡者の皆さんMPが低い人もいるので、全員1次職の魔術師系をある程度レベル上げして、MPの底上げをします。後はMPタンクの準備ですかね。MP回復ポーションは効果があったので、ある程度最大MPが高ければ日常生活は出来るようになりそうなので」


エンチャントアイテムのMP回復上昇を使うと、時間経過によるMPの現象を抑えられることは分かっている。魔鉄の濃度を高ければMP回復向上Ⅱを永続付与できるから、最大MPがある程度高ければかなり自由に動けるはずだ。


「あ……いえ……三次職になるのって意味で訊いたんだけど」


「あ~……そこまで考えてませんでした」


3次職もどうしようかな。死霊術師からの派生は大魔術師アーク・ウィザード人造獣使いキメラ・マイスターだっけ。

魔物と戦うなら大魔術師アーク・ウィザードは十分強いが、邪教徒を相手にするのだとオーバースペックでかつ対策されやすい。

人造獣使いキメラ・マイスターは生物で死体再構築デッドマン・リ・ビルドをやるような職業。倫理的にだいぶ問題があるし、現時点ではさすがに積極的に活用できない。


それに、魔術師系だと物理限界を突破できるスキルが覚えられない。

俺の技量は確かに上がったが、振るえる力やスピードはエリュマントスと戦った時からほとんど変わっていないのだ。


「全員に仮初の命を使って亡者たちが独立したら、別の2次職に成ってみようと思います」


侍派生の武者を取るか、別の1次職を納めて魔剣士や騎士系に行くか……パーティー内での俺の立ち位置も考えないと。


「わらわとしては偉大なる者グレイテストを目指すのが良いと思うのだけど……3次職以降を目指すなら、オリジナルのモニュメントを目指すと良いわ」


「ええ、天啓様から聞いています」


まだ人類が転職していない3次職があるらしい。

ザースのモニュメントに挑めるよう、クロノスからのルートを開拓して貰っていたが、迷宮をたどれば他の大陸のモニュメントにも行けるだろう。これも要検証だ。

ただ、全員に仮初の命リ・ボーンを施すのに数日かかる。話はそれからだ。


話を聞けたお礼にお茶と御菓子を振舞い、しばらく雑談を交わした後、メリッサさんは仕事に戻ると言って去っていった。彼女はダンジョンから奪い返した迷宮の修復で割と忙しい。

俺は亡者用の装備の準備。後で少しバーバラさんの居る工房に顔を出してみようかな。

---------------------------------------------------------------------------------------------

現在4話公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る