第239話 専門家ゲンナイ・ヒノ

「ほうほう……こいつは面白いな」


鉄インゴットへの魔力注入の合間。

休憩がてら職人さんたちとお茶――ほとんどの人は酒――を囲み、人形たちの紹介をしている。

最も興味を持たれたのはビット。やはり魔術なしで飛ぶというのはインパクトがあるらしい。


「何年かに一度、人形操作ドール・マニュピレイト羽ばたき飛行機械オーニソプターを作ろうって若いのが出るが、大体耐久度や音、性能で失敗すんだよな。なぁ、ヨシトシ?」


「……うるせぇ、くそ爺。10年以上前の事を蒸し返すんじゃねぇよ」


カサクで機械部品の生産を手掛けている日野工房の親子、親父のゲンナイ・ヒノさんと、最近工房を継いだヨシトシ・ヒノの二人。ゲンナイさんは鍛冶師と機械技師を納めた専門家だ。

工房を借りられないだろうと踏んだゲンジュウロウさんが、今日に合わせてあらかじめ呼んでくれていた職人仲間だ。


「羽ばたき機ですか、飛びますか?」


「上手く作れば飛ぶには飛ぶが、遅いし安定しない。ぶっちゃけ玩具の域を出ないな。ここまでなめらかには動かない」


ゲンナイさんがビットをフヨフヨと飛ばす。

ボラケの技術者の中には、人形遣いをサブ職で取っている物もいる。ヨシトシさんはその口らしい。

浮遊や飛行と言った魔術は存在するものの、個人レベルで自由に飛べる機会と言うのは存在しない。


飛行する船――飛空艇と呼ばれるモノは存在するのだけどね。魔術と錬金術の粋を集めて作られていて、運用しているのは限られた国家だけだ。

クロノスは持っていないはず。東大陸だとニンサルとクーロンがそれぞれ1隻づつ所有している。宰相やアインス男爵がメルカバ―に興味を示したのは、そう言ったところもある。


「エンチャントは盲点だったな。軽量化は分かるが、毎回かけなきゃいけないのは意味が無いから、考慮していなかったぜ。耐久力向上も、パーツの軽量化には効果的だな。この技術だけでも応用幅が広い」


「ちょっと素材が高いですけどね」


永続付与を使うには、魔力親和性の高い素材を使う必要がある。これは量産されているとは言え比較的高価だ。その辺で拾ってこれるようなものじゃない。


「嬢ちゃんは操作が上手いな」


「ああ、ずっとやってるからな」


今はアーニャがなめらかな動きで障害物をよけながらビットを飛ばしている。

動かし始めたら職人たちがあっという間にコースを作ったのだ。なんという息の合い方。


「素材も良いが、お前が見習うべきは操作のシンプルさだろう?6枚羽根をそれぞれ上下運動させてそれに手足付だもんな」


「だから、蒸し返すんじゃねぇよ!……確かに、4軸回転のみで、しかもギアによる高効率化はすげぇけどさ」


羽ばたき飛行機械オーニソプターは気体の上下運動が激しく、人形視点での操作がめっちゃ酔うらしい。人が乗るなんてもってのほかだ。

それを解消するために6枚羽にしてみた所、上下運動は安定はしたが、操作が難しくその上重くて遅い機体になったらしい。


「今作るなら羽根を連携させて、前後運動を翼の上下運動に変換するさ」


それだと推進力や旋回は別方法考えないと、その場で羽ばたくだけになりそうだな。


「蛸足や蜘蛛足も構造は普通だがそもそも発想が……逆に騎士人形はフォーマルな構造だな」


「あんまり複雑な機械機構を設計できる腕はさすがに無いです」


設計図を書くのは技術の範囲だからな。一般化された構造はともかく、アイデアが入るような情報は集合知にもない。

俺のアイデアは、あくまで日本で見た漫画やアニメをベースにしている。細かな構造は集合知で分かる範囲の物で何とか再現している状態だ。


「しかし人形操作で操るなら球体関節にして、構造をシンプルにした方が丈夫だろう」


「それだとMP効率が悪いでしょう?」


「悪いと言っても、お前さんMPはたくさんあるだろう?」


ゲンナイさんがそう思うのも分からなくはないんだが。


「本当はこいつは俺が材料採取なんかをしている間に、周りで魔物を狩るための人形なので」


基本的に長時間運用が前提なのだ。

それにMPは余るそばから封魔弾にしていたので、あまり潤沢でもない。

最近はさすがに余り始めたので、錬金術で作った人口石英に魔力を籠めて魔結晶を作成している。魔結晶は蓄魔能力の有る宝石の総称である。宝石価値がある物が魔結晶、宝石価値は無いが高密度魔力を宿した者が魔石と呼ばれ、どちらも錬金術でアイテムを作成する際に電池的なエネルギー源として使われる。


ちなみに、東群島では封魔弾を売却できないからこの魔結晶の売り上げが生活費のベースに成りつつある。魔物を倒した上りもそれなりにあるのだが、何せ食と酒にガンガン消えていく。貯金が届けば資金は潤沢になるが、安定的に売れる物はあっても困らない。


「……効率重視の仕方が異常だろ」


「身一つじゃ足らないんですよ。何なら複数作りたいくらい」


重量があってそんなに持ち運べないから1体しか作って居ないだけだ。


「こいつらを改良するのに工房を使いたいって事だよな」


「ええ。パーティーメンバーに一人、サブ職で鍛冶師を取ってるので、彼女と一緒に錬金炉を使わせてもらえるとありがたいです」


錬金炉は魔力を帯びた素材を熱加工する際に使われる炉の総称だ。

錬金術で作成できる素材をベースに作られていて、スキルの効果を高めたり、魔力の操作を安定させたりと、様々な効果を持つ。俺たちの武器を作る際に使われる製鉄炉もこの一種。

錬金術師のスキルである魔術特性強化や、鍛冶師のスキルである物理特性強化などを効率的に使うために利用され、ステータス参照装備を作るのには必須の設備である。


小型の物を自分で準備出来ればよいのだが、錬金窯や錬金炉を作るには面倒な手順がある。

まず天然の錬金素材を使って通常の炉で簡易錬金煉瓦を作成し、その煉瓦でつくった簡易錬金炉で金属素材を加工して錬金窯を作成。

錬金窯を使って作った素材を用いて、簡易錬金炉で材料を作成して、錬金炉を作成する。

簡易なんちゃらと名前は、後からより良い炉が普及したためグレードダウンした呼び名である。


「市販の錬金窯は持ち込んであるんですが、簡易錬金炉すら作れないので」


これは単純に材料が無い。特に主原料となる粘土の採取地が限られているので、簡単には手に入らない。

錬金炉があれば代用品を作れるが、鶏卵問題だ発生する。


「そもそも、勝手に炉を作ったら怒られるじゃすまねぇよ」


まぁ、それもそうなのだけど。ボラケだと錬金窯の購入も登録制だ。


「俺の個人工房を貸してやってもいいが、共用だぞ。権利系はどうする?」


「商会登録しているので、作る物は先に図面登録しておきますよ」


「ふむ。お前さんがそれでいいなら、構わねぇよ」


「ありがとうございます」


借用費用や素材の費用についても簡単に詰める。

この辺は集合知をベースにして交渉すれば問題無い。ボラケの物価上昇量を加味すれば、3年前の知識でもおおむね妥当な価格が分かる。特に問題無く交渉成立。商人ギルド経由で書類を出せば成立だ。


「それじゃあ、年明けに伺いますよ」


「おう、楽しみにしてるぜ」


これで工房の宛はついた。

今最もやりたいのは浮遊船の改良。今は浮遊フロートで飛行しているが、この方法だと長距離飛行が難しい。5人乗って移動できる飛行手段が開発できれば最高だ。

本領発揮していないスキルもいくつもあるし、年明けも忙しくなりそうだな。

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