第262話 ダンジョン探索講習

迷宮の通路を奥へと進むと、かび臭い匂いと共に周囲の温度が下がる。人が居ないだけでこうも空気が変わるのか。

幅はおおむね3メートルほど、高さも同程度の長方形で、ところどころに置かれた松明トーチの光のおかげで比較的見通しはよい。少し進むと曲がり角には小部屋があり、その先は開けているようだった。

小部屋には樽や木箱が転がっている。たまに使っている冒険者でもいるのだろう。


過度を曲がって少し進むと、さらに開けた部屋が見える。

その部屋に入ると、また一段空気が変わる。広さは学校の教室ほどだろうか。高さは通路より少し高い。

見た目は変わらないが、魔力の流れによどみがあるのか……どうやらダンジョンに入ったらしい。


「魔力感知系のスキルを持っている者は気づいたと思うが、そこの入り口からダンジョンに入った。神代迷宮とダンジョンでは空気が違う。安全地帯を確保する上では感覚的に理解しておくメリットはある。魔力感知がある者は注意しておくといい。見てわかる通り、ここから2方向に分岐している、分岐が開くまで少し待つぞ」


床に伸びた二本の線のうち、片方は壁の中に消えている。背後の通路が封鎖されると、そちらが開くらしい。


暫く待っている間に、開いている方の通路から冒険者たちが帰還する。

恰好から言って1次職中盤くらいの実力だろうか。疲れは見える物の、特にけがをした様子もない。

ギルドの指導官と少し言葉を交わして外への通路へと出ていく。

もうひとパーティーが駆け出て行った直後、ゴゴゴゴゴと低い音を立てながら入り口の石壁が動き、通路が消える。……見てると不安になるな。


『新しい通路が開いたな。何かいる気配がするぜ』


通路が空いて、さっそくアーニャの索敵に魔物の動きが引っかかったらしい。


『警戒よろしく』


ダンジョン内で魔力探信マナ・サーチを使うと、通路が把握できて便利ではあるが、範囲内の魔物が一気に集まってきてしまう。自分たちだけならいざ知らず、今の状況では魔力探信マナ・サーチが使えない。


「さあ、魔物が沸いているようだ。進むぞ」


指導官に続いて新たに開いた通路の中へ。しんがりなので警戒すべきは後方なのだが、さすがに後ろから襲われることも無い。

指導官は投石に松明トーチ重ねて飛ばし、前方の視界を確保していく。少し狭くなった通路を進むと奥から足音が近づいてくるのが分かる。


『魔物だ。おそらくゴブリンが2匹。一匹はこちらで処理する。もう一匹は『水の旅人』の3人で当たれ』


指名された駆け出し冒険者のパーティーに緊張が走る。

少し間をおいて、10メートルほど先の曲がり角から2匹のゴブリンが飛び出してきた。この人数に向かってくるのは無謀だと思うのだが、さすが魔物。気にした風もない。


聖投槍ホーリー・ジャベリン


オーバーキルの一撃がゴブリンを吹き飛ばす。あの魔術は魔投槍マナ・ジャベリンと違ってきらきら光って見栄えが良いなぁ。


「よし、慎重にかかれ!」


水の旅人と呼ばれたパーティーが前に出る。

相手はショートソードを持ったゴブリン。スカウトか、ソードマンと言った所か。駆け出しチームは剣士系、斥候系、魔術師系の平均的なパーティーのようだ。

スカウトの少年が投石で牽制。それを無視して突っ込んでくるゴブリンを、魔術師の少年がシールドで阻んで止めた。その隙に剣を持った少年が切りかかる。

……入ったが浅い。だけど反撃は2発目の投石で防いで……魔弾マナ・バレットが当たった所からの強打バッシュでトドメ。連携は悪くないな。


「よく連携できている。だが、魔術師が少しMPを使い過ぎだな。予兆はあるが、突然近くに魔物が発生する場合もある。盾かバレットのどちらかだけで倒せると安定するだろう。斥候が投石では無く、弓やスリングなど威力の高い装備に変えるともっと良い。検討をするように」


指導官が批評をしている。

概ね同じ感想だが、投石については投げるフォームを変えるだけでもっと威力が出るだろう。初撃だけは野球のピッチャーののように投げて良い。その方が速いし威力も上がる。

時間があればギルドに投球指導を提案してみよう。


そこからは順当に進んでいく。

大部屋には魔物が沸いている事が多いが、普通に部屋から部屋へ移動するので遭遇戦になるな。分岐もおおおい。

迷宮を取り込んでいる部分は石壁の通路だが、魔物ダンジョン100%のエリアには、天然洞窟のような場所も存在する。鍾乳石が伸びた体育館くらい洞窟が、曲がった先に突然現れた時にはちょっと驚いた。


魔投槍マナ・ジャベリン!」


俺が扇状に放った魔投槍マナ・ジャベリンが、魔物を巻き込みながら壁も含めてダンジョンの一部を吹き飛ばした。

おおっと、ぶち抜いたところが崩れてきやがった!


「……生き埋めに成りたくなければ、威力は調整することを勧める。それと、吹き飛ばした壁の先に他の冒険者が居る可能性も無くはない。高威力広範囲のスキルは控えたほうが無難だぞ」


「そうですね。気を付けます」


吹き飛ばした壁は一定時間で修復されるらしいけど、うっかりで人殺しはしたくない。

どうせダンジョン内は狭いし、バレット系を使うか刀を試そう。


2時間ほどダンジョン内を探索し、トラップや変動の無いエリアについても説明を受けた。

湧き部屋と呼ばれる魔物が一定時間で出現するエリアでは、数組の冒険者が順番待ちをしていた。5分に1回ほどのペースで魔物が発生するため出てきたところを討伐しているだ。

ダンジョン内ではたまに核の有る魔物も生まれる。冒険者がダンジョンで落とした装備品やアイテム――もちろん運悪く命を落とした者の財産も含まれる――や、コアが生成した魔石が核である。

当たりは魔石と装備が融合して生成されると言われるダンジョン産の装備。一つ数千Gになるため、2次職を有するパーティーが2、3組は順番待ちをしている。


それとは別にレベル上げに来ている1次職のパーティーが数組。

彼らは強い魔物が沸くまでの間、交代でノードロップの魔物を狩って経験値を稼ぐ。2次職のパーティーは体力やMPを温存できるし、1次職のパーティーはいざという時に上級者の助けが得られる環境で戦えるメリットがある。

始めは暗黙の内に始まったシステムだが、今は冒険者ギルドでもルールとして教えている。


ここは最も外に近い湧き部屋の一つで人が多い。今でも20人以上の冒険者が部屋の隅や通路で湧き待ちをしている。比較的安全だが、効率がすごくいいということは無い。気に入らなければ冒険者の少ない奥まで探索しろという事だ。


「これで本日の講習は終わりとなるが、最後に何か質問がある者は居るか?」


湧き部屋の見学を終えて、1時間ほどかけて迷宮の出入り口まで戻ってきた。

中の通路はどこも同じような景色で、迷わないで進むのは大変そうだな。


「ダンジョン内で落とした物品はダンジョンに吸収されて、魔物の核になるという話は聞きましたが、床に書いたペイントが消えないのはなぜですか?」


他のパーティーから質問が上がる。


「あれは小結界キャンプの特性をマジックアイテムに落とし込んだものだからだ」


塗料自身にしか効果が無いが、周囲から魔力を吸収しながら常時極小の小結界を発動させているらしい。

このため魔物からは感知することが出来ず、取り込まれたり消されたりすることが無い。

動かすと結界が消えるため武器防具には使えないが、これを塗布した高級テントなどは存在するらしい。一張り10万Gオーダーと言う価格らしいが。


「ダンジョン壁を破壊した場合、報告は必要ですか?」


「壁が壊れた程度なら不要だが、穴が開いて通路が繋がった、部屋が崩れて埋まったなどの場合は詳細な報告が欲しい。開けた小部屋には、ペイントで番号が書かれている。埋まってしまった場合は、周囲の部屋の番号でもいい。壊したことによるペナルティは特にない。ただギルドには他の冒険者の安全を守る義務があるため、度重なる破壊と未報告にはそれなりの対応をすることに成る。留意するように」


そのほかにもいくつか質問が上がる。

うちから上がらないなぁと思っていたら、『あとでワタルに聞いた方が正確だろうから』と帰ってきた。

質問を共有することに意味があると思うんだけどな。


「それでは、本日の講習は以上で終了となる。引き続き研修が続く者もいると思うが、全員、ダンジョンに挑む場合は普段より気を引き締めて、無理をしないように心がけてくれ」


ランクやレベルの足らないパーティーは、魔物と戦う講習を受けなければ成らない。なかなかに手厚い教育機関だよなぁ。


とりあえず俺達はこれで自由に動けるようになる。

サーチを使わず、薄暗い所を探索するのはなかなか疲れる経験だったな。これは精神的な物が大きそうだ。慣れるしかない。

今日はそろそろ日が傾き始めているし、本格的な探索は明日からにして、今日はゆっくり休息を取ろう。


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現在2話公開、スピンオフ側もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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