第258話 始まりの小人の伝承

「……ふむ、あなたの興味の対象はそれでしたか」


俺の問いかけを聞いて、彼はしばらく思案した後そうこぼした。


「錬金術師が魔術素材を作る方法については御存じだと思っても良いのですかね?」


「ええ、そちらは問題ありません」


ベースとなる魔力親和性の高い素材に対して、専用の道具と魔力操作を用いて魔導回路と呼ばれる魔素の偏りを形成する。この回路が特定の形状に成っていると、その形状に応じた効果が発動する。

これを駆使してマジックアイテム、魔術素材を作成するのが、今の錬金術師の本業だ。魔導回路は魔操法技クラフトに近い独自技術で、どのような回路を書けばどんな効果が得られるのか、日夜研究がおこなわれている。


この魔導回路をモノに焼き付ける技術のベースは付与魔術だと思うのだが、いつのころからか独自発展を遂げていて、今では別の物に成っていると思っていい。

例えば耐久力向上。付与魔術師エンチャンターは付与した場合、術者のINTに影響を受けるが、錬金術師が同じような効果の魔導回路を描いた場合、使用者のVITを参照して効果が発動する。そしてこの参照するステータス種が違う事にはメリットがあり、耐久力向上のような物理強度を上げる場合、INTを基にするよりVITを基にした方が効果の倍率が高くなる。おそらくこの発見により、付与魔術の衰退は加速したのだろう。


「俺は魔力操作の能力が足りなくて上手く回路を引けませんが、基本的な回路の構造や種類は理解しています」


錬金術師もレベルアップで素材の知識を得るのだが、そこに魔導回路の回路図は含まれない。これは人類が後から生み出した技術だからだ。基本的な回路図は書籍となっており、教本として誰でも購入することが出来る。ただ、特殊な回路や、そもそも刻むことが難しい回路は知っている人も少なく、各国の錬金術師が細々と伝えたりしている。これを学ぶには、先人を師と仰いで学ぶしかない。


「錬金術師の中には、難易度が高い回路や、刻むのが難しい回路を公開していない人々が居る事も知っています。でも、あれはそう言う物でもないと思うのですが?」


新しい回路構造を公開すれば、それはその人の成果として莫大な利益をもたらす。錬金術師協同組合の今の役割は、そう言った知的財産の管理なのだ。


だけれど同時に、難易度の高さや条件の厳しさから公開されて居ない回路もある。

理由は二つ。一つは作り込みが甘く、素材を加工した際に回路が崩壊して効果が無くなったり、使用中に壊れたりする可能性をはらんでいるからだ。技術的に不十分なものが不良品を作成して、問題を起こすことを防ぐためである。

そしてこれがもう一つの理由を生む。求められている回路は、誰でも、簡単に、安定して回路を作成できるものである。このため、難易度の低い回路を公開したり、難易度の回路を改良して難易度を下げる方が大きな報酬、栄誉が得られる。難易度の高い物を公開して、他の人がその簡略化、安定化方法を見つけてしまえば、その栄誉は得られない。だからこそ、難易度の高い、中級や上級魔術の回路は秘匿される。


「あれは私が師から教わった回路の一つになります。素材の条件が厳しく、また難易度も高いので刻める者は殆どいないでしょう。知らないのは当然と思いますが」


「いえ……少なくとも数年前まで、上級はおろか、中級の対魔魔術を刻む知識を、人類は持ち合わせていなかったはずです」


「……妙な事を仰いますね。今ここに在るのに?」


「神がそう言っておられましたから」


集合知は神の御業だ。そうそう抜けがあるとも思えない。


「……そう来ましたか」


「ええ。極めし者マスターなんてなりますとね、魔物を倒せと天啓をいただくわけですよ。あまり個人的なことは教えてもらえませんが、応えて下さるわけです。確かに、人類はその技術を持ち得なかったと。お墨付きですよ」


「……では、あれは何だというのです?」


「貴殿が教えを受けたその師匠は、ハイエルフかなにかですか?」


人類の次、おそらく天啓がそう呼んだ存在。

彼らの技術は、集合知にはない。推測だけど、出所がそこであれば例え人が知っていても集合知には記録されていない可能性がある。俺がこの回路の存在を知り得なかった理由、調べても出てこなかったのはそういう事だろう。


「……どうしてそう思いました?」


「魔物は生産が不得意なので、そこが出所なら魔物側に着いた人類が知っているはずです。神は人類の次については明言してくださいませんので、おそらくそう呼ばれている存在ではないかと」


そう言うと彼はふっと息を吐いて表情を崩した。


「そこまで知っているなら、ソウエンさんから聞きかじった、と言うだけでもなさそうですね」


「はい。ちょっとお告げがありました」


アーニャが魔操法技クラフトを扱えるようになって、人類の次への足掛かりを作った。その時から、人では足りない、魔王を倒すためにその先を見据える必要が出てきた。

集合知に無い情報は知っておいて損はない。


「私の知っている事を隠す意味は無さそうですね。私の師匠は、ハーフリングです。もともと錬金術師は彼らの領分に成りますからね」


「……始まりの小人ビギニングですか?」


「その呼び名を人から聞くのは久しぶりです」


エルリック氏はまだ子供と言っていい年齢の頃、ハーフリングたちのキャラバンに居たらしい。

冬至は何の疑問も持っていないかったが、成人してそのキャラバンを離れたのち、彼らが幻影商隊と呼ばれる、伝説的なキャラバンであったことを知ったらしい。


彼らは神出鬼没の集団であり、その時代々々で異物と言える効果のあるマジックアイテムや、遥か遠方の地の素材、珍しい鉱石や宝石などを取引してくれる。

しかし、いつ、どこに現れるかは分かっておらず、戻ろうと思ったが居所はようとして知れず。

彼は各地を転々としながら、目撃情報を探しているらしい。ボラケに来たのは20年程前。その知識を見込まれて、後任が育つまでと言う形で会長を引き受けたらしい。その前はクロノスに居たとか。


「普通であれば、商隊の者たちはもう死んでておかしくないのですけどね。いまだにたまに話を聞きますから、どこかを旅しているのでしょう」


エルリック氏が商隊を離れたのは100年以上前になるらしい。


始まりの小人ビギニング。師匠たちは愛称みたいなもんだと言っていました。最初の魔物進行を退けたハイ・エルフや、伝説の武具を作ったとされるエルダー・ドワーフに比べて、大した言い伝えも無く世界を放浪する自分たちは、ただの歌って踊る陽気な商隊だと」


幻影商隊の詳細情報は集合知でも出てこない。そう言う名前の商隊が居るらしいという伝承のみがヒットするくらいだが……。


「このご時世に大陸を跨いで、各地に名前を残すだけでもただの商隊では無いでしょう」


「ええ、もちろんですとも。可能であればもう一度、今度はちゃんと、師匠たちと向き合って話をしてみたいものです」


エルリック氏にとっては、そのキャラバンこそ故郷であるらしい。……帰れないのは、辛いよな。


「実を言うと、この話は貴方が迷宮でエルダー・ドワーフに会えたらするつもりでした」


「……俺が迷宮に潜ることをソウエンさんから聞いたんですね」


「ええ、その通りです。名前を聞いてはおりましたが、どんな人物か分かりませんでしたからね。迷宮の奥にエルダーが居るというのも半信半疑です。もし事実なら、キャラバンの手がかりを持っているかもしれませんが……何分、怪しげな話なので、戻ってきたら取り次いでもらうよう、お願いしていたのですよ」


「……ソウエンさん、そんなこと行ってませんでしたけど」


「ふふふ、お酒の席でしたからねぇ。聞き逃したのでしょう」


……わざとだな。ドワーフの性格をよく分かって居る。


「ほとんど知りもしない私に話してもよかったのですか?」


「天啓を得た者に隠し事も無いでしょう。それに、ウソくらいは見抜けますよ」


……やっぱり、この会話もどっかで真偽官が聞いているのだろう。

魔力の動きが多すぎて、どこにどの魔術がかかっているのかさっぱりわからんから無視することにしている。


「しかし、先人の事を知ってどうしたいのですか?」


「ん?……神が求めるのは、今も昔も『魔物を倒せ』でしょう。しばらくは魔物に滅びをもたらす者であろうとしているだけですよ」


ハイエルフ、エルダー・ドワーフときて、ビギニング・ハーフリング。

伝承にしかない彼らの力を借りられれば、魔王討伐に一歩近づけるかもしれない。俺が求めているのはそれくらいだ。


「ありがとうございます。幻影商隊、少し探してみたいと思います。もし何かわかったらお教えしますよ。もちろん、エルダー・ドワーフが居るなら話を聞いてみます」


「こちらこそ。まさか今日この話をすることに成るとは思っていませんでしたが、お呼びして正解でした。……ところで、私の持つ他の回路などについては興味は無いのですか?それを聞かれるかと思っていましたが」


「ああ、私はINTが高すぎて回路を刻めないですし、バーバラさんもまだその域には至ってませんから。それに本業は冒険者なので、生産は本職の方にお任せします」


仕方なく作る側をやっているけど、基本的には使う側でいるべきなんだよ。

特に高位の職が使うようなものは、自分で準備するのはやってられない。全体の底上げくらいはするが、そっから先は自分たちで何とかしてもらう。


「ふむ、そうですか。何か面白いことをしたいと思ったらお声をかけていただければ、協力できることもあるかも知れませんよ」


「そうですね。その時はお願いします」


まだ作った新装備の性能も生かし切れていないし、魔導回路の限界は変わって居ないと思う。

飛行船関連で使えそうな技術があるかも知れんが、そちらは国が関わって来るので要相談だな。


「……さて、思いのほか私の個人的な話に成ってしまいましたが、直接時間を取ってお会いしたのはその為だけと言うわけでもありません」


俺が魔導回路の出所を気になったように、彼には彼で話があるはずだ。

主に錬金術師協同組合の会長としての、ビジネス的なお話が。


「……飛行船、それにそのほかの技術、売る気はありませんか?」


エルリック氏の口から出たのは、想定通りの提案だった。


---------------------------------------------------------------------------------------------

現在2話公開、スピンオフ側もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る