第252話 茶屋の余談と侵入者

サーチに反応して家の周りにいた不審者が離れて行ったので、しばらく時間を潰してからアルタイルさんを残して家を出る。

借家は居住区と工業区の狭間辺りにあるので、工業区側をしばらくぶらついた後、商業区画前行って店に入る。

ここはこの間の春祭りのあと目を付けた団子屋だ。昼前から夕方にかけて、軽食として団子や茶を出しているらしい。


「餡団子ともろみ団子一つづつ。それに煎茶をお願い」


「某はそれにおろし団子も所望するである」


「は~い!ご注文承りました~」


ウェイトレスのお嬢さんが元気よく注文を取っていくと、すぐに頼んだ団子と茶がやって来る。

はやいな。ある程度は準備済みなのだろう。


「こないだ春祭りで食べた蜜団子が、故郷の味に近くて良かったんですよね」


「ワタル殿の言う謎に国であるな」


謎に国じゃねぇよ。


「やはりこの辺りの出身ではないのであるか?」


「文化的に似てるところがあるのは確かですけど違いますよ。真偽官に誓ってもいいですよ」


「別にそこまで言わなくても良いのである。詮索は無用。……それに春祭りなら団子よりもタリア殿とどうだったであるか?」


「ふほっ!?」


いきなり脈絡も無くなに聞いてくんだ!


「その様に驚かなくてもよいであろう。長く一緒に居れば男女の仲になるのも不思議なことではござらさん」


「俺とタリアはそういう関係じゃありませんよ」


「ならば本命はバーバラ殿か?」


「違いますっ!」


「命のかかった商売故、複数人との関係を持つのが悪いとは言わぬが、余り羽目を外すと後で大変であるぞ?」


「ちげえっつってんだろうが」


この侍は俺をなんだと思ってんだ。


「二人ともそう言う関係じゃありませんよ。もちろん、アーニャもです」


「それはそれで難儀なのである」


難儀と言われてもね。


「タリア殿は判りやすいであるし、バーバラ殿もまず間違いないのであるから、さっさと気持ちに応えてあげるのが男と言う者であろう?」


「言っちゃいます、そういう事」


「正直に言うと、某たまに殺気を感じるので落ち着かないである」


「武士が保身とは情けない」


「惚れた腫れたで刃傷沙汰に巻き込まれるのは武士とて御免こうむる」


「そんな事には成りませんよ」


「さんざん絡まれていてよくも言えるのである」


タリアの絡み酒がだんだんひどくなっているのは確かに事実だ。

まぁ、なだめすかして機嫌を取るのは致し方ない。コゴロウをちょうどいい防波堤にしているのも事実である。


「正直なところ、答えてやらぬのか不思議なのであるが……某には相思相愛にみえるのであるが、なぜであるか?」


「……渇望者たちクレヴィンガーズだからですかね」


込み入った話になりそうだと、こっそり周囲に小音化をかけてからそう答えた。


「それはパーティー名であろう?」


「満たされたらね、ダメなんですよ」


この世界に来てもう半年は経ったかな。毎日毎日、新しい事の積み重ねで、日本に居た時の平凡な日常の記憶は薄れつつある。

生活環境は改善できる。相変わらず娯楽は少ないけれど、飯は労力をかけてそれなりに旨いものが食えるようになった。風呂は無いが、準備しようとすれば形に出来る。

不評だったが腰かけ式の便器に温水洗浄機もつけてみた。全員不評だったが、俺以外に使ってるやつが居る事も知ってる。しかもそれなりの頻度で。


そんな感じで、自分の努力ので生活は改善出来ている。商会の稼ぎを考えれば、不自由なく暮らすのに、さしたる労力はもういらないだろう。それは渇きを潤すことに他ならない。それではだめなのだ。


「コゴロウがパーティーに入った時に話だでしょう。俺の目的は、魔王を倒して故郷に帰る事だと」


「確かに聞いたであるが……それとこれとは別では?」


「そこが根本的な勘違いですよ。俺が故郷に帰る前提条件は、魔王を倒す、なんです」


「……?どういう事であるか?」


「最低でも魔王を倒さないと故郷に帰る糸口すらつかめない。帰り方が分からないと言っても良いですかね。アーニャが弟を取り返そうとしているように、タリアが家族を探しているのは認識していますよね」


「うむ。概ね事象はきかせてもらったから、理解しているつもりである。タリア殿の目的はだいぶハードルが高いと思うが」


「俺が故郷に帰るためには、魔王を倒す必要があります。それが天啓です。……生半可な覚悟で、出来ると思います」


「……ぬぅ。また難儀な」


「満たされるは諦めると同義です。足踏みは許されません。走り続けなきゃ、後はなさなかった後悔の海に沈むだけです。もし、俺が誰かの気持ちに応えたら、それで満たされてしまったら、その瞬間、それが応えてしまった事への後悔に成りかねません」


それはあまりにもひどい話だろう。


「それに、俺の故郷へ帰ったらまたこれるかもわかりません」


「どういう事であるか?」


「わかりやすく例えるなら、俺は魔術的な転送でクロノスに放り出されました。東大陸も西大陸も、中央や南のどの国も聞いたことはありません。俺の国を知ってる人もいません。そんな状況です。帰るは、片道の可能性が高いんですよ」


「……それも天啓であるか」


「ほぼですね。帰るのが片道なのだけ、俺の推測です」


そもそも帰れるかもよくわからん。この件について、天啓はだんまりだ。


「ぶっちゃけ、誰かとそう言う関係になって子供でもできたら、帰らないか妻子を捨てるかに2択になる可能性が高いです」


基本的にはお付き合いイコール婚約って感じだし、こちらの常識に合わせるとそうなる。


「魔王を倒してもし依然と同じように強制的に転送されたら、選ぶことも無くさよならバイバイですよ。自分の都合のいい所で、選ぶチャンスがあるとは限りません。だから一番後悔しない選択をしているだけです」


「……なかなかに想像が難しいのである。……だが、魔王に挑むなら尚のこと、生きて戻れぬ可能背もあろう。ワタル殿が大丈夫でも、他の物がそうと言う保証もない。それは理解しているのであろう?」


「誰かが死ぬようなら、死人を生き返らせるタスクが俺の目的に積まれるだけです」


ちなみに死者蘇生は今もゆるっとタスクに積まれている。亡者の中の何人かは、生き返る方法が無いか探す、と言う条件で俺に従っているからだ。

俺が死んだら、残された皆が困らない程度に準備はしている。後は判らねぇ。俺は一度死んだらしいが、二度目がどうなるかなんて考えたくもない。


「タリア殿は理解しているのであるか?」


「同じような事をずいぶん話しましたよ。理解はしているけど、それはそれ、だそうです」


「……互いにそこまで腹をくくられているのでは、かける言葉が無いのである」


「まあ、先の事はどうなるか判りませんけどね」


後で後悔する選択肢は取れないのだから、今悩むのは不毛だ。

最後の団子を口に運んで、ズズッと茶を啜る。思いがけずまじめな話をしてしまった。連絡が無いけど家の方は大丈夫だろうか。


『……先ほどから怪しい動きをしている反応が有りますね。不自然に魔術師の目ウィザード・アイの範囲に入りません』


念話チャットでアルタイルさんに確認すると、不審者らしき反応は戻ってきているようだった。


『仕掛けてくるかもしれぬな』


『なら、もう少し時間潰しますか』


『仲間が聞き耳を立てているかもしれないのである。冒険者ギルドに行くていを装うので、どうするかワタル殿から聞いてくだされ』


『了解』


小音化を解いて、話を振る。

コゴロウの声は良く通る。俺じゃ生命探査ライフ・サーチの反応を見ても、怪しい動きをしているかは分からないので、この辺はベテラン二人に任せることにしよう。


店を出て家と反対方向に向かって進む。コゴロウはふらふらと通りの店を見ながら、ギルドに向けて進む。ギルドは頑張っても家が死霊術のスキルの範囲から外れてしまうから、アルタイルさんを残したままあまり外れることは出来ないのだけど……。


『……動いた!裏口側に二人、入り口に一人だ!……勝手口から土間に入ったぞ』


『了解。戻ります。コゴロウ、先に!』


『任せるのである』


影渡しシャドウ・デリヴァーでコゴロウを転送。即座に影渡りシャドウ・トリップで追いかける。


「観念するのである!」


「なっ!?」


土間に居たのは町人風の特徴の無い服装の男二人。

現れた瞬間、コゴロウが切りかかっている。あ、二人とも殴り倒し終えた。

……1秒ちょっと差で手を出す暇もない。峰打ちだと思うが生きてるかな。うめいているから生きてるか。


「表の見張りも捕らえました」


変成トランスミュートを使って、鉄の枷で侵入者を簀巻きにしている間にアルタイルさんが外の不審者を捕らえてきた。こっちも早い。

高速移動系ワープスキルで飛んで、雷撃弾サンダー・バレットで動きを止めた上、眠りの雲スリープ・クラウドで眠らせたらしい。


さて、不届き物の侵入者はどこのどなただろうか。


---------------------------------------------------------------------------------------------

不定期更新ですが、スピンオフ側もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る