第280話 繭――コクーン――

発露の試験をクリアし、転送の魔法陣をくぐると俺たちは光の中に居た。

……なんていうとかっこいいが、実際の所明るくなりすぎてまぶしいだけだ。暗い迷宮の中から、いきなり明るい屋外へ放り出された感覚。涼やかな風と草のにおいが、ここが外だと教えてくれる。


「……外?」


転送された俺たちが立っていたのは、小高い丘の上の祭壇だった。ストーンヘンジのような石積みのオブジェが周囲を取り囲むように配置されていて、その中央には円形の飾り気のない祭壇が建てられている。

春を感じさせる背の低い若草が生えそろった丘には石畳の道が伸びていて、その先には集落と大きな湖が見える。周囲には森があり、その形状から比較的暖かい地域であると推測されるが……。


「……壁?」


遥か遠方、霞がかった森と空の境界の先には、山というには垂直すぎる壁があるように見える。

そしてそれは天高くそびえ、見上げると全体が白く輝く空へと溶けていた。……どうなってるんだ?


「む、だれか来るようであるぞ?」


丘陵の影から、大きなトカゲの様な生き物に引かれた荷馬車が一台、こちらを目指して昇って来るのが見えた。乗っているのは……ドワーフか?ずんぐりむっくりしたひげ面の男が二人、御者台に座っている。


「どうするの?」


「ん~……どうしよう」


ここがどこかもわからんし、そもそも言葉が通じるかも謎。集合知にここの情報が無いって事は、あの人たちは人類の定義から外れた者たちなのだろう。


「いきなり襲ってくることはないと思うんだけど、とりあえず友好的に話しかけてみるところからかな」


彼らが通る道はこの祭壇にしか続いていないようなので、ここを目指しているであろうことは明らか。

ふらふらと探索するよりは、おとなしくコミュニケーションを試みるのが正しい選択だろう。

荷馬車は結構な速度が出ているようだ。数分もすればここまで到着するだろう。こちらから手を振ると、向こうも手を振って返してくれた。とりあえず友好的なようだ。


「遅い!てめぇらどんだけまたせんだっ!」


そう思ってたら到着早々どやされた。


「試練をクリアしたならさっさと進めよ!こっちゃお前さんらが知覚の試練に入った時からずっと待ってんのに、発露の試練クリアしたところで帰るとか思わねぇだろっ!解散したわっ!」


どうやらずっとお待ちだったらしい。


「あ~……えっと、お待たせしました?」


「ああ、驚いたところだろうが立ち話もなんだ。鱗車の荷台に乗ってくれ。戻りながら話そう」


もう一人のドワーフが荷台に乗る様に勧める。


「どうする?」


「まぁ、とりあえず話を聞いてみよう。俺達は異邦人だしねぇ」


話しているのは現代の共通語だ。東群島の訛りも薄く聞き取りやすい。

迷宮の奥深くに住んでるにしては違和感あるが、その辺も後で訊いてみよう。


鱗車と呼ばれたトカゲの引く荷車は広く、10人くらいは普通に乗れそうな雰囲気だ。ホロなしだが座席はついていて、不思議なことに動き出しても揺れがほとんどない。

簡素な造りに見えるが、座面にはニスが塗られており高級感が漂う。構造と品質が一致しないな。


「ったく。……迷宮の試練からいきなりここに出て戸惑ってると思うから、まずは一通り説明するぞ。遠くを見れば壁が見えるだろう?ここはコクーンって呼ばれてる地下空洞の一つ。地上のように見えるのは、天光と精霊の力で地上の環境が再現されているからだ。俺達はここに住む先住民って所だな」


まさかと思ったが、見た目通りの地下だったか。


「あんたらが試練に挑戦しているのはこっちから見ていた。力業で知覚の試練を突破した時にはダメかと思ったっが、操作の試練は順当に突破したから、発露の試験もすぐに終わるかと覆って丘の上でしばらく待ってたんだが、全然こねぇじゃねぇか」


迷宮内の試練はこちらから観測出来るらしい。


「とりあえず一時解散して、発露の試験をクリアするのを待ってたんだぜ。いよいよ数十年ぶりに後輩が来るかと思ったら、そっからいきなり外に出て音沙汰無いとか、どういうことだよ!扉開けたら普通先に進むだろ!」


「いやぁ……だいぶ長く迷宮に籠ることになったんで」


先に飛んで戻れなかったら嫌だったから、買い出しを兼ねて休暇を取ったため、彼らを待ちぼうけさせてしまったらしい。


「まあいい。久々の酒の肴にはなった。お前さん達がなんで迷宮を攻略しようと思ったかは知らないが、ここは外とそう変わらん。ルールもな。迷宮から外に出たなら気づいているかと思うが、叡智の間より奥の事は外では話せない。転送陣を使うとそういう魔術が刻まれる。ここで見聞きしたこともだ。話せないだけで覚えてはいられる。聞きたい事があれば何でも聞くといい。分かることの大半は答えられるだろう。理解できるかは別としてだがな」


「この鱗車はどこへ向かっているんですか?」


「街だ。他に行くところあると思うか?」


「……いやまぁ……迷宮の奥でそんな常識的な回答が返ってくると思いませんでした」


「外と変わらんつったろ。ここはデルバイ様の使途が住まうコクーンだ。当然街もある」


「貴方たちはエルダー・ドワーフなのですか?」


「ああ、そう思ってくれて構わん」


「伝説上の存在と思っていましたが……」


「そうでもない。ちょいちょい外の街に買い物にも行っとるしな。数が少ないのは事実だが、そう大層な者でもない。ここまで来れたなら、お前さん達でも成れるかもな」


「なる?」


「発露の試練で、魔素の操作による呪術を体得したろう?あれをさらに磨いて一定の能力に達し、さらにその先に進むことを選んだ者たちが俺達だ。外じゃエルダーと名乗ってる。人間ヒューマンだったら偉大なるグレイテスト獣人ビーストなら気高きノーブルだな。最初に至った奴が勝手につけた名だが、先人に倣ってそう名乗ってるだけさ」


「その先に……“人類の次”ですか?」


「面白い言い回しだが、そうだな。その感じだと神使様からなんか聞いてここに来たか?」


「神使ってのは天啓で受け答えしてくれる人ですかね」


「他にもいろいろやってらっしゃるが、その認識で間違いないぜ」


「アーニャ……そこにいる獣人の彼女が魔力を制御してスキルの再現が出来るようになった時に、少しヒントをいただきました」


「なるほどな。最近そういうのトンと聞かないから、ウッキウキだったんだろうぜ。想像に難くねぇ」


なんだろう。敬ってはいるようだけど親しみもだいぶ深い感じ。


「……気になっていたのであるが、いきなりよそ者が街に入って良いのであるか?」


「ん、ああ。気にしなくいい。これから向かうのは長の所だ。一応長に顔通しをして、その時にお前さん達がここに来た理由も確認する。んで、内容によっては協力するし、こっちからの勧誘もある。後はルールの許す範囲で隙にすればいい」


「長に会うんですか?……どんなスキルを持ってるか分からない流れ者にいきなり会うのは危険では?」


「あ~、外じゃそうか。ここの住人は殆どが4次職相当の呪法を使えるからな。お前さん達が外で最強の冒険者だったとしても大した問題にはならねぇ。じゃなきゃ二人で迎えに来たりしねぇよ」


……やべぇ、思った以上の実力者だった。


「ほれ、街が見えてきた」


一旦話を止めて視線を湖畔へと向けると、農地と放牧地の先にレンガ造りの家が見えた。

……造りが地球の家に近い。窓に大きな板ガラスがはまっているせいか。縁側がある家もあるな。


「……城壁が無いわね」


「そう言えば」


この世界は小さな村でも集落を囲う塀が必須だが、ここにはそう言ったものが見られない。

家々にはフェンスがある所もあるけれど、街全体を囲っている雰囲気ではない。


「ああ、ここは魔物が発生しないからな」


「そのようなところが!?」


「その話もしてなかったか。コクーンにゃ金の魔王の呪法が及んでない。だから魔物は湧かねぇ」


色々と衝撃的だ。地上の全域が魔王の影響下に落ちて約1000年。

にもかかわらず、ここはまだそれ以前の環境を残しているのか。


街は土地が余っているのか、家々は少し離れていて見通しが良い。

行き交う人は少なく、人口が少ないのがうかがえる。ただ過疎っているよいうより、地球の閑静な住宅街を思わせる。建物や道がかなり綺麗に整備されているためだろう。

ドワーフ以外も住んでいるのか。ハーフリングと人間らしき人物を一人づつ見かけた。

……商店らしき建物が無いな。綺麗だけど、生活感があまりないのか。さっきから感じている違和感の原因はそこだろう。


「さて、着いたぜ」


長老の家は生垣に囲まれた邸宅だった。かなり大きい。中庭に池がある家はこっちでも初めて見た。


「じいさん、入るぜ~」


案内してくれたドワーフの二人がズカズカと入ってく。いや、これ着いて行っていいのかね。

少し迷ったが、着いて行かないわけにも行かない。俺達は顔を見合わせて後に続くのだった。

---------------------------------------------------------------------------------------------

□雑記

今週は明日も更新予定です。


現在4話公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る