第255話 飛行船の離陸

俺の新しい武器を受け取ってからさらに数日。

今日は飛行船のお披露目会のため、首都から少し離れた開拓地へと赴いていた。

場所は切り開かれた植林場の一角。近隣の村から少し離れたエリアを切り開き、最長120メートル、幅50メートルほどの楕円形離着陸場が整備されている。新作のマジックアイテムのテスト場所として借り受けた場所だ。


今はバーバラさん主導の元最終組み立ての真っ最中。

飛行船のバルーンは最長60メートル、円筒の直径は10メートルになる細長の形状だ。材料が膨大でとにかく重い。

ここまで運ぶ方法として、分割したパーツを俺の収納空間インベントリを使って往復する羽目になったので、後は任せて休憩中である。


「すごい大きさですな。ここまでの物を見るのはクーロンの飛空艇を目にした時依頼になります」


「ええ、資材を準備してくれた商人ギルド、政策に協力いただいた工房の方々、そして何より場所の提供を快諾してくださった帝人のお力添えあってのことです」


今日視察に来ている中での実質的トップ、カサクの副首長のお相手をしながら、組み立てられていく飛行船を見守る。

今回の実験に当り、ボラケの上層部に冷蔵庫、冷房機クーラー加熱器コンロを撒いて撒いて撒きまくった。そして、うちの商会の製品が大手貴族に行き渡った辺りでクロノス国王特使としての立場を明かし、共同開発という事で何とか無事に試験飛行の許可を取り付けたのである。


「これを機に、王国ともよい関係を築けると良いですな」


「おっしゃる通りでございます」


いくら自前の開発品とはいえ、こんなもの首都の側で飛ばしたら侍集が撃墜に飛んでくるからな。事前交渉は必須だった。

クロノス王国も、そしてここボラケ皇国も、自前で飛行輸送可能な飛空艇は有していない。自力製造可能な飛行船の技術は、喉から手が出るほど欲しい物だろう。クロノスには既に図面を送ってある。メルカバ―をベースに飛ぶ装軌車両の開発は進めているようなので、独自に発展させてくれるだろう。


クロノス、ボラケ双方への技術開示は、トントンからちょっとクロノス寄り。ただクロノスにはこの試作機の製作経験者が居ないことに成るから、その部分でちょっと劣る。

この2国間は国交があり、互いにボラケの武器防具とクロノスの農産物と言う、被らない製品を扱っているため貿易面で良好な関係のはずだ。これを機にさらに親交を深めて、対魔王政策を推し進めてほしい。


「さて、それでは私は試験に行ってまいりますので」


頭を下げて副首長の元を離れる。

来ている団体はほかにも多い。取引先の関係者をはじめ、商人ギルト、冒険者ギルド、職人ギルドの一部門である鍛冶師と錬金術師の協同組合。それにこの場所を貸してくれた近隣村の野次馬の皆さま。

これでウンともスンとも言わないようだと、ちょっと恥ずかしいじゃすまないんだよね。


「ワタルさん、組み立ては一通りです。加熱を始めますか?」


「うん、お願い。まずはバルーンを膨らませる所まで」


「はい、了解です。『接触確認!』」


飛行船全体像は、楕円体の気球部背面に尾翼と推進力となるプロペラ。

バルーンの下には固定式の搭乗部が付いていて、そこにも2機のプロペラが左右に取り付けられている。

昇降機能はすべて気球内温度のみで行う方式を採用しており、温度はバルーン内に這わせた細い加熱フィンによって行われる。効果のほどは測り切れていないが、加熱フィンに風を送って対流を促す送風機能も設置してある。模型では不要だったが、ここまで大型だと必要になって来るとの判断だ。


プロペラを始めとした回転機系はすべて電力で動作する。

電力を発生させているのは、搭乗部後部に設置された3機の撹拌チャーン式発電機だ。これは錬金術師のスキルである撹拌チャーンを発動し、発電機に内包された錬金窯内の水を回転させる。この水の回転によって内部の羽を回し、発電機が発電する仕組みになっている。


3機も発電機を積んでいるのは、直流電流を作るためだ。モーターの回転で生まれる交流電流を直流に変換したかったのだが、コンバートの方法が思いつかなかった。なので3つのモーターを時間をずらして同期回転させ、ある範囲以外の電圧がかかっている時以外は絶縁することで何とか直流を回路に送っている。

……モーター性能の三分の一しかエネルギーを使えてない糞仕様だがこの際動けばいい。

錬金窯を使えば撹拌チャーンのコストは軽いので、人造魔結晶の魔力電池でかなり長期間稼働する。材料もケイ素だけなので安い。


機体に思いをはせていると、徐々にバルーンが膨らんで張っていく。

……バルーン自体は問題なさそう。横風がちょっと気になるが、今の強さだったら問題は無し。上空は……上がってみないと分からんか。

風向き確認は前後左右に付けた小型の吹き流しで行えるようにしてみたけど、不十分かもしれない。バルーン上部にもつけて魔術師の目ウィザード・アイ辺りで確認できるようにすべきか。後でもう少し設計を見直そう。


「内部温度問題ありません。空気漏れも確認されていません。出力を高めれば浮遊状態まで持って行けそうですが、始めますか?」


「うん。お願い」


今回試験飛行を行うのは俺と何人かの亡者たち。運転は冒険野郎こと新しいおもちゃをもらってウキウキのタラゼドさんだ。そのほか、アルタイルさんと警戒用の斥候が2名である。


飛行船に乗り込み助手席に座る。

内部は運転席と助手席に1名づつ、後ろは簡素な2人掛けのソファーを計6個置いてあり、真ん中を通路とした。通路幅が80センチしか取れなかったのでちょっと狭いが致し方ない。

搭乗部のフレームは浮遊のかかった魔鉄、そこに木の板で床や壁、天井を作り、エンチャントで防水、断熱を行ったバルーンと同じ素材の布を張ってある。搭乗部は密閉式じゃ無いので、余り高度を上げると断熱効果があってもおそらく寒い。上の気球部からは常に熱風が出ている形になると思うが、内部温度のつり合いがどうなるかも要検証だ。


窓は強化した石英ガラスで作られており、360度見回すことが出来る。運転席からならサイドミラーも完備。床には船底に出られる穴が開いていて、そこから顔を出せば飛行中に真下を見ることも可能。格子状の隙間から腕くらい抜けるから、魔術ぐらいなら打てるが……きっと寒い。

空中戦はビット頼みだな。


シートベルトを締めれば、準備完了。今回、俺の役目は墜落しそうな場合にフレームに仕込んだ浮遊を発動させることと、バルーンなど収納可能なものを取り込むことくらい。後はタラゼドさんにお任せだ。


『それでは皆様お待たせいたしました。これより気球式飛行船・試作機一号の試験飛行を行いたいと思います。離陸時には危険を伴いますので、案内に従いまして安全な場所よりご見学ください』


関係者には念話チャットで呼びかける。これでこちらが把握している全員に伝わったはず。

後はバーバラさんから離陸OKの合図が出るのを待つ。


『周囲、安全確認取れました』


『風向き良し。バルーン内加熱を1段階上昇、重石をパージするぜ』


レバー操作で脚部に着いた走行用の無限軌道が外れると、機体が上に向かってふわりと上昇を始める。

よし、人が乗っても浮遊OKだ。気球部の大きさ的に出力は問題ない計算だったが、強度も大丈夫の様子。これは付与魔術様様だな。


『係留ロープ伸びきりました!』


『係留ロープ、パージするぜ!』


搭乗部の四隅に取り付けられた係留ロープの爪が外れ、飛行船は一気に浮上を始める。


「やった!成功か!」


上昇速度は思った以上に早い。周囲の木々は十数秒で目の高さになり、すぐに眼下へと流れていく。


『浮上確認しました。少し流されてますが大丈夫ですか?』


『こちら操舵、問題ない!浮遊モードから飛行状態に移行する』


上昇と共に風で煽られて若干機体が揺れるが、今日はそこまで強風じゃないから助かった。

タラゼドさんが回線をつなぐと、左右と尾翼のプロペラが回転を始め、船体がゆっくり、だが確実に石を持って一定の方向に進み始める。


さあ、遊覧飛行の始まりだ。


---------------------------------------------------------------------------------------------

現在2話公開、スピンオフ側もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る