第249話 春祭りを二人で
この世界には2度の新年がある。
一つは1000年前に神の啓示が行われたのち、国によってバラバラだった暦を統一するために作られた、冬至を起点とした暦上の物。
もう一つは農業を始める起点となる、春を迎える日。比較的南方にあるボラケ皇国では、それは立春に当り、同時に春祭りとして盛大に祝われる。
「結構人が出てるなぁ」
祭りの当日。
飾り付けがされえた通りには朝から通りには屋台や露店が並び、書き入れ時に商売をする商人たちと、年に一度の祭りを楽しむ人々でごった返している。
冬至の新年は自宅でゆっくり迎える人が多いが、春祭りは首都まで繰り出してくる人も多いらしい。各国の首都の祭りは長く、ボラケでも三日間ほど続くそうだ。
「いろんな店が出てるわね。目移りしちゃうわ」
初日に当たる今日、俺はタリアと二人で朝から物見遊山に繰り出していた。
この間バーバラさんと二人で飲みに行った埋め合わせである。
「あの仮面みたいなのは?」
「あれは縁起物、邪気払いの面だね。人がつけるんじゃなくて、水場とか厠とかに飾って、病除けを願うんだよ」
病は水場から、という事らしい。
神様が職業システムを作って1000年ほど。
「そっちの露店に出てる風鈴、あそこの鏑矢なんかもそのたぐいのものだよ。行ってしまえば迷信だけど、皆わかってて文化として残している」
こう言うのは心持の問題なのだろう。
魔物に対して神様は確かに直接的な力をくれたけど、すべての禍が消えたわけじゃ無い。不慮の事故などは日常的に起こる。悪いことが起きませんように、平穏無事に過ごせますようにと祈るのは、人の本質の一つなのかもしれない。
……神様がちょいちょい天啓をくれる世界で祈る対象は何なのだろう、というのは謎だが。
どうもそこまで深く考えていないっぽいんだよね。日本の正月と同じく、だいぶ商業化してる気配がある。
「ああ、私の村にもあったわね」
「どんな風習だったの?」
「モミの小枝や柊枝を、蔦で編んで丸い輪っかにするの。それをお酒で清めて、1年間入り口に掛けるのよ。家の扉に掛ける小さなものと、村の出入り口に掛ける大きなものがあって、小さい方は私も手伝ったことが有るわ」
「へぇ、面白いね」
クリスマスリースみたいな感じっぽいけど、酒で清めるのと合わさるのはだいぶ珍しい。
どちらか片方なら今でも残っているが、二つを合わせた物は集合知に無い。諸行無常か。
ボホールに拠点を作るなら、村の風習として復活させてもいいかもしれないな。
「それにしても屋台が多いわね。その割にお酒が無いわ」
「酒は税金が違うから。何か食べる?」
「興味はあるんだけど、多分ワタルが作ったレシピの方がおいしいから悩ましいのよね。甘味とか特によ。麦芽糖で満足できる身体じゃなくなってしまったわ。ヨヨヨ」
ヨヨヨ、じゃねぇよ。
まあ、屋台の水あめで満足できないのは俺も同じ。ボラケの甘味は他に黒糖もあるが、精製が良くないから食べるにしても一度錬金術で作り直したいし……。
そう思っていると、一つの屋台からあまじょっぱい、香ばしい匂いが漂ってくる。
これは……。
タリアに目配せして、屋台へ向かう。
「おっちゃん、そっちの透明な液のかかったの2本くれ」
売っていたのは、透明度の高い茶色い液の掛かった団子。
俺の想像が正しければ……。
「あら、不思議な味ね。あまくてしょっぱい……でも美味しいわね」
間違いない。みたらし団子だ。
しかも……醤油が……うまい。
「タリア食べる?じゃあ、もう2つ」
「あいよ!」
団子を受け取って、しばらくその場で様子を見る。
……ふむ、ぼつぼつお客はいるし、食べた客の中には追加で複数買っていく人もいるがが、すごく繁盛している感じでもないな。
砂糖を使ってるせいか、価格がちょっと高めなのが原因か。
「おっちゃん、これこの国の醤油じゃないよな?」
凄く忙しいわけでもなさそうだし、話しかけても邪魔にはならんだろう。
「ん、なんだ兄ちゃん、醤油が違うのに気づくとは舌が肥えてんな」
「ああ、昔食べた味にすごく似ててね。どっかで買えないか?」
「ん~……買るっちゃ買えるが」
「教えてもらえないか?情報量は払うからさ」
この醤油はおそらく日本の、今普及して居る醤油にとても近い。
ぜひ欲しい。微妙に違う味噌とか醤油とかに悩まされる日々から解消されるかもしれん。
「別に構わねぇよ。シホウ商会に相談すれば売ってもらえると思うぜ。シャストアから仕入れたらしいんだが、売れなくて在庫が余ってるそうだ。俺も知り合いのよしみで買っただけだしな」
シホウ商会……ボラケで食料品、生活必需品などの商いを行う、小さな商会だな。集合知に情報があるって事は、それなりに続いているようだ。
仕入れ先のシャストア皇国、東群島でもほぼ最北じゃないか。やっぱり寒い地方だったか。
「じゃあ、みたらし団子を売るのは初めてなのか」
運がいい。
「うん?普段はここの醤油で作るんだぜ。ちぃと風味が違うが、触感が悪くないから並べてみたが、お前さんの口にあったなら作ったかいがあるってもんだ」
ボラケをはじめ、この辺の醤油と呼ばれる物体は醪醤油と言うか、そのまま醪と言うか、そんな感じなのだ。今も醤油団子の上には醪が乗せられて焼かれている。
「なるほどね。ありがとう。持って帰るから、20本ほど包んでくれ」
「そんなに気に入ったか。おうよ、待ってな」
みたらし団子を20本。笹包みにしてもらって受け取る。
これで
「いい話を聞いた。後で商人ギルドに行こう」
「ワタルが興味を持つって事は、故郷の食材に近いのね」
「うん。今までよりはかなり好みの物に近い。さすがに買い付けには行けないから、商会に残っていることに期待だな」
こいつは思いがけない収穫だった。
その後もタリアと二人、のっびり祭りを回る。吟遊詩人や大道芸人も出ていて、それなりに見どころが多い。
子供を連れたソウエン夫妻――アラタさんのほうね――に有ったり、タリアの冒険者ギルドでの知り合いに会ったりもした。
その流れで、実はタリアが数人から春祭りに誘われて袖にした話を聞いたのだが……まぁ、あれだ。コメントしたら負けだ。
大体、そう言う話ならバーバラさんにも来ていたことを知っている。彼女もそれはもうバッサリ切っていた。
……俺のところに来るのはマジックアイテムの納品催促ばかりだ。何だろうね。
「あそこはダンス会場?」
やぐらの上では楽師たちが楽器を奏で、その下では若い男女がゆっくりと踊っている。
「……曲に合わてぐるっと一周回ると、1年を意味するんだってさ。二人で踊ってるのは、また一年共に在れます様に、と言う願掛けらしい」
ずいぶん意味合いが直接的なだなぁ。
踊っているのはカップルか夫婦……子供が混じった家族が居るのか。男同士でやってるのは冒険者かな?仲間らしき一団からヤジが飛んでいる。
「それじゃあ、私たちも行きましょうか」
「……踊り方なんて知らんよ?」
「私も知らないけど、ワタルは調べればわかるでしょう?」
「……まぁ、そっすね。それじゃあ、お姫様をエスコートさせていただきますか」
「うむ。善きにはからえ~」
社交ダンスと盆踊りを混ぜたような不思議な踊りを、二人でゆっくりと踊る。
これから先の一年、俺たちがどうなってるかは分からないけど、たまにはこうしてのんびり過ごすのもいいものだ。
そして出来ることなら、みんなの願いに手が届きますように。
---------------------------------------------------------------------------------------------
□雑記
スピンオフ始めました。
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212
ボラケ皇国を舞台に、冒険者ランクを上げるためアーニャが奮闘します。
こちらも応援よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます