第265話 第三階層へのショートカット

デルバイ・ダンジョンの2階層はゾンビやスケルトンなど、不死系魔物アンデットの巣窟である。

こいつらはスキルはしょぼいがタフネスが高く、毒や疫病をまき散らし、明かりの無い暗闇でも能力低下なく襲い掛かってくるため、普通の冒険者にとってはなかなか荷厄介な相手である。

1階層が複数種類、しかもスキルをバランス良く使う人型魔物に対して、2階層がタフネス特化のアンデット。明らかにコンセプトが違う、消耗戦を狙う布陣だ。


単独で探索するのは中々に厳しい階層であるが、そこは無機の身体を持つ鋼鉄傀儡。状態異常などものともせず、目につく魔物を切り捨てていく。


『いやぁ、これは効率良いね』


ゾンビもスケルトンも遠距離攻撃をしてこないため、近づいて斬る。それだけで済む。

魔物は体液で武器を汚すことも無いから、ひたすら狩り続けることが出来る。

そして罠も大したことが無い。矢などの遠距離攻撃は鉄の身体に阻まれるし、動く床などは魔素吸収マナ・ドレインで無力化できる。落とし穴が少々厄介だったが、深さが浅いので落ちても問題ない。影渡しシャドウ・デリヴァーで回収可能なので、誘発してくれる方がありがたい位だ。


『楽でいいけど、トラップ踏み過ぎじゃないか?』


進む先、進む先、発動したトラップの残骸を見ながら、アーニャがあきれたように言う。


『俺にこの暗闇の中トラップを見分ける技能は無いから』


罠知識やダンジョンの知識は参照できるけど、だからと言って見分けられるかと言うとそう言う物でもない。

頑張ればできるかもしれないが、誘発してから対処した方が楽だ。


『踏めるのは全部踏んでるつもりだけど、取りこぼしがあるかも知れないから気を付けて』


今フェイスレス君は300メートルぐらい先の広場でソンビとスケルトンの群れを薙ぎ払っている。未踏破領域は魔物が多いな。広場には10体以上、通路にも5~6体の魔物がわらわら湧いている。

分岐がある場合は両方一部屋分は進んでみて、後は方角で進む方向を決めている。錬金スキルで作った方位磁石で何とか方角だけ分かっている状態だ。これまでの移動量は想起リメンバー頼みである。


洞窟をマッピングしながら2時間ほど進む。

通った道と部屋には、ギルドで買った塗料で地面にマークを残してある。やってくれているのはバーバラさんだ。マップの作製はタリア。一里眼スキルの範囲で書き起こしてくれている。後で想起リメンバーで清書するのであくまでメモだ。


魔物を倒し切った部屋で休憩を挟み、さらに奥へ。探索開始から5時間ほどか。

未踏破領域を奥へ奥へと進んでいるけど、踏破領域に当たる気配が全くない。バーバラさんがたまに行う魔力探信マナ・サーチでの探索でも、他の冒険者パーティーが引っかかることが無い。想定の範囲だけど、ちゃんと戻れるのかちょっと不安になって来る。

部屋の壁は魔物が6割、迷宮が4割と言った所。ちょっと迷宮が増えてきた。そろそろいい感じの距離を移動したと思うので次のステップに進みたい。


『んじゃ、このへんにしようか』


教室くらいの小部屋を制圧した後でフェイスレスと合流。まずは土人形クレイドールを使って出入口を半部塞ぐ。これで知能の低い魔物は入ってこれない。


『3階層、技術迷宮へのショートカットを試そうと思う。ついでに、亡者の皆さんの力技見学会もね』


時々探索に参加してもらったり、レベル上げをしたり、たまに街でのんびり過ごしたりと、それなりに交流はあるものの、基本収納空間インベントリに居るため、彼らの感覚だとまだ死んでから大した日数が経っていない。

MPの都合もあってなかなかゆっくり交流を深める時間も無いし、定期的に活動をアピールしていかないと。


事前にペローマに入ってダンジョン探索をすることは伝えてある。

今回はアルタイルさんおよび、あまり探索に参加していない組だ。彼らウォール防衛の地上戦に参加していた死者だからな。基本的に剣士、槍兵、斧戦士辺りの近接戦闘職が余り気味で、入れ替えたりしているけど運用効率が悪い。気が合う合わないもあるから、探索の際にも組み合わせに気を使う。


出てくるたびに何日も日が経っていて、しかもよくわからない場所に居るのはストレスだろう。

定期的に活動の様子を見せておかないと。


『それじゃあ、まずは穴掘りをお願い』


アーニャと、もう一人盗賊持ちの亡者が居るので、二人でダンジョンの地面に穴を掘ってもらう。直径は1メートルほど、深さはとりあえず10メートルほどである。二つつなげて、長さ1.5メートルほどのスペースを作る。深さの目安はこんなもんで良いかな。二階層と三階層の階段の長さの情報からすると、10メートも掘れば三階層に当たるはず。


『んじゃ、タリア、割って』


『はいはい。取り合えずそっちに割ればいいのね』


二人に掘ってもらった穴は深さの基準を取るための補助線ガイドである。

穴掘り前に魔素吸収マナ・ドレインでダンジョン地面を壊死させてあるので、今むき出しになっているのは自然の土。つまり精霊が呼び出せる。


「雄大なる大地の精霊さん、深きに眠る地殻の精霊さん、その身を震わせ、その身を砕き、星の力を今ここに示して二つに分れて!地割れアース・クラック!」


タリアの魔力に呼応して、大地が鳴動する。

足元がガタガタと震え、空けた穴の先に亀裂が走ると、それは轟音を立てながら徐々に左右に分かれていく。パラパラと天井から小石が落ちているような気がするのは気のせいか?

やべぇ……思った以上に怖いわこれ。グワンッと大きく地面が揺れた瞬間、左右から抱き着かれた。

ちょっ!それだと俺が身動き取れない!


揺れが収まるまで十数秒。

穴掘りホールで開けた空洞はタリアの精霊魔術によって広がり、幅5メートルほどの亀裂が奥へと延びていた。


「……ふぅ。うまく行きましたね」


「……二度とやりたくないんだけど」


「……よく崩れませんでしたね」


「……あたし、このまま埋まって死ぬかと思った」


後ろからくっ付いてんのはアーニャか。恐怖耐性持っていても怖いものは怖いな。魔物を相手にするのとはまた別だ。

このまま埋葬されるんじゃないかと思ったと、亡者たちからも非難の声が上がる。

いや、ほら、魔物ダンジョンそんなに脆くないから。


「なんのなんの。タリア殿の大規模魔術は初めて見るが、凄い物であるな」


「コゴロウ、膝が笑ってるぞ」


「……ワタル殿は役得であられるな」


「……うっせぇ」


これ、方向間違ってたら何回かやらなきゃダメなんだよな。非難の声が大きくなりそうだ。


「見ろよ!ダンジョンの魔物の部分と、その下の地面の部分ってこんな感じで分かれてるんだな。厚さは20センチくらいか?叩くと分かるが、びくともしないくらいに頑丈だぜ」


全く意に介さなかったのはちゃっかり残っていたタラゼドさんくらい。

面白い事するなら呼んでくれとは言われていたけど、強い。


「と、とりあえず、タリア、どう?」


「そうね。消費MPは250くらい、幅5メートル、深さはちょっと削り過ぎた所が11~12メートルくらい。奥行きは500メートル以上裂けてるわ」


以前使った時と比べると、幅と深さの範囲は小さいが、奥行きは倍以上だ。


「大地の精霊に頼んで、壁を崩れない様にしてもらえる」


「大丈夫。一緒にやって貰ったから。……天井も崩れないようにお願いしておけば心配する必要なかったわね」


「そだね」


思い付きで無駄に怖い思いをする羽目になった。


照明弾フレアを打ち込むから、みんな注意して。暗い所に慣れた目で直視すると辛い」


「ああ、それなら私が。ワタルさんは断光鏡サングラスをお願いします」


「ああ、それじゃお願い」


マルチキャストで強い光を遮る断光鏡サングラスをバーバラさんとコゴロウに掛ける。

俺とタリア、アーニャは頭部防具にそれぞれエンチャントしているから多分大丈夫。


照明弾フレア!」


「めっ、めがっ!めがー--ーっ!?」


……亡者の皆さま方がダメだった。主に何も考えずに直視したタラゼドさんとか。


「……死んでてもダメなんですねぇ」


「アルタイルさん、冷静ですね」


「多分そうなるだろうと思っておりましたので」


予測したなら止めてくれりゃいいのに。半分くらいのたうち回ってるぞ。


「ああ、でも死んでからと言うもの感覚が薄くなっていましたから、この光はちょっと刺激的ですね」


「網膜を焼く光で、生の記憶を呼び起こさないで」


亡者の特性については実験を兼ねて調べているが、そんな記録は残したくない。


「それで、どう?」


「……ここからだとよくわかりませんが」


「大丈夫。下層、ちゃんと捕えてるわ」


タリアの千里眼には、地割れによってむき出しになった3階層の外壁が見えるようだ。

穴掘りホールを駆使して階段を作り、縁の所にマーキング用塗料をぶちまけておく。こうしておけば小結界キャンプの効果で穴が完全にふさがるのを防げると思う。この裂け目がダンジョンに取り込まれるかは微妙なところだけど、何かうまい方法は……あるか?


「どうしたの?」


「うまく行くか分からないけど、魔結晶に小結界キャンプを付与してみる」


手持ちの魔結晶を取り出して小結界キャンプを付与。

付与の設定は常時発動。……形状が選べるな。直径3メートルの円筒形にして、高さを10メートル。ん……これだとうまく行かない?……効果範囲内に人が居ない時だけ発動?……ダメだな。うまく行かない。


錬金術と同じことをしよう。

変成で壁を成形して、その表面に魔結晶をコーティング。魔結晶に常時設定で小結界キャンプを付与……よし、いけた。小結界キャンプは効果範囲をゼロにして動かないものにならエンチャントできるのか。

これを駆使すればダンジョン内にセーフティーゾーンを作ることが出来そうだ。帰ったらギルドに提案してみよう。


「さあ、行きましょうか」


出入口の確保が出来たので、視界が復活した順に亡者の皆さんを回収。次に出す時は日陰でと念を押された。

そこまで着いたのち、裂け目を進むと少し先に壁が見えた。

……ダンジョンの通路が浮いているんだな。下は2メートル開いていてくぐるには十分。上は4メートルほど。3階層の通路は高さ4メートルほどらしい。


「ここは迷宮素材で出来てますね。先に進みましょう」


迷宮素材の外壁は破壊が困難だ。

タリアに開けてもらった亀裂の中に、魔物ダンジョン100%の破壊できる外壁が無ければ、ダンジョンに沿ってわき道を掘ることに成る。さすがに面倒だな。

そう思っていたところ、ごつごつした岩肌のような壁にぶつかる。


「これって」


「ああ、破壊できる壁だ」


上下が宙に浮いているこの構造なら、水たまりに成っている心配もなさそうだ。


「皆、戦闘準備!」


外からじゃ中の様子が分からない。魔物わんさかなんてことも十分あり得る。


「略奪するは魔素マナの左手!魔素吸収マナ・ドレイン!」


気合を入れて魔術を放つと、壁が崩れて通路があらわになる。


「大丈夫、通路に魔物は居ません。入って右の部屋から向かって来てますけどね」


「まっすぐ?」


「入れば見えます」


「フェイスレス、GO!吹き飛ばす!」


フェイスレスを侵入させて、魔投槍マナ・ジャベリンで群がってきた岩人形ロックドールを術者と共に吹き飛ばした。

3階層は人型魔物とゴーレム地獄。アンデット以上にタフで硬いゴーレムを、人形遣い系のスキルを持った術師が操っている。術師は初心者ノービス以下で弱いが、ゴーレム最低でも数百Gくらいの強さで経験値がマズイ。とてもうれしくない階層である。


「よっしゃ、不法侵入~」


「ああ、一応あたしが先に行くから!」


フェイスレスに続いてアーニャが先行。罠をチェックしながら、魔物が溜まっていたであろう小部屋に侵入する。さて、2階層で概ね歩いた距離が予想通りなら……。


「ワタル!あったぜ!」


部屋の片隅に書かれた、探索済みの部屋番号。大幅なショートカットが成功した証。

技術迷宮への分岐は、すぐそこに迫っていた。

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本日3話公開しました!スピンオフ側もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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