第240話 望郷の念にかられて

ペッタン。ペッタン。

杵をもち米めがけて振り下ろすと、小気味いい音と共に臼の中で米塊が形を変える。

いては捏ね、捏ねてはき。

杵を振るうのはアーニャ、餅を返すのはコゴロウである。


「手が止まってるけど、大丈夫?」


「……大丈夫」


そんな餅つきの風景を見つつ、俺はと言えば庭に出したテーブルの上にコンロを置いて、大鍋で小豆を煮ている真っ最中だ。そろそろ水分が飛んだので砂糖を入れて良いはず。


「故郷を思い出してた?」


「そんな感じ」


餅つきは割とめんどくさいイベントではあったけど、着いた餅は美味しいし、なんだかんだ文句を言いつつ皆楽しんでいたイベントだったなぁ。

作る量が多すぎて、杵を持つ側は音を上げていたが……今ならああして、苦も無く出来るだろう。

それはそれでさみしいものがある。


「俺の国では、もう作った餅が流通してたからそんなやる意味は無かったんだけどね。ただ、なんだかんだ遊びレジャーとしては楽しんでいたんだなと思って。めんどくさいだけって認識だったからさ」


「確かにちょっとめんどくさいけど……パンを焼くよりは楽じゃない?だいぶ火加減の調節が適当でいいし」


「そーいうい手間はうちの国にではなくなってたから」


まあ、普通にパンを作るのと比べるとちょっと悩む。

発酵過程が入るとそれはそれで面倒だし、オーブンを使うとなると尚の事。

でもそのめんどくささって、餅つきのめんどくささとはまた違うよね。


「まぁ、出来上がるのが俺の故郷と同じものとは限らん。食べてみるまで安心しないことにしている」


何せ醤油も味噌も微妙では無いくらいの違いがあった。

今回も見た目似た感じに近づいているようだが、信じられるかは未知数。妙な風味とかあると辛い。


とりあえずあんこの方は形になったので砂糖をぶち込む。

砂糖の甘さだけは万国共通。上白糖では無いが妙な風味も無いので、安心して使える。

モドシも茹でこぼしもしっかりやったし、灰汁取りも丁寧に行った。大丈夫だろう。


タリアは隣で雑煮の汁を煮てくれている。

昆布、干しシイタケ、ハマグリでだしを取り酒を加えた醤油ベースの汁に、鶏肉、大根、人参と戻しシイタケの具。すべてモドキだが、何とかそれっぽい味になった。この世界の汁物としてはかなり豪華な類だらしい。


「すごい砂糖の量……」


「いつもの事じゃん。そろそろ出来るけど、味見してみる?」


「もちろん!」


最後に少しの塩を加えて加熱を止める。

少しだけスプーンで小皿にすくい、少し冷ましてから一口。


……うん!いける!

初めて作ったにしてはちゃんと餡子に成ってる!かなり感動!小豆の下処理をサボらずちゃんとやったのが良かったかな。


「あま~い!不思議な感じね!ジャムとも違う不思議な触感だけど、悪くないわ」


ああ、確かにペースト状の食品だとジャムが思い浮かぶか。

餡子はいわば小豆のジャムみたいなものだからな。その表現は間違ってない。

粒あんなので、小豆の皮が彼女の口には不思議な触感に感じるのだろう。


「今は暖かいけど、冷めても美味しいし、餡子が出来れば和菓子系がはかどるな」


パン種を使って饅頭くらい作るかな。米粉は結構買ったし、年が明けたら酒屋に行って酒粕も買ってこよう。


とりあえず餡子は半分をアルミタッパーに移して冷やす。

残りはぜんざいっぽい形で食べられるようにしよう。さっきからちらちらこちらを見ている。


「そろそろ良いのである。とり板を」


バーバラさんが用意していた米粉をまぶしたとり板に餅を移す。

そこからはテーブルに移って、みんなで卵くらいの大きさに丸めていく。DEXが有るので、やり方さえ分かって居ればこういう作業は容易い。

今回は3キロ分の米を突いたので、それなりの量がある。


「これで完成?」


「うむ。良い出来だと思うのである。汁と餡は出来ているのであろう?」


「ええ、完成してますよ。食べましょう」


俺とコゴロウ、バーバラさんはとりあえず雑煮。アーニャとタリアは餡子を掛けたぜんざいモドキ。


「座らないの?」


「つきたての餅は立ち食いて喰ってなんぼぞ」


「どうせ置くところが無いし。すっごい伸びるはずだから、柔らかくても良く間で飲み込んでね。特にフォークだとちょっと食べづらいと思うので、そこだけ気を付けて。いただきます」


椀に盛った餅を箸でつまむと、半分溶けてあっという間に形を変える。

つきたての餅は柔らかい。


「上手いのである!お代わりをいただく!」


「早いよ」


俺はまだ一口目も食べてない。

まずは汁を少しだけ。だしの香りが鼻に抜け、醤油の味が口に広がる。……ああ、美味いな。こっちの醤油が物足りないのは、旨味が足りないからかな?これはかなり日本の味に近い。

軟らかい餅を口に運ぶと、懐かしい味と触感が口に広がる。

……やべぇ、ちょっと泣きそう。

まさか異世界に来て餅つきをすることに成るとは思わなかった。


「すごい複雑な味ですね……もしかしたらコンソメスープよりさらに?とても美味しいです」


「あまい!柔らかい!すげぇうまい!」


「ああ、いいわねこれ。お餅と一緒だとちょうどいいわ」


3人も気に入ってくれたようだ。


「しかしこれは贅沢な汁であるな!そして餡も良い出来である!」


コゴロウは7つ目に取り掛かろうとしている。だから早いよ。

……こいつ顔に似合わず何気に良く食うし、酒もよく飲む。


「磯部を焼こうと思うのだが、ワタル殿も食べるか?」


「食べますけど、海苔なんてありましたっけ?」


「ふふふ。餅を搗くというので、うまく出来ていたら使おうとこっそり買ってきたのである」


……この世界の海苔はまだ贈答品だからな。海での養殖は魔物の被害が常について回るし、高級品である。


「何その黒い紙見たいの」


「海苔である。ボラケは暖かいのであまり作られていないが、我が国フォレスや、北の方では養殖されている、いわば海の野菜であるな」


「その1枚で20G以上する」


「は?」


すげぇあきれ顔で見られた。

A4サイズの紙より小さな1枚で2000円越えだからな。


「鍋を借りるのである。雑煮の出汁に醤油を多めに入れて……ワタル殿、これに乾燥を。その間に某は……小発火マッチ


指先に生まれた灯火で、器用に海苔をあぶる。


「コゴロウさんも料理は出来るのですね」


「簡単な物だけである。皇国に仕官する前、2年程は冒険者をやって居たので、その時に覚えたのである」


「ああ、フォレスでもそんな感じなんですね」


「某は家の方針である。国に仕える前に、しばらく市中を見て来るべきと放り出されたのである。……まぁ、良い経験ではあったが、最初のひと月は飢えて死ぬかと思った時が何度かあった」


「コゴロウにもそんな時期が」


「なぜか魔物に袋叩きにされることが多かったのである」


……大声で叫びながら切りかかる姿が浮かんでしまった。概ねあってるだろうな。


「出来たのである」


磯部焼~。醤油も煮詰めて出汁醤油みたいにするとは。香りが良い。


「……あ、海苔だわ」


うめぇ。マジで海苔だ。海苔巻きも食いたい。なんなら寿司が食いたい。


「うむ、良い出来である。手づかみで食べられるのである。試されてみよ」


タリア、アーニャ、バーバラさんの3人は恐る恐ると言った感じで口に運んでいる。


「……変な感じだな」


「これが20G……」


「不思議な触感ですが、香りは悪くないですね。……米酒や薄濁りに会うかもしれません」


嗜好品の金額を気にしたらだめだと思うぞ。

さすがに食べなれていない二人には今一だったらしい。バーバラさんだけ、酒飲みの推測をしている。


それからしばらく、ストックしてある調味料を試したり、冷ました餡子を餅で包んだり。結構ついたはずなのに、5人だとほとんど残らないな。


あっという間に夕食の準備の時間に成り、またタリアが料理を始める。

夕飯は酒のつまみと肉になるらしい。コンロとオーブンを作ったが、それでも料理は結構な時間がかかる。レシピさえ教えれば、好き勝手においしい物を作ってくれるのはありがたいなぁ。


彼女が料理をしている間に、もう一度残りのもち米を突いて団子にしてしまう。収納空間インベントリに入れて置けばいつでもつきたてが食べられるから、作っておいて損はない。

そんな感じで、この世界で初めての大晦日はのんびりと過ぎて行った。


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□雑記

この処特に言及せず冬至だの立春だの大晦日だの出てきますが、意訳だと思ってください。

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