第245話 頂を見上げて思う者

「ワタルさんからお誘いいただけるなんで、どういう風の吹き回しでしょう?」


「まぁ、たまにはね」


カサク商業地区にある料亭。

ヒノ工房での一仕事――商談を終え、バーバラさんの上りを待って予約してもらった店を訪ねた。商人たちの会合にも使われる座敷を、ゲンナイさんが紹介してくれたのだ。


「たまには落ち着いた店もいいでしょ」


普段はギルドの食堂か、たまに大衆居酒屋を使うぐらい。

クロノスでも東群島でも外食文化はまだ発展途上で、店の数も種類も少ない。この店は今日のような飛び入りにも対応しつつ、個室で商談にも使えるという商人たちのかゆい所を抑えた店らしい。


「料理はお任せだから、お酒だけを注文するんだとさ」


珍しく個別のお品書きがある。飲み物だけだが、ちょっと懐かしい。

普段は壁掛けのメニューボードがあればいい方。鳥か豚か?くらいしか聞いて来ない所もある。


「なるほど。……私はお勧めの薄濁りをいただきます」


「俺は果実酒の水割りにします」


注文をすればすぐに前菜と合わせて酒を準備してくれる。なるほど……ボトル提供なんだな。

別々の物を頼んだのに、グラスはそれぞれ二つづつ準備されているのはサービスが良いのか。それとも2種類頼むのは珍しいのかな。

……あまり作法が分からん。


「いただこうか」


「……はい」


グラスを併せて乾杯。この文化は地球でもこの世界でも変わらない。

何処から生まれた文化なんだろうな。宴とノリか?


「……ワタルさんは器用ですよね」


「ん?……ああ、箸か。俺の母国は箸文化だからね」


東群島の一部や、リャノ、クーロン本島は箸文化だ。出所は良く分かって居ない。

クーロンには麵文化があるから、その辺りが発祥かも知れない。


ちなみにクロノスはナイフとフォークにスプーン。これはクロノス文化がザースからの流民を起源にしているからっぽい。

ザースやニンサルは中央や西大陸の影響を受けていて、この辺の文化圏が地球の西洋文化に近いようだ。

転職システム導入から1000年でだいぶ混ざっていて、余り発祥とか考えるのは意味がなさそうだけど。


「座敷にもすぐ慣れましたよね。私はまだ慣れません」


「辛かったら足は崩して座りなよ。どうせテーブルで見えやしないし」


バーバラさんは騎士見習いだっただけあって姿勢が良い。


「……検討しておきます」


……まぁ、酔って発狂するのはタリアの仕事感がある。あいつは絡み酒だからな。


「前菜、おしゃれですね」


「ああ、普段あんまり縁がない感じだけど、こういうのもいいよね」


やっこ、甘露煮、からし菜、小魚の佃煮、それに卵蒲鉾……これは伊達巻だな。

一つ一つは小さいが、彩の良い小鉢に盛られており、こっちに来てから食べた中では最も文化的かも知れん。

ゲンナイさんの話だと、ここは紹介は必須らしい。落ち着き過ぎていて落ち着かないから、めったに使わないと言っていた。


「それにしても、ワタルさんから誘われるとは思っていませんでした。またどうして?」


「うん?……ん~……どっちかと言うと、またどうした?と聞くために誘ったんだけど」


「……………………」


「扇風機を見た時も、今日の気球を見た時も、思うところがったみたいだからさ。吐き出す先は必要だろう?」


「……そうですね」


一緒に作業することも多いものの、バーバラさんはまだ何かため込んでる感じがある。


「ワタルさんは器用ですよね。箸もそうですが……最初にお会いした時はクロノスの生まれかと思っていたんですが、明らかに違いますよね」


「うん。ってか、生まれの話は何度かしたじゃん」


「はじめは世迷い事かと思ってました」


「ははは、ひでぇ」


まあ、真偽官でもないしな。人の流動が盛んだと言っても、それは基本的に徒歩でのレベルなのだ。

特にクロノスの首都のように自国の奥、国境から離れた地域ではそうそう外国人に会う事もない。


「すいません。でも魔王を倒さないと帰れない国とか言われてましても」


「まあ、そうだね」


バーバラさんに魔王を倒すという話をしたのはいつだっけかな。


「扇風機に、気球でしたか。素晴らしい物だと思いました。それと同時に、若干の恐ろしさも。でももっと見てみたいという気持ちもあります。そして何より、アレを簡単に思いついて作れるワタルさんに……なんでしょうね。羨望か、それとも畏怖か。自分でもよく分かりません」


「簡単にでは無いんだけどね。俺は人より少し物を知ってるだけだよ?」


「私には簡単そうに見えました。賢者の弟子と伺っていましたが、炎の賢者の功績は基本的に戦果、最近は時々弟子の育成も聞こえておりましたが、それくらいです。こと物作りについては、逸話はきいたことが有りません」


……まあ、そらぁねぇ。勝手に名前を借りてるだけだし。

売った恩が大きいから許してくれるだろうと、全部投げてるからな。ニンサルで追われたらしいし、そのうちガチギレされるかもしれん。


「私にはあの発想はありません。扇風機はいまだに原理が分かりません。気球は、熱と気体の可視化でなんとなく変化は分かりましたが、気体知識の情報と照らし合わせてもいまいち実感がわきません」


「まあ、その辺は慣れよね」


レベルアップで手に入る知識系の情報は、物質の特性や人への効能などがメイン。

加熱した時の気体の変化も情報としてあるにはあるが、あくまで膨張と密度変化の情報であって、それで浮力が得られることは気づきもしないだろう。


「メルカバ―に興味を持って、機械いじりを始めて、それからあれを見て、バーバラさんのやりたい事は見つかった?」


「……わかりません。新しいものがどんどん生まれていて……でも、もっといろいろな事を知りたいとは思いました。そう言う意味では、ワタルさんのあの発想がどこから来ているのか、そこに一番興味がありますね」


「俺のは不正みたないものだからなぁ。そこを気にすると、足が止まるよ」


「上を見て昇らなければ頂上には行けません」


「……頂上に行きたいの?」


「……言葉の綾ですよ」


……そうは思えないけどね。

バーバラさんはかなり熱心にモノづくりに取り組んでいる。

メルカバ―のパーツだって、俺が最初に作った物を改良して、最近はかなり品質の高いパーツに挿げ替えられている。

ステータスだけじゃない。とりあえず形になればいいだけの俺と違って、彼女は常に一級品を、今より良い物を求めて物を作る。それは使う物を作る以外に、目指すところがあるからだ。


「……タリア達から、俺の出身について聞いてる?」


「アーニャと話しているのを小耳に挟んだことは有りますが、知らない国でした。東大陸の国では無いと思っていますが……」


凄い気を使って隠してるわけじゃ無いんだけどな。

タリアもアーニャもそれなりに説明にてこずったし、そんなもんか。

……話しちゃってもいいかなぁ。ここまで色々作ったら、きっと王国の方では宰相殿が発狂するだろうし。


「俺の作る物の知識は、おおむね自分の国の知識をもとにしてるんよ」


「ワタルさんの国ですか?中央にも西にも……ドワーフの生まれ故郷である南で、ワタルさんが作った機械があるとは思えないんですが」


「俺は異世界人なんだ」


「……?」


そう聞いてバーバラさんは首を傾げた。ああ、やっぱり理解されていない。


ニュアンス的に、異世界を表す言語が無いんだよな。

神々の住む世界や、死後の世界と言う意味で『異界』に相当する概念は有るんだけど、自分たちと同じような人類が住むここではない世界、と言う概念がそもそもない。


「ん~……山の向うでも、海の向こうでもない。渡り鳥もたどり着けない、空間が繋がっていない国。そこが俺の出身地」


ぶっちゃけ概念が無いと説明のしようが無い。

『神が遣わした勇者』の存在は教会が秘匿していて、ほとんどの人が知らない。だからそう言う概念も無く、空想される事すらない。


「そこにはこことクロノスを時間ずれなく繋ぐ通話機械だったり、王都とここを数時間で行き来き出来る空飛ぶ機械だったりがある」


「……神の国の話をされていますか?」


「そう思うよね。でも違う。同じ人類の国。ってか、人間の国かな。そもそも、俺は神様の何かには見えんでしょう」


「……まぁ……いえ、どうでしょう。神秘的と言うのは難しいですが、やっている事は神がかり的だと思いますよ」


「どうせなら神秘的の方が欲しいねぇ。まぁ、そこにはコンロのような機械も、冷蔵庫のような機械もある。もちろん、あの扇風機もね。あ、俺が教えてタリアが作ってる料理も、俺の国の料理だよ。うちの国だと、ほとんどの人が読み書きができるし、足し算引き算だけじゃなく一桁掛け算の暗算や割り算も一般教養の範囲。そんな世界かな」


「想像が付きません。絵空事のように聞こえます」


「絵空事ではないかな。俺が王都の孤児院でやってた勉強会が普及して、研究者たちがやってるような農学とか機械学とかを学べるところが出来て、それが100年、200年続けば技術的には近い世界になるだろうと思うよ。俺の国の歴史的には、それくらいの時間がかかってる」


実際は有史からの流れを考えると、もっとかかっている。

この世界は1000年前の次点で中世末期から近世初期くらいの文明レベルだったはずだ。それが魔物の登場で衰退し、職業システムの導入で発展が滞った。

神の加護があるこの世界なら、一度発展が始まればその速度はもっと早いかも知れない。


「前に話したけど、その、俺の居た世界に帰るために、魔王を倒す必要がある。ってか、倒せと言われた」


「……誰にです?」


「神に」


「……それは全人類が言われていますよ。なんとなく、教会で言ったら怒られそうな気がしますけど」


明確に神の声が全人類に聞こえるこの世界だと、教会の立ち位置は微妙だからな。

神殿の管理団体としての威厳はあるのだけれど、神を敬うのに教会を通す必要は無いし。


「でもほら、ステータスもこんなだし」


「…………?……っ!?」


「すごいっしょ」


秘匿無しで素質と加護を見せるのは初めてだ。


「こんな素質が……それに加護も?」


「この集合知なんて、人類が持っている知識をすべて参照できる加護だよ。クロノスの王国歴300年版なんで、ここ3年ちょっとで増えた知識は無いけどさ」


「……タリア達が話していたのは、もしかしてこのスキルの?」


「うん。タリアとアーニャは知ってる。神が言うんだ。魔王を倒せって。タリアは家族を取り戻すため、アーニャはウェインを助けるために、その片棒を担いでる」


「それで神が……なぜ、今ここで私にこれを?……男爵にも、陛下にも見せておられないのでしょう?」


「バーバラさんが停滞しそうかと思ったから」


「っ!?」


「俺は『普通』じゃないよ。それは賢者の弟子だからでも、人類最初の極めし者マスターだからでもない。この世界の『下地』の上に立ってないから。だから普通に俺との差を感じることには意味がない。俺の作るものは100年200年進んだ世界の知識をもとにしていて、それはそれを生み出した先人たちの成果だし、物を知ってるのも加護のおかげさ。それに全適正。でもそれでも魔王を倒せるとは思えない。だから仲間を集めてる」


「……本気だったんですね」


「もちろん。神に誓って……ね」


まぁ、最初に会ったあやつに誓うのが良いかはわからん。俺は地球に帰りたいだけだ。


「ワタルさんの言う、その異世界と言うのが事実なのだとしたら……タリアが、たまにワタルさんの故郷に行くって言っているのは」


「何気に凄いよね。俺だって帰れるか分かってないのに、あいつはついてくる気まんまんなんだもん」


それは魔王を倒すことが、彼女にとって中継点でしかないという事だ。


「……凄いですね。でも……そう思うのも分かる気がします」


「そう?」


「はい。もしそんな世界があるなら、私も行ってみたいと思いますから」


「まあ、基本は半信半疑よのぅ。……でも、覚えておいて欲しいことが有るんだ」


「なんですか?」


「魔王を倒すことが最終目的じゃない。だから、もし魔王を倒せたら、俺はクロノスへ戻るかは分からない。むしろ故郷に帰るって目的が果たせたら、戻ることは無いだろう」


「それは……っ」


「この世界のすべて、地位も名誉もお金も全部捨てて、それでも故郷に帰る。バーバラさんがさっき言ったように、俺の国を見てみたいと思ったら、きっとクロノスの騎士ではいられない。そう言うところに向かって進んでる。それを覚えておいて」


彼女が見ている頂は、今のままではいずれ手に届かない所へ逃げていく。

逃がすまいと手を伸ばすのか、届かないとあきらめるか、それは俺にもわからない。


でも、バーバラさんは自分で納得してどちらかを選ぶべきだ。たとえそれが今じゃなくても。

そして出来ればその手を高く伸ばしてくれることを願う。

俺だけの力では、故郷へ帰る事などできやしないのだろうから。


………………


…………


……


この後タリアにいい店に呑みに行ったことがバレて、しばらく嫌味を言われる羽目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る