第279話 魔素の精霊と呪術の体得

発露の試練の突破は、その日のうちにとはいかなかった。

数時間の練習でアーニャは【明かり】の魔術を発動できるところまでは持って行けたが、発動しているだけで効果が見合わない状態。記述されている光量と継続時間に至らないのだ。

発露の試練で足止めが確定した瞬間である。


翌日は操作の試練に戻り、全員で魔力操作の練習を開始。

一つ目の試練は――手間取ったものはいるものの――全員がその日のうちに突破。

二つ目の試練はアーニャ以外突破出来る者がまだいない。俺は昨日5分岐目で力尽きたが、今日は9分岐目まで行けた。俺より先に進んだのはバーバラさん。魔力操作をこっそり練習していたらしい。

一番うまくいかなかったのはタリア。そう言えばこの手の訓練はほとんどしていなかった。せっかくなので、魔鉄への魔力注入からやってもらおう。


ずっと迷宮の奥に籠っているのも微妙なので、2日目には外に出るルートの祭壇を起動してみた。

行先は迷宮上部にそびえる塔の一室、小窓が空いた使われて居ない小部屋だったらしい。なぜ「らしい」かというと、この魔法陣を起動したときに注意書きが浮かび上がりって軌道を止めたからだ。

出るのは魔力を通すだけで出来るが、戻ってくるのは最低でも2つめの操作の試練がクリアできないと難しいらしい。


アーニャだけ外に出て確認してもらったが、向こうの魔法陣が一人転送用っぽく、さらにかなり複雑な魔力注入が必要だったとのこと。これは俺達が太陽を見るのは当分先になるな。


「よし、できた!」


足止め3日目にはアーニャが初級の呪術5種類をすべてマスターした。捜査の試練2を視界無しでクリアできるようになったのが大きかったようだ。

バーバラさんが魔力注入の後半に突入。2番目に抜けるのは彼女かと思っていたら、突然タリアがクリアした。


「魔素の精霊と契約しちゃった♪」


どういうことなの?


「『魔素を操りたいなら僕と契約するといいよ。僕と契約して魔法少女になってよ』ってすっごいアプローチしてくるから」


「それ契約しちゃダメな奴だから!刀の錆にするから今すぐ呼び出して」


「精霊ジョークって言ってるわよ?」


「……精霊とは一度ちゃんと話をすべきだろうか」


タリアからまた聞きしかしてないから、あいつらの事はよくわからん。精霊魔術師や精霊使いがこんな謎ジョブだなんて集合知には無かったぞ。

高位で強力な力を使う精霊ほど気まぐれだと言われていて、扱いは難しい部類に入るはずなのに。


「魔法少女ってなんか素敵な響きよね」


「それ、うちの国では少年兵と同義だから」


「……ワタルの国に魔術は無いんじゃ?」


「似た概念はあんの」


むしろこっち側に魔法少女なんて概念持ち込むんじゃねぇよ。精霊大丈夫か。


精霊の不正利用によってタリアがダンジョン外に出られるようになったので、彼女には別の検証を頼んだ。なぜここの情報が集合知に記憶されていないかの理由探しだ。

これは理由がすぐにわかった。この試練の間で作成したメモや、覚えた記憶には強烈な認識阻害がかかっているらしい。タリアは外に出た後、俺から渡されたメモ写しを見てもゴミとしか思わなかったらしい。


外に出てちゃんと覚えていたのは、そこに転移装置があって迷宮内に戻れるという話のみ。

その上人に話そうとするとがっつり忘れるという、遅効性のセキュリティもかかってるようだ。

暫く小部屋の事を話そうと思っていたことすら思い出せなかったらしい。


「魔素の精霊が言うには、あの転送陣を利用した時点で、私たちの体内にはココで見聞きした情報を外に出せなくなるような魔術式が刻まれるそうよ。成人した時や、レベルアップでステータスが上がった時に起こる現象とほぼ同じって言ってるわ」


「職業システムと同質だと、無効化するのはほぼ無理か」


迷宮の試練が広まらない理由は、この忘却や認識阻害が原因だろう。そしてどうにもならない事も分かった。

試練と言うだけあって、やはりここにアクセスする人を選別する目的があるように思える。


結局できることは試練に挑み続ける事なので、外の事は気にせず試練に取り組む方針に切り替えた。

魔素の精霊に頼めば開錠の再現は出来るかもしれないと頭をよぎったが、アーニャの頑張りを無に帰すのは可哀そうすぎるので不正攻略は止めて置く。知覚の試練を力業攻略しているので、そちらも再挑戦をすることにした。


知覚の試練で問われる魔力感知や魔力視は、元来偶然魔素の動きを捕らえられるようになった状態、が定着した物らしい。

人は生きているだけで魔素に影響を与えている。なので人生の中で何度かくらいのレベルで、偶然魔素が知覚できる状態、つまり魔素と知覚する魔術が発動した状態になる時期があるらしい。


ただ、それは大抵の場合は非常に感度が低く、ほとんどの人が気のせいで済ましてしまうため定着しない。これを気のせいにせず、さらに定着させることが出来た者が、古代の魔術師になるようだ。

俺達は職業システムで感知のスキルを刻まれているので、それを魔力視まで持って行ければ知覚の試練をクリアできるはず。


一つの事を延々続けるのは辛いので、各試練を回りながらトレーニング。

たまにストレス発散でリポップした守護兵ガーディアンを殴り倒したりしながら、迷宮深部に籠り始めて10日余り。

その日、ようやくアーニャが開錠の取得に成功した。


「ようやくできた……」


先に開いた扉を見ながら、アーニャは感慨深く息を吐いた。


「お疲れさま」


中級に分類されている呪術はかなりの難易度だったようだ。

アーニャが体得できたのは『気体可視化』『温度可視化』『開錠』の3つ。比較的見るのが得意らしい。


他のメンバーは、タリアが『冷却』以外の初級4つ。バーバラさんが『明かり』『発火』を発動できるところまで持って行くことが出来た。呪法発動までは俺とコゴロウは、呪法発動までは行っていない。

ただ、全員魔力視と魔力制御を得ることは出来た。タリアが魔素の精霊にサポートを頼んでくれたのが大きい。知覚の試練で守護兵ガーディアンの弱点を認識することが出来るようになったし、操作の試練2をクリアすることも出来るようになった。


迷宮の外に出られるようになったので、二泊三日でデルバイに戻り休息日を楽しんだ後、再度準備を整えて発露の試験のさらに奥に進む。

発露の試験に二部屋目は無い。迷宮の外に出る祭壇と、先に進む祭壇の二つがあるのみだ。

ペローマに入って約1カ月。俺達はさらに深部へ進むため、祭壇を起動したのだった。

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□雑記

明日、明後日は仕事の都合で更新できるかがわかりません。難しかった場合、次の更新は10/29(土)の夜になると思われます。

日が空きますが、今後ともよろしくお願いいたします。


現在4話公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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