第244話 扇風機と模型の気球
廃材として売られていた陶器の器を複数個まとめて
小箱の中には1センチ刻みで溝をつける。溝は幅2ミリほどで全部で28個。ここに陰極と陽極を交互に差す。
水を張って水漏れが無いことを確認。問題が無いので水は捨て、しっかり乾かす。
問題無いので1ミリほどの厚さに伸ばしたアルミ板と銅板を交互に入れていく。上下中央に半径5センチほどの穴があけてあり、さらに上部は上に5センチほど細い突起が伸びている形。
全部配置し終えたら同じく陶器で作った蓋を被せる。ピッタリ合わさると中に仕込んだ金属板の突起だけが飛び出す形になった。
飛び出した部分の周囲、容器と蓋の隙間を同じく
自宅の錬金窯に草木灰を1キロ放り込んで水を灌いて撹拌。
反応加速のスキルでアルカリ水溶液を作って、念動力で窯を持ち上げで水と灰を布でこして分離。
更に圧縮のスキルで水分を絞る。
同じことを何回か繰り返し、ある程度水が溜まったら乾燥で体積を減らして十分の一に圧縮。
これをさらに繰り返して、10リットルほどのアルカリ水溶液を作成した。こちらも準備完了。
アルカリ水溶液を漏斗で容器に注入。満タンまで入ったら、最後に投入口も蓋をすれば、銅、アルミニウムのアルカリ電池の完成だ。
繋ぐのは銅線と鉄製の永久磁石で作ったモーターで動く扇風機。
かなりシンプルな構造だが、モーターや電池の性能を見るにはちょうどいい。
電極を繋ぐと勢いよく羽根が回りだす。
「よし、とりあえず動いた」
効率とか全然考えてないし、とりあえずどれだけ動くか試すために作った物だけど、ちゃんと動くと嬉しい。
魔力を電気エネルギーに変換できれば早いんだけどな。念動力を電撃に変換するタリアのスキルも、出力を細かくコントロールできない。
他の魔術も同じくで、一定の電気エネルギーを長時間放出するようなものが無い。
電化製品を作りたければ、電力は何かしら科学的な方法で発電するしかないのだ。
「……何とも面妖な」
「……なんで動いているか分からないのは気持ちが悪い物ですね」
「そう?雷の精霊が頑張ってるのが分かるわよ?」
魔力の流れしか知覚できないコゴロウとバーバラさんは気味悪がっていたが、タリアは精霊を知覚出来るのでそれ程でもないらしい。
……雷の精霊、働いてるのか。電気エネルギーを運動エネルギーに変換しているだけのはずなんだが、精霊はどんな働きをしているんだろう。これに精霊が関わるって事は、地球にも精霊が居るんだろうか。疑問は尽きない。
「それで、これっていつまで動き続けるの?」
「さぁ?」
MPの回復量でざっくりの時間を測っているが、とりあえずすでに数時間動き続けている。
モーター部分やファンにも軽量化をかけているから、エネルギー効率が良かったりするのかな?
消費エネルギーは回転回数に依存しそうな気がするけど……その辺は分からん。
とりあえずこれでいつでも定量的な風を生み出す手法は出来た。冷蔵庫に組み込めば、冷却効率は上がるだろう。
冬の扇風機自体は何に使えるというものでも無いが、部屋の中でも風の精霊と雷の精霊が居るのは良い、とはタリアの談。特に雷の精霊は珍しいらしいので、ゆっくり話せるのは楽しいらしい。
そんな事をやってる間に、ギルドに資金が届き、さらなる発注が可能になった。
糸と布も第一陣が届いたが、人手が足りないので裁縫師を数人雇う準備をする。魔結晶を売り払って稼いだお金も回さねばならない。
それとは別に模型を作って、ヒノ工房に大型外皮の製図をお願いしよう。これも一人でで何とかするのはめんどくさすぎる。
模型は十分の一で作る。本番は短軸直径10メートルの楕円体を横倒しにした形にするので、最長円周は3.14メートル。今回購入した分で作れるはず。
……曲線部の製図がくっそ面倒!計算式は
鉛筆作るか?黒鉛の組成が分かれば錬金術で作れるかも知れないが、今のところ難しいな。無い物ねだりしても仕方ない。
製図に丸一日、模型の製作に2日かけて、何とかバルーン部分と加熱機構が完成。
そのタイミングで今度は蝋の第一陣が来た。
せっかくなので仕上げはヒノ工房で行う。
まずはバルーンに塗布する魔力素材のワックスづくり。
購入した蝋と油を上級錬金器に放り込み、
ワックスは薄塗りで構わないので、構造変化も使って若干液体寄りに調整。どうせエンチャントしたらわからなくなるから、おためしは適当でいいとする。
庭を借りて模型を出す。これでも長さは6メートルあるので大作だ。
今回の模型はあらかじめ細いアルミフレームで軽く型を作ってある。先端と後尾はしぼんでいるが、バーナーなどで空気を送り込まなくても、一応自立するようにした。
すでに何が始まるのかと見物人が出始めている。
「まずはエンチャントっと」
外皮には耐久力向上と断熱着を永続付与。……思った以上に入る。ついでに
それから大きな刷毛で全体にワックスを塗っていく。ちょっと塗るのが辛い所は
「仕事は良いんですかね?」
「作ってるものも使ってるものも目新しいから仕方ねぇな」
ゲンナイさんは肩をすくめる。そう言う物か。
ワックスを塗り切ったら、こちらにも永続付与。防水、断熱着……まだ入るな。耐久力向上……短時間だけに設定して盾。これで一杯一杯だ。
エンチャントした対象に、さらに二重でエンチャントするのは何気にこれが初めてか。
やってることは魔鉄素材の武器にエンチャントを入れて、さらに塗料を塗ってエンチャントを定着させてる形。断熱着と耐久力向上が二重で入っているので、丈夫さは保証できるだろう。
「ほんとにこれが飛ぶのか?」
「飛ぶって言うか、浮くですね」
今日はまだ推進力が点いていないので単なる熱気球だ。推進力が付いた図面は既に商人ギルドと職人ギルドに提出積み。ただし閲覧許可は出していないので、受付と処理担当者くらいしか見ていない。今はまだ落書きと思われているだろう。
「それじゃあ、加熱を始めますね」
楕円の下部、バルーンを支え地面と設置する部分には小さな板が取り付けられていて、そこに金属配線が伸びている。俺はその配線に向けて差し棒を伸ばしながらスキルを発動した。
模型飛行船の内部には、既に錬金窯の素材で作った細い金属配線が幾重にも張り巡らされている。……というか、小型の錬金窯をバラシて配線にしてしまった。この差し棒もその残骸。回線が繋がれば内部の回路だけにスキルを使うことが出来る。
これでバルーン内の空気は効率的に加熱できるが、小さい錬金窯を失ったのが痛い。早くバーバラさんに本チャン素材を作ってもらわないと。
「……布が動いてる?」
「中の空気が膨張を始めていますね」
俺のスキルだと1万度近くまで加熱できるが、それをやると加熱部自体が溶けて崩壊する。
芯の温度を約100度に制限して、ゆっくり空気を温めていく。対流が弱いから全体が温まるのにはちょっと時間がかかる。それでも気体の浮力は結構強力だから、内外温度差がある程度出れば浮き上がるはずだが……。
「……膨らみ切った」
「そろそろ浮きます。
差し棒を放し、おもちゃの木製人形を気球に乗りこませた。これ越しになら加熱のスキルを継続できる。
それからわずか十数秒。人形を乗せた模型気球がゆっくりと浮上を始めた。
「おお!浮いた!」
「……これはたまげたな」
周囲からどよめきが起こる。
そのまま気球はゆっくりと浮上して、地面につないだロープがぴんと張られたところで止まる。
良し、計算上はうまく行くと思っていたが、やはりできると嬉しいな。
そこで
いまこの気球は、魔力の影響を受けずに浮いている。魔力感知や魔力視を持っていればそれが理解できる。
そしてそれは、電気で回る扇風機と同じく、この世界の人々には奇妙な光景なのだろう。
「これは……凄い。流れた魔力量の少なさ、それでいて安定的に浮力が得られ、しかも魔力供給が途絶えても落ちないのか」
「原理はまた後程。これの10倍のサイズを作成しようと準備しているのですが、人手が足りません」
サイズは10倍だが、縦横高さ10倍なので、体積は1000倍なのだ。ぶっちゃけ一人で布に形を取るのは無理。
「親父、受けて構わねぇよな」
「……ああ、今受けてる仕事に支障を出さねぇようにな。しかし……こいつはソウエンの息子にも声をかけねぇと恨まれそうだ」
「アラタさんですか?」
「ああ。親父は武器一筋だがな。息子の方は趣味で色々手を出してる。新しい物好きだぁな。それと、お前んとこの嬢ちゃんだが……」
「バーバラさんが?」
ゲンナイさんの視線を追うと、ちょうど工房内に戻っていく彼女の後姿が見えた。
…………ふむ。
「リターナーさん、さっそく作業のスケジュールを決めたいのだが」
「ああ、はい、わかりました」
扇風機も驚いていたし、バーバラさんには後でフォローが必要かな。
帰りに酒場にでも誘ってみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます