第242話 ヒノ工房を借りて

ゲンナイ・ヒノ氏の工房を訪ねたのは、年が明けて4日目のこと。


「おう、よく来たな」


「お世話になります」


「バーバラ・カーティスです。よろしくお願いします」


バーバラさんとゲンナイさんは初顔合わせ。

バーバラさんは幾つかの一般職をレベル50にしているけど、実務経験はほとんどない。なのでゲンナイさんに教えを請いつつ、まずは一通りのことを覚えて作れるものを増やしてもらう。

その為にレベル1の専門家プロフェッショナルになってもらっている状態だ。


「……バーバラ・カーティスか。……なるほどな」


……錬金術師アルケミストのアナウンスで名前が知れているからな。

物覚えのいい人ならピンとくるかもしれん。普通は気のせいだと思うのだろうけど。


「この工房は俺の専用だ。商売の方は息子に譲ったんでな。今は気に入った依頼だけ受けて、技を磨いている。好きに使ってもらって構わねぇが、何を使うか、いつどのくらい使うかは共有しておきたい。後は来る日もな」


「ええ。バーバラさんは実経験が無いのでまずは鍛冶師の十種。俺は当面素材の作成のつもりで居ます。時々上級錬金器を使わせてもらいたいです」


鍛冶師の十種とは、鍛冶師を取ると得られる鍛冶知識から考案された、技術を覚えるための10種の道具の事だ。すきくわ、ピッチフォーク、斧、短刀、カマのこぎり、長剣、槍、ハサミである。

……ピッチフォークだけ和名が無いので、こう表現すると締まらねぇな。

刃物ほど刃が無い鋤や鍬を手始めに、刃の有る斧や鎌などの農具、そして武器に移り、最後にかみ合わせの有る鋏に至り、一通りの特性が学べる。


上級錬金器は錬金窯の上位版と考えて良い。

効果はスキルの性能向上と素材の特性強化。サイズは最大で一抱えほどのボウルサイズで、今のところこれより大きなものはない。


「わかった。カーディス嬢はレベルは足りているか?」


「はい。魔物を狩る方法で、鍛冶師は50まで上げてしまいました。今は専門家に成っています」


「封魔弾だっけか。便利なもんだな」


ゲンナイさんやゲンジュウロウさんには、最近出回り始めた謎のドロップこと封魔弾の事を話てある。

おかげで付与魔術師エンチャンターに興味を持ってくれたようだ。


「知識を取れているなら、まずは好きにやってみろ。出来栄えくらいは見てやる」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


素材は準備しているので、バーバラさんの事は任せて俺も工房を使わせてもらおう。

作ろうと思っている物は幾つかあるけど、まずはこの間やっていた続きをするかな。銅線を被膜で覆って絶縁したエナメル線モドキの作成である。

……この間の樹脂で覆った奴は、雷を落としたら見事に焦げたからな。当たり前だけど、もう少し耐久性が欲しい。


ここの工房も錬金設備と鍛冶の炉が別の部屋に成っているため、とりあえずこっちはしばらく好きに使える。部屋の中には借りたかった上級錬金器以外に、通常の窯や、素材特化の錬金器なども置いてある。ゲンナイさんは錬金術師も取っているのだろうか。休憩時間にでも聞いてみよう。


今日実践するのは、陶芸などで使われる釉薬を魔術的に加工して、動線に焼き付ける方法だ。

この間使った樹脂モドキは錬金術の力を借りても耐久性が今一だったから、今回は陶器のようなガラス被膜を形成する方法を試してみる。


材料は草木灰、長石、粘土、珪石代わりの二酸化ケイ素などである。

草木灰はあく抜きした物が一般職ギルドで購入できる。長石は町の外で収集できる。粘土はこれもギルドで購入。二酸化ケイ素はそこらの石から抽出できるので、いつも通り余り気味だ。


草木灰、長石、粘土、二酸化ケイ素はそれぞれ錬金スキル粉砕で粉にして材料を並べる。それからあるったけ準備した陶器の器に、米糊で番号の書いた紙を張り付けて準備OK。

分量は分からないので、知識に従って色々試す。


ええっと、ガラス化するのが灰や二酸化ケイ素、接着剤が長石や粘土だっけ。

長石はガラス化も兼ねるはず


とりあえず、長石9に草木灰1。長石7に草木灰3。粘土9に草木灰1、粘土7に草木灰3。長石9にケイ素1……。

ひたすら組み合わせを考えて、材料を分量ごとに分け、番号をメモして材料に対し水で溶く。粘度が出るか不安だったが、それなりに出るもんだな。


まずは溶液を30センチほどの銅線に漬けて、吊るして乾かす。乾かすのは後で乾燥を使えばいいので、とりあえず1つ10本づつ、全部試す。とりあえず10種溶液を作ったから、全部で100本。結構時間がかかる。


出来上がったら乾燥で水分を飛ばす。垂れて来る状態で窯に入れるわけには行かないからね。

しかし思いのほか付着の仕方に差が出てるな。粘度の方が厚ぼったい?……何とも言えん。集合知があっても、こんなことした奴いないからなぁ。


とりあえず乾いたものを2本づつ、番号の書いた煉瓦に立てて刺す。これで銅線同士が接触せずに焼ける。

大釜サイズの錬金窯を借りて、試験空間ドラフトチャンバーで密閉した鎌を加熱ヒートで温める。

……えっと、陶器を焼くときは1000度くらいだっけ?体積が小さいから、一気に過熱して、焼き時間は1分でいいかな?


とりあえず思い描いた通りに加熱して、後は1秒に1℃づつ冷却で窯の温度を下げる。

さて、出来栄えは……。


「……銅が溶けた」


いや、融け切ってはいないけど自重を支えられなくなってぐちゃぐちゃである。

……しまった釜の温度に銅線が持たないか。


「ええっと……力業いこう。多重詠唱マルチキャスト一時付与インスタント断熱着インスレィション・ウェア


銅線に一時的に断熱性を付与して、温度変化をキャンセル。

次の20本を窯に入れて、再度加熱。さて……今度は?


「さて今度は……よし、とりあえず全部立ってはいる」


さて出来栄えは……うん。バッキバキだな。

温度が高いのでガラス化はしてるみたいだけど金属とくっつかないのかな?緩くて触ると動くし、ひびが入っていて、曲げると折れる。

じゃあ次は温度を変えながらと試しつつ、上級錬金器を試そう。錬金窯の方はフェイスレスに操作させる。


ヒノ工房の上級錬金器はラーメンどんぶりよりちょっと大きいくらい。

釉薬を作った小鉢をそのまま入れられる。


「……素材特性強化」


強化するのは……ガラス化した時に割れてしまっているので、柔軟性を上げてみるか。

特性強化はいじりたい概念に基づいて、物体構造を変質、強化してくれるスキルだ。

硬度を上げれば硬く、柔軟性を上げれば柔らかく、耐熱性を上げれば溶けづらく、耐火性を上げれば萌えづらくなる。

ただしどんな副作用が出るか不明で、そればかりは試してみるしかない。

釉薬の柔軟性を上げるとか、試した記録が無いからな。どうなるか分からん。


人形を使って行っていた、温度を変えての焼成はすべて今一な結果に終わった。

次は特性強化を使った後の釉薬を試し焼きする。


「……さて、今度は……ちょっ、まって火が出た!」


慌てて釜の温度を下げる。あぶねぇ……。


柔軟性を上げた時に釉薬が別の化合物になったらしい。草木灰を使ったものが発火した。これだけ炭素が含まれているせいか。

長石粉末と二酸化ケイ素の方はとりあえず大丈夫。長石は不純物があるだろうけど、これは割合の問題か……。

流石に1000℃で焼くのは厳しいかなぁ。


燃えなかったモノだけを試してみるが、すべていまいち。耐久力が無かったり、上げたはずの柔軟性がどこかに行っていたりと死屍累々だ。

……一度形成したガラス被膜の柔軟性を上げたほうが良いか。


採取したガラス被膜を上級錬金器に放り込んで素材特性強化。いくつか他の特性も調整してみる。

結果、二酸化ケイ素を使ったものは全然ダメ。長石を使ったものも似た状態。草木灰を使ったものが一番それっぽく柔らかく成ったが、耐久力が無い。この場合、柔らかいはイコール脆いのようだ。

……ん~……特性強化のメリットは適当な操作で適当な化合物を形成できることだけど、多分含まれる元素の種類が足りなくて活かし切れてない感じかな?

一発でうまく行くとは思っていなかったけど、集合知で準備しているのにこうもとっかかりが無いとは。


……樹脂モドキを特性強化するほうに変えてみるか。錬金窯でやった時には今一だったけど、上級錬金器ならもう少し複雑な調整が可能かな。


試行錯誤をメモしながら、MPが許す限りひたすら素材の調整をしていると、あっという間に時間は過ぎて行くのだった。


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□雑記

そんな長く描写するつもりじゃなかったのに、いつの間にか長く……。


錬金術師のスキルは、分子構造が分かれば直接そこをいじって素材を作れるポテンシャルが有りますが、ワタルをはじめこの世界の人々は分子構造そんなものは知らないので、特性強化と言う形で調整します。たまに揮発性が高い物質を生み出し、ヤバいガスとか発生させるため試験空間ドラフトチャンバーはほぼ常時必須のスキルです。


ちなみに、鍛冶師の方で使える物理特性強化も同じようなスキルです。今回ワタルがやっているような、硬度や耐熱性などの調整はそちらの方が得意で、素材特性強化はケミカルな特性強化の方が得意です。


明日は週一の休載日となり、次回投稿は9/12(月)の夜を予定しております。

今後とも応援よろしくお願いいたします。

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