第254話 陽刀・石斬り と 陰刀・霞斬り

春祭りが終わって数日、2月の半ばになった所で、ゲンジュウロウさんのところで仕上げていた俺の太刀が仕上がったと連絡がきた。


「予定よりかかっちまてすまねえな」


「いえいえ。ありがとうございました」


鍛冶師ギルドの設備や、委託している錬金術師のスケジュール合わせで日程がずれたものの、こちらの手はほぼかかっていない。飛行船の開発も丁度テスト飛行の準備にこぎつけた所だし、タイミング的に問題はない。

アーニャも無事に戻ってきて、今はアラタさんの所で剣に魔力を注ぐ作業に没頭している。


「さて、それじゃあ太刀について説明するぞ」


いつもの応接スペース。目の前に置かれたのは二振りの太刀。

長さは全長で120センチをちょっと超えるくらいだろうか。両刀とも似た意匠ではあるが、漆塗りの黒光りする鞘に、片方は金の細工、もう片方は銀の細工が施されている。鞘も柄も同じであり、似た太刀ではある物の、別の意図が込められているのがうかがえる。


「基本的なスペックはどちらも変わらない。ステータス参照値だがSTR400。さらに耐久力を上げるためにVITを参照している。生半可な武器破壊スキルじゃ傷一つつかない」


「それはありがたいですね」


前の剣が折れた原因だし、互いに武器を打ち合わせるとどうしても負荷が大きくなる。


「それから、お前さんのINTに応じていくつかの効果が得られるように加工されている。両方ともに込められているのは衝撃変換。刃や刀身が破損するような負荷がかかった場合、その力を火花として散らしてダメージを防ぐ。完璧じゃねぇが、今のお前さんじゃこれを折るのは不可能だと思うぜ」


2次職、3次職の武器としては定番の効果。前の剣は付けられなかったが、今は模擬専用の武器にもついているやつだ。これがあると、いざという時に武器の心配をする必要が無くなる。


「鞘もデザインは違うが能力は共通。こちらにも希望通りのステータス参照強化が入ってる。刀身ほどでは無いが、今のステータスなら鞘に突っ込んだまま殴っても金棒くらいの効果はある。うっかり握りつぶす、なんてことも無いはずだ」


「助かります」


これまで鞘は単なる木の板だったからな。基本的に収納空間インベントリ使っていたが、これで腰に下げるなり担ぐなりして、MPのリミットを避けられる。


「さて、次に2つの違いだ。金の意匠の太刀、めいを陽刀・石斬り。お前さんの意志のままに、斬りたいものだけを斬ることに特化した太刀だ。切れ味は込めた魔力によって上がり、鉄を切り割く事すら出来るだろう。そして上手く使いこなせば敵の武器防具だけを切り捨て、人の身は切らないと言った芸当も可能になる」


「……対人も想定した武器ですね」


「相手さんが魔物だけじゃないって聞いたからな。扱いは難しくなるが、意のままに操れる武器ってのは、ただ切れ味が増すより強くなる。どこまで伸びるかは俺にもわからん。使いこなして見せろ」


「……やってみます」


「よし。もう一方は、銀の意匠の太刀はめいを陰刀・霞斬り。こちらは魔術、魔力を斬ることに特化した太刀だ。魔術で言うなら、込めた魔力とINTを参照して、対魔魔術『雲散霧消』のような効果を刃にまとわせることが出来る。魔弾マナ・バレットのような魔術、それにお前さんが使う人形操作ドール・マニュピレイトの発動中に伸びる、対象との魔素回線なんかも切り捨てることが可能……なはずだ。何分初めて付けた効果なんで、そのほどは判らねぇ」


「……俺も聞いたこと無い効果ですね」


対魔属性の魔術を武器に乗せるという発想自体はあるが、上級魔術である雲散霧消を乗せたという話は聞かない。この術は魔術によって発生させた物理エネルギーも打ち消すことが出来る。

例えば石弾ストーン・バレットのように質量物を打ち出す魔術は、魔術無効化ディスペルで打ち消しても速度が乗った礫が止まるわけでは無い。けれど雲散霧消はそれが止まる。初心者ノービスのスキル『投石』などで取り寄せた石は消える。そう言う理不尽な魔術なのだ。


「素材の準備やってくれた錬金術師が持ってきた。そいつも修業時代に異国で教わった物らしい。魔力の密度が良く、全部お前さん特化にしていいって条件だったから形に出来たと言っていた」


……集合知にもちゃんとした情報が無い。


「すごいですね。一度お会いしてみたいのですが、可能ですか?」


「お前さんが作ってる空飛ぶ船のお披露目会には来るんじゃねぇか? 錬金術師協同組合の会長だからな」


おっと……思いのほか大物だった。素材の準備そんな人に頼んだのか。


「料金、足りてます?」


「問題ねぇ」


普通は金積んでも引き受けてもらえないと思うんだが……よし、気にしない事にしよう。


「効果に関しては未知数だが、その効果が無くったって太刀としての性能が曇るもんじゃねぇ。試してみてくれ」


「わかりました。使ってみます」


魔術を斬る太刀、霞斬りか。俺一人で試すのは難しそうだし、帰ったらアーニャに見てもらいつつ、タリアの力を借りよう。


「あ、それから伝言だ。塗料は乗らないとさ。何のことかわからんが、そう言えばわかると言われた。大丈夫か」


「……わかりました」


ボラケ出発前に会うべき人が増えたな。魔導銀ミスリル塗料を使った永続付与の知識の出所、もしかしたらその会長の系列かもしれん。


試し切りをする為、中庭に出て一刀づつ太刀を振るう。

重さ、握りは問題ない。試しで振った時より、さらに良くなってる気がする。石斬り、霞斬り共に剣としれのレベルが高い。前の剣はステータス参照にプラスエンチャントで強化していたが、この二振りはエンチャント無しでも十分な性能がある気がする。


「とりあえず、そいつを切ってみな。丸太に藁を撒いてある」


……普通、巻き藁は藁の塊なんだけどな。こいつは芯の入った丸太に藁束を巻き付けてある。打撃の練習としても雑だろ。


「この太さ、いけますか?」


普通に丸太は二の腕より太い。鉈じゃ無理、斧で何回も切り込みを入れて伐採するサイズな気がするが。


「お前さんの腕が確かなら大丈夫だ」


……腕はあんまり信じられないが、やってみるしかないか。

石斬りを構えて魔力を通す。……体内で行っている魔力循環を剣先まで広げるイメージ。それでステータスが参照され、刀に込められた効果が発揮される。

……魔力を通すのが楽だ。慣れれば意識しなくても出来るようになるだろう。


「……はっ!」


気合を込めて、型通りの横凪。特に衝撃を感じることも無く、太刀は振り抜けた。


「……?」


「うむ。見事な出来だ」


……空ぶったわけでは無いよな。

近づいて巻き藁を見ると、目線の高さくらいの所に一筋線が入っている。上側を掴むと、ちょうどその部分が切れ目となって持ち上がった。

……こわっ!豆腐より抵抗感じないぞ。切った面は研磨されたかのようで、触っても引っかかりを感じない。


「……頼んでおいてなんですが、やばい切れ味ですね」


ディアボロスを切った七十ニ重ねの切れ味強化シャープネス・アップの切れ味を余裕で超える。


「伊達に石斬りなんて名を付けてない。ロックゴーレムの類だって、バターのように切り捨てられるだろうさ」


知識では知っていたが、腕の良い刀匠にオーダーメイドで作ってもらうとここまでの性能になるのか。

これは情報として知っていても、使ってみなきゃ実感がわかない類のものだな。


「霞斬りも試して大丈夫ですか?」


「ああ、同じように振ってみろ」


石斬りを鞘に戻し、霞斬りを構えて魔力を通す。……なんだろう。こっちのほうが若干通した魔力に広がりを感じる。これが効果の差か?


「……せいっ!」


同じように横凪。……特に違和感なく降りぬけた。

……?…………??いやいやいや。

巻き藁を見ると、先ほどまでと同じように横に一本線が入っている。当然、そこで分割された。


「……ててい、てい」


横凪から、すくい上げ、そして袈裟切りへ。巻き藁が動く気配はない。

指でつつくとずるりとずれて地面に落ちた。断面は石斬りで切った時と同じようにツルツルだ。


「……霞斬りと石斬りの差が分からないんですけど」


「そりゃ、おまえ石斬りの方の能力を引き出し切れてないんだろうさ」


「この切れ味でですか?」


「うちの刀なら丸太を横に斬るくらいは出来る。今回はかなり調整してるし、驚きゃしねぇよ。後はお前さん次第だ」


それにしたって切れ味良すぎだろ。

石斬りで切らない様に意志を込めて振るってみると、丸太に食い込まないくらいで止まった。霞斬りは全く意に介さず振り抜けた。

……霞斬りはとてもじゃ無いが人には向けられないな。石斬りがとてもありがたい。


「あとは、小柄も同じ素材で作られている。そっちは塗料が乗るそうだが……エンチャントの事か?」


「ええ。エンチャントを永続的に付与するための魔導銀ミスリル塗料の事ですね」


小柄は長さ15センチ程度の小刀。

鞘に付属させてあり、生活道具として使うほか、侍は投擲武器として利用することもある。

こちらは自分でアレンジしろという事らしい。


「せっかくだから、今度材料をお見せしますよ。工房に錬金術師が居るなら、付与魔術師エンチャンターが育てばいろいろできるようになりますよ」


アーニャの武器を仕上げるのにあと数日かかるから、その時に簡単に教えておこう。

広めてもらえばボラケの武器の品質がさらに上がって、冒険者が楽になるかもしれない。


「いいのか?」


「太刀の性能と払った金額が見合ってない気がするので。それに、売れる製品は商会の方で抑えてますから、技法自体は広まってもらっても問題ないです」


「ヒノの所にも結構な技術を流してるだろ。この年でまた面白い物に触れるのはうれしいが、こっちがもらい過ぎている気がして申し訳ねぇんだよ」


「いえいえ、俺はあくまで冒険者なので、物作りは二の次です。勝手に作って勝手に反映してくれるとありがたいんですよ。あ、気になるなら錬金術師協同組合の会長に渡りをつけてくれるとありがたいです。飛行船の試験飛行で会えるかもしれませんが、ちゃんとお会いしてお話をしたいので」


「ああ、わかった。伝えておく」


これで飛行船が出来れば、次はペローマのダンジョンだ。

……正直この性能なら行く必要あるのか?という気もするが……それはゲンジュウロウさんとの約束だからな。

ダンジョンは試し斬りにもよさそうだし、飛行船の仕上げを頑張ろう。


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昨日2話目を公開したスピンオフ側もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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