第259話 飛行船と委託開発

「そう言う提案が来るであろうとは想定していましたが……あの飛行船は、自分たちで使うために作った物です。お売りすることは出来ません」


エルリック氏の申し出に、とりあえず予定していた回答を行う。


「まぁ、想定通りの回答ですね」


「ええ。……まぁ、理由はそれだけではありません」


「む、他に理由があるのですか?」


「話の出所はボラケの皇室とかその辺りでしょう?」


「……ええ、まぁ。どことは言いませんけどね」


「私の目的は最終的に中央へ向かう事なので、損得が合えばお売りするのも問題ないですが……売れない理由は2つあります。一つは安全性。昨日のフライトで分かりましたが、あの機体は飛ぶには不完全です。魔術師系の極めし者マスターでINTとMPに余裕がある私が乗っているので何とか飛びましたが、昨日のように穏やかな日でも飛ばすのがかなり厳しい。まだ実用には向かないです」


今は巨大な玩具でしかない。

副首長殿が熱狂していたし、鼻先に人参を吊り下げられて盲目的に追いかけてるだけの奴らが使うのは危なくて仕方ない。

エルリック氏は立場上、皇族や貴族連中が乗りたいと言い出したら止められないだろう。墜落でもされたら国際問題だ。


「そうですね。リターナー殿が国王特使と言う立場のおかげでこちらも歯止めが聞いています。どこもクロノスともめる気はありませんから」


こういう大型のマジックアイテムを自分で開発して問題にならないのは、特使の立場がある恩恵が大きい。

新技術は金の生る木であると同時に、滅びをもたらしかねない強烈な毒だ。魔物化した目も当てられないので、国がコントロール下に置いて早急に陳腐化したがるのも理解できる。

そしてもう一つの理由が、魔物化した時の価値、つまり価格だ。


「値引きは王国が許さないでしょうから、あんな試作機でもそれだけで1憶Gは切らない見積もりになるはずです。……ボラケの経済、傾きかねませんよ」


ボラケで購入した素材だって、それだけで100万G近くに成っている。

そこに俺が作ったエンチャントアイテムや、モーターなどの装置。それらが殆ど新技術で作られているとなると、適正価格は高止まりするだろう。実用性が低いことは足枷には成らない。


この世界の経済規模はたかが知れている。価格が高いのは兵や冒険者用の装備、アイテムくらいの物だ。

地球の物に例えると、専用の軍需装備が無茶苦茶需要と価格が高い状態で、それ以外は大したことない。俺はクロノス王国特使と言う立場上、領地や爵位をもらうことが出来ないから、ボラケ皇国が取引を考えた場合、国際通貨で払うしかないわけだが……うちの商会の売り上げだけでクロノスの市場経済に傾斜がつくのに、クロノス寄りずっと小国であるボラケが1億Gも捻出しようとしたら、公共活動が破綻するのは目に見えている。


「そうなんですよねぇ。クロノス王国はリターナー殿との取引を、国王とボラケ皇国の取引とみなすでしょうから、公平な取引をしておかないと国際問題です」


「献上品で済ませようとするなら、まずクロノス王国に送らないと関係悪化しますからね。王国が納得するお金必須です」


飛行船はクロノス王国も喉から手が出るほど欲しい技術だ。普通に派兵くらいしかねない。

陛下が俺に特使の立場を寄こしたのは達見だったな。見事に各国に対する抑止力になっている。


「まあ、そんな感じで、アレを売り買いするのは現実的ではありません」


「でしょうね。私もそう思っているのですが、上は何とかしろとしか行って来ませんから」


一般職ギルドは、ギルドの中ではかなり力が弱いからな。

錬金術師協同組合の立ち位置は国内組織だから、どうしてもしがらみに縛られる。


「……まあ、妥協案も提案出来ますよ」


「あるのですか!?」


「ええ。うまく行ってたらチャチャっと荷物まとめて飛ぶつもりだったんですが、無理そうだったので角の立たない提案と書面は必要になるかと思いまして」


飛行船に使われている技術は、俺と紐づいていない亡者たちの協力でクロノス王国に連絡されている。

俺が送ると絶対どっかで検閲されるからな。それを回避しつつ連絡をする為、自称狂信兵団の関係者に転送を頼んでいるわけだ。


「まず飛行船ですが、冒険者ギルド、商人ギルド、一般職ギルドの3協会連盟でうちのアース商会からリースと言う形でお貸しできます」


リースと言う形、しかも3つの組織にまたがることで負担は軽く権利も分散させられる。


「次にリース費用ですが、私からの飛行船の改良依頼と言う形で各ギルドにそのまま横流しします」


飛行船は現状ではどう考えても海を越える性能を出せない。

これを自力で改良するのは時間がかかり良すぎる。巻き込めるなら他の組織を巻き込んでしまいたい。


「なるほど。しかしそれだと技術費を賄うのに十分とは言えないのでは」


「ええ。なので合わせて、クロノス王国陛下へ献上する2番艦の製造をお願いしたい」


試作機である1番艦と、それに使われている技術を提供。

見返りに機体の改良と、改良後の技術を取り込んだ2番艦を王国への贈り物にする。これで王国への顔伊達は出来る。さらにボラケのギルドは2番艦製造で飛行船製造の一連技術が得られる。

王国も俺が送った技術資料と、現物である2番艦で研究を行えるだろう。


俺たちは勝手にタダで飛行船がアップグレードされるというメリットがある。


「ボラケ皇国向けに3隻目が建造されれば、機体価格も大きく下がるはずです。まぁ、材料の収集に限界は出ると思いますが、生産は拡大できるでしょう?それで経済を回しながら、何とか複数台飛行船を作れるはずです。捕らぬ狸の皮算用ですが、ぼちぼち形になりそうじゃないですかね」


「……悪くないですね。ギルドを跨ぐので調整は必要ですが、貴族共の圧力もはねのける事が出来るでしょう。冒険者ギルドと商人ギルドが乗ってくれればですが」


「そこは個人的なお願いをしておきますから」


冒険者ギルドはともかく、商人ギルドは商会で使える飛行船は間違いなく欲しい。東群島で商売をする商人たちは、どうしても海の荒れ具合に影響を受けるので、船が出ない時に飛べる可能性があるアレは商売の幅を大きく広げる。飛空艇は魔術依存の部分が大きすぎて、商会が運用するのには無理があるから、現状、民生用は飛行船以外にライバルが居ない。


「その話、進めさせていただいても?」


「ええ、構いませんよ。急ぎ関係者を集めて調整ですね。技術的に提供できるものは、商会に登録の上で確認できるようにしておきます」


既にモーターの設計図面は登録済みで、細かな素材のレシピを登録すれば動けるはずだ。

計画を簡単にまとめた書類を確認してもらい、それに沿って進めることで合意する。


「……噂通り、リターナー殿は欲のない方ですね。こちらも交渉材料を考えていたのですが」


「バーバラさんを一緒にと言った件ですかね?」


「私ですか?」


「……ほんとに人が悪い。年齢、サバを読んでいませんか?」


今日、バーバラさんと二人で面会となった理由が何かは考えていた。エルリック氏が交渉する相手は、基本的に俺一人で良いからだ。

護衛としてバーバラさんが付いてくるのは有るだろうが、彼は昨日、「彼女もいっしょに」とわざわざい言ったのだ。当然、意味があると考える。


エルリック氏、錬金術師協同組合が交渉のカードとして切れるのは、彼らが秘匿している錬金術の技術くらいだる。

そう考えると、バーバラさんを呼んだのは必然的に『極めし者マスターであるバーバラ・カーティスに技術公開をする見返りに……』と言う話になる。


ぶっちゃけ、集合知があるからほとんどの技術は俺からバーバラさんに教えることが出来る。

出来ないのはエルリック氏が持っている、ビギニングの技術くらいだろう。ただ、それを習得するのにどれだけかかるかは考えたくない。


「まぁ、そんなわけで、バーバラさんが興味があれば、いろいろ教えてくれそうですけど、どうします?」


「協会の会長殿の教えを受けられるなら光栄ですが……良いのでしょうか?」


「私は構いませんよ。所詮雇われですし、カーティスの名前は懐かしいですし」


「……祖父をご存じですか?」


「クロノスに居た技術者で、時計技師長を知らないのはモグリですね。私も何度もお会いしたことが有りますよ」


バーバラさんの存在が即行バレたのはそのせいか。


「飛行船の開発を委託できるなら、先にペローマダンジョンに行こう考えてる。だから、あまりゆっくり教わる時間は無い。それでも、価値はあると思うけど……ああ、でもヒノさんに申し訳が無いか」


「そうですね。ぜひお願いしたいところですが……」


「ふむ。それなら私が話をつけましょう。こちらも本職の意地がありますから。時間が短いのも問題ありません。詰め込みます」


エルリック氏はふっふっふっと、怪しげな笑みを浮かべる。

後で分かった事だが、ボラケだと活動歴の長さと発言力に相関関係があるため、20年弱しかこの国で活動していないエルリック氏の立場はそう高くないらしい。

エルリック氏は技術力を買われて術師育成のため自由に動ける会長職を前任から与えられたが、ソウエンさんやヒノさんは鍛冶師や技師の協同組合の役員で、無茶な納期の仕事を振られることがそれなりにあるのだとか。恨みか。


出発までの間、バーバラさんはヒノ工房に加え、協同組合の講座も受けることに成った。

詰め込み教育も想起リメンバーがあればなんとかなる。


飛行船開発委託の話も順調に纏まって、3月を迎える前には俺たちの手を離れたのだった。

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現在2話公開、スピンオフ側もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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