第257話 錬金術師協同組合

飛行船の初飛行の翌日。

俺とバーバラさんは二人錬金術師協同組合の事務所を訪れていた。


「大きな建物ですね。一般職ギルドの建物より大きいのではないでしょうか?」


「錬金術師協同組合は一般職ギルドの下部組織って扱いに成ってるけど……経済力でも戦力でもハリボテの一般職ギルドとはだいぶ差があるからね」


そもそも一般職ではない錬金術師が、一般職ギルドに組合を有しているのがおかしな話なのだが。


歴史的な背景を振り返ると、錬金術師はもともと魔術師の派生職であり、魔術師ギルトに所属していた。

ただ、魔術師ギルドは古くは『一撃で敵を殲滅する極大魔術こそ至高!』とする脳筋集団であったため、錬金術師アルケミスト付与魔術師エンチャンターなどの生産職寄りの魔術職は立場が弱く、不遇な扱いを受けていたらしい。


一般職……鍛冶師などの生産職が神から与えられた後、錬金術師たちは魔術師ギルドから独立して、まだ立ち上がって間もなかった生産者ギルドに身を寄せた。この生産者ギルドが今の一般職ギルドの前身であり、それから数百年たち錬金術の有用性が認められた今でも、協同組合と言う形で協力関係にある。


現在、錬金術師協同組合に対抗できる一般職ギルド内の勢力は、友好関係を結んでいる鍛冶師協同組合、機会技師協同組合の2つくらいか。どちらも錬金素材を扱うことが多いため錬金術師にとっては客でもあり、かつ錬金術師では補えないスキルを有している職人たちだ。


「そろそろ頃合だし受付を済ませちゃおう」


まだざっくりした時間間隔しかない世界、何時に待ち合わせ、と言うのに意味は無い。

何処からとなく薬品と煙臭いにおいの漂ってくる石造りの館。正面ホール中に入ると真正面には小さな教卓のようなカウンターがあり、その後ろには大看板で館内案内や本日の予定らしきものが張り出されている。

教室、実験室、資材倉庫、図書室……ここは若手の錬金術師の教育機関も変えているようだ。


「いらっしゃいませ。ご案内いたしますので、ご用件をお願いいたします」


受付のお姉さんはハーフリングだった。珍しい。人間族の子供と見間違われるから、こういった業務に着くことは少ないのだが……優秀な戦士だったりするのだろうか?受付とか初期対応する人が警備を兼ねた実力者と言うのは、この世界では割とよくある事だ。


名前を名乗って会長との面会の予定を告げる。

錬金術師協同組合の現会長、俺がゲンジュウロウさんに取次を頼んだ人物である。昨日の飛行船の初飛行にも来ていたが、後日ゆっくり話をしたいと、協会に呼ばれたのだった。


「承っております。案内させますので少しお待ちください」


そう言われたが、ほとんど待たされること無く奥へと案内される。

会長室は北の2階。隣が図書室と薬品保管庫に成っているちょっと奇妙なレイアウト。なんとなく、理由はわかる気がする。


案内してくれた男性は、扉を強めにノックして数秒待つと、すぐに中へ。

良いのですかと訊くと、どうせ聞こえてないと返してくれた。いつもの事らしい。


入ってすぐは応接スペース、壁には書棚と薬剤棚、それに申し訳程度の調度品が並べられていて、狭苦しい印象を受けた。

それて扉の無い間仕切りを抜けると、さらに壁一面には薬剤棚と書棚が目いっぱいに並び、昼だというのに乾季用の窓すら締め切られ、天井にはトーチの明かりがいくつも浮かんでいた。

部屋の真ん中には大きなテーブルが鎮座しており、何やら珍妙なオブジェが並べられたその上を、ふよふよと紙風船のようなものが漂っていた。


「ああ、風が……っと、もうそんな時間でしたか」


来客を告げる案内の男性に、現ボラケ錬金術師協同組合の会長にして、現役の科学者、ウィルヘルム・エルリック氏はそう答えた。

とがった耳と金色の髪、そして緩い時間間隔は典型的なエルフの特徴だ。


「案内ありがとう。下がってもらって大丈夫ですよ。機材を止めますので少しお待ちを」


エルリック氏が何かの機材に振れると、紙風船らしきものはゆっくりとテーブルの上に落ちた。


「それは?」


「貴方が作っていた気球と呼ばれるものと同じ原理で、外部から風船内部の温度を操作して昇降を行う装置ですよ。ちょっと作ってみました」


……俺には理解できない技術が使われている物だな。

集合知の中に知識があっても理解できなかったものがそれなりにある。おそらくその一つ、魔導回路とか呼ばれている謎技術を使った装置だろう。


「ここで立ち話もなんですから、とりあえず応接室へどうぞ。ああ、どうぞと言われても戻る形ですね」


何とも閉まらない。

引き返した応接室で、エルリック氏に促されてバーバラさんと二人、ソファーに腰を下ろす。


「当たら改めまして、ワタル・リターナー殿、バーバラ・カーティス殿。カーティス殿にはちゃんとご挨拶をするのは初めてですね。ウィルヘルム・エルリックです。以後お見知りおきを」


そう言って軽く頭を下げる。


「……お初にお目にかかります。……ところで、御挨拶した覚えは無いのですが、私はバーバラ・ドッドなのですが……」


「そう気を使わなくても大丈夫ですよ」


何がそう気を使わなくても大丈夫なのか。

……首都に入った時のステータス名はカーティスだったから、調べれば情報くらいは出て来るけど、そこまで調査しているのか。


「その件についてはまた後程。今日はその話をしたくてお呼びしたわけではありませんので。……ああ、何も出さないのもアレですね。お茶をどうぞ。簡単なものですが、お菓子もありますので」


壁の戸棚がひとりでに開き、水の入ったポットが宙を舞い、ティーカップが踊りながらテーブルの上に並んでいく。

並行起動した念動力か? 魔力の流れが鮮やか過ぎる。

科学者は3次職だが、戦闘には向かないとのイメージだったが……スキルだけの話で、彼自身は結構な実力者のように見える。


「従者はおられないのですか?」


「何事も自分でが、ここのモットーですからね」


自分で手を動かさないと、めんどくさいが分からなくなる。それは開発のきっかけを自ら捨てる行為だと彼は言った。


「さて、昨日の試験飛行成功、おめでとうございます。いやぁ、久しぶりに好奇心をそそられる内容でした」


「ありがとうございます」


「エンチャントによる素材の強化、効率の向上、錬金術スキルによる浮力の確保、それに機械技師の分野であると思われる動力装置。複数の技術の融合に、大変感銘を受けました。ぜひとも我々とも技術交流をはからせて頂ければ幸いです」


「こちらこそ。昨日の飛行でまだまだ実用化には足らない所があると痛感しました。特に風の影響はどうしようもなく大きかったですね。お力添えいただければ心強い限りです」


シーサーペント討伐の時に乗った、風の力を推進力に変える帆のマジックアイテム。

アレなんかも俺には設計できない物の一つだ。


「さて、飛行船についてじっくり伺いたい処でもあるのですが、もともとはソウエンさんを通じての会談希望が先に来ておりましたね。技術的に直接聞きたいことが有る、とか?そちらの話をしましょうか」


「良いのですか?」


「ええ。スキルで行える技術は、広めるのが神の意志でもありますから。そうそう真似できないので特に問題無いというのもありますが、私がお答えできることであればお答えしましょう」


俺が聞きたかった事は、上級魔術、それもあつかいづらい退魔属性の効果を武器に乗せるその手法。そしてその手法の出所だ。


集合知には上級魔術どころか、中級の対魔魔術すらそう言った手法の情報が無い。

魔術打消しのマジックアイテムとして市場に出回っているのは、初級である魔術無効化ディスペルの効果をアイテム化した物である。


彼は集合知に無いことをやってのけている。

それはここ数年で生み出されたものかもしれないが、この世界の技術進歩の速度を考えればちょっと怪しい。

むしろ……その技法の出所は、集合知に記録されない者たちが生み出したものではないか。そう疑っている。


「……伺いたかったのは私の武器に使われた、『雲散霧消』と同等の効果を武器に宿す技術、その出所についてです」


さて、どこまでの情報を引き出せるかな。


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期末に仕事を詰め込まれて二日ほど更新が遅れましたorz

一息付けそうなので順次更新をしていきたいと思います。明日も休みなしで1話投稿するつもりで頑張ります。


現在2話公開、スピンオフ側もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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