第238話 素材作りと魔力の操作

「おう、ようきたな。まぁ上がってくれ」


ソウエン鍛冶工房を訪ねると、ゲンジュウロウさんを始めとしたドワーフのおっちゃんたちが昼休憩を取っているところだった。何人か見たこと無い顔もいるな。


「今日は掃除だけだかんな。お前さんの人形の話をしたら、興味を持ったやつが押しかけてきてるだけだ。気にすんな」


そりゃひでぇ言い様だとドワーフたちが笑う。

こりゃ昼間っから酒が入ってるな。


「別に構いませんが、あ、これお歳暮です」


「一昨日知り合ってお歳暮もくそもねぇだろうに。ああ、ありがたく頂くぜ。なんてったって酒だ」


年末年始に仕事を頼むことに成るから、昨日コゴロウに見繕ってもらった。

味は知らないが、彼は結構いい物だと言っていた。


「飯は食ったか?なんなら食ってくか?」


「どう考えても飲んでくか?でしょう」


「がはは、ちげぇねぇ。まぁ、今日は大したことじゃないからな終わらせちまうか。てめぇら、空けるんじゃねぇぞ!」


俺とアーニャはゲンジュウロウさんアラタさんに連れれて工房に入る。


「これが材料の鉄?こんなに使うのか?」


テーブルの上に重ねられていたのは、鉄のインゴット。


「ああ。一人50キロある。今日はこれに込められるだけ魔力を籠めてもらう」


この鉄は非常に濃度の薄い魔鉄だ。ただ錬金術の加工で、魔力が入りやすくなっている。


「剣2本なら、十分の一もあればいいんじゃないの?」


「ボラケの鉄鋼業はちょっと特殊でね。これは銑鉄って言って硬いけど脆い鉄素材。これを再度粉砕して粉にして、たたらで溶かして玉鋼を作る。その際に使用者の魔力をあらかじめ込めておくことで、高い親和性を生み出すらしい」


日本の玉鋼は砂鉄から直で作っていたはずだが、この世界では錬金術があるので一度インゴットまで抽出して、それから再加工を行う。


「旦那は良く知ってるな。こんだけあっても、使える玉鋼は2割。良くて3割ってとこだ。嬢ちゃんの言う通り、剣2本分が良いとさ。しかも、一人ひとり別々に作らなきゃいけねぇ」


「……すげぇめんどくさそうな作業だな」


「ちげぇねぇ。だが、その分良い物が出来るぜ」


「手間を惜しむなって事だね。日頃の訓練と同じさ」


手を抜けば成長は見込めない。物作りも同じ。

もっと効率的な方法もあるかも知れないけど、現時点で分かって居る技術ではこれが最良と言われている。


「それに、この方法には利点もあるぞ。まず材料費が安い」


通常の鉄中の魔鉄の含有量は2~3%だけど、この方法だと魔鉄を週出した後の鉄材を再加工することが出来る。天然鉄材の中の魔鉄を濃縮すると恐ろしい価格になるが、こちらの原料はほぼ鉄と変わらぬ価格で住む。錬金術師のスキルでひと手間入れて加工されてはいるが、それでも安い。


俺がアインスで剣や鎧を作ってもらった時には、同じような鉄鋼に魔力を注入して、そこから剣や鎧に加工してもらった。あの時は普通に天然濃度の魔鉄だったはずだが、これは魔鉄成分が1%を切っているはずだ。


「それから、大量に出たスラグは再度鉄材として再利用可能だ。もともと銑鉄にしてあるから、不純物は少なく、廃棄物が少なくて済む。環境にやさしい」


スラグ化した残骸には込めた魔力が残って、“個人の特性に紐づかなかった魔鉄”の割合が上昇している。そこから魔鉄を抽出して、残りはまた通常の鉄材として使うわけだ。

これは行ってしまえば人造魔鉄なわけだが、人が使う上では天然ものとほぼ機能には差が無い。なので量産品の魔鉄武器などはこのスラグから抽出された鉄が使われる。

俺が臨時で買った打刀なんかがそれだな。


「……難しくて着いて行けなくなってきた」


「マジで旦那は博識だな。どこで習った?この辺の鍛冶師で無きゃそうは知らんぞ?」


「一応、竜殺しの賢者の弟子ですから」


「竜殺し……なるほど、炎の賢者か。生ける伝説じゃねぇか」


「やっぱりご存知ですか?」


「ここ十年で、片手で数えられる英雄譚だぞ。この国でも物語は出回ってる。つーか、フロストドラゴンの討伐に挑んだ冒険者たちに武器を作った工房もあるさ」


なるほど。まあ、鍛冶の国って言われるぐらいで、東大陸近辺ならボラケは有名どころだ。

大陸のクロノス、リャノ、クーロンの三国なら良い武器を求めたらここに来る。バノッサさんが向かったニンサルは山脈を越えて逆側なので、西大陸に渡る方が近い。


「ちなみに、お前さんもその一つになりそうだぞ、極めし者マスター


「俺のはもらい事故みたいなものなので、そんな大そうな物じゃないです」


アインス子爵が自領発の英雄という事でかなり押している、と言う話は聞いた覚えがあるが。

使える評判なら使わせてもらう、くらいだ。


「まぁ、与太話はともかく。それじゃあ魔力を入れてみようか」


俺はMPが潤沢にあるし、アーニャもMPにステータスボーナスを振って居るから、それなりには入れられるだろう。


2キロほどのインゴットに魔力を注いでいく。

魔力操作のレベルが上がっているから、結構するする入るな。前にやった時は10%の合金を作るのに小一時間かかったが、今は10分ほどで100ほどのMPを注げた。魔力含有率も以前より高くいようだ。まだまだ入るな。


「ん~……こんなもんか?もうちょっと入る?」


「ん、早いな。もう……?」


アーニャの目の前に転がるインゴットから、妙に高い魔力の波動を感じる。

……いやいや。…………いやいやいや。


「な。彼女の魔力操作は素晴らしいだろう!」


「……ああ。まるで無駄が無い」


ドワーフの職人二人が感心しておられる。……いやいや。


「……俺が200注いだインゴットより、アーニャの方が魔力量おおくない?」


どういう事?


「お前さんのは無駄が多い。魔力は高いが、操作が行き届いてないからそうなる。……まぁ、それでも異常だがな」


「アーニャ、MPいくつ使った?」


「38かな」


「……そんなバカな」


アーニャのインゴットはどう見てもいっぱいいっぱいまで魔力が込められている。

アレを最大とするなら、俺のは100も使って……アーニャの半分くらいか?


……物体への魔力注入の効率には大きな個人差があると集合知で出て来る。

その理由については分かっておらず、ばらつきが大きいが……普通の駆け出し2次職なら何時間かかけて一つ出来上がる位のはず。


「旦那はINTはたけぇからガンガン注げるが、操作が甘いから抜けてっちまってんだよ。それでも量が多いからいい感じに残っているけどな」


「アーニャの魔力制御は神業だ。リターナー殿も見習うと言い」


「へへ。そんなにか?」


……INTが高すぎて操作しきれないんだよ。

こんなところでもそれが裏目に出るのか……。


「ちょっと集中してやる」


「あ、ワタル……」


異能が頑張ってくれれば、魔力操作のレベルだって限界を超えて上がってくれるはずだ。

この手の技術に関しては俺はパーティー内でも最も増えて。高い魔力でぶん殴る、魔術的脳筋に成り下がってる。ちくしょう。負けてはいられない。


普段やってる魔力操作で体内の魔力を制御し、インゴットに向けてゆっくり送り込む。

雑に力押しするから行けないのだ。感知で分かる範囲でも、インゴットの大きさに対して、魔力の流れが明らかに大きい。これではだめ。操作で出来るだけ絞る。

搾った分だけMPは消費しない。入っていく量も、さっきよりは早い。


コップにバケツから水を灌いてコップを倒しては意味が無い。

制御しきれない外れる分はあきらめて、入れた物がこぼれない様に。そのためには一度に漁を注ぐのではなく、少しずつまんべんなく……。

これは両手で持ったほうが良いな。


両手で広く挟み込むようにインゴットを持って魔力を注ぐ。

針に糸を通す感じは無理なので、ジョウロで水を灌ぐイメージ。吹き出てはいるけど、一つ一つを弱く、細く、均等に注ぎ込む。


「……どうだ!」


同じく10分ほどかけて魔力を注ぎ終える。おお、ほぼ満タンまで入ってるんじゃね?

MPの消費は40ほど。さっきより圧倒的に少ない。


「うむ。多少ムラがあるように見えるが、十分だ」


「ムラが有りますか」


「ああ。彼女のと比べるとな。いつもならわからんかもしれん」


「確かに……親父、ちょっと俺も込めてみる」


「ああ、そうだな。試そう。その前に酒飲みどもを呼んで来い。あいつらもやらせよう」


「……なんか、めんどくさい方向になってね?」


アーニャは戸惑っているが……魔力の制御に関してはまだわからんことが多い。

集合知で分からないなら、俺に魔力の事なんてわかるはずもない。実験してみるしかない。


この後、アーニャが魔力を籠めたインゴットを手本に、ドワーフ職人たちの試行錯誤が始まった。

最初は魔力密度にムラが出ていた――と自分たちで評価していた――彼らのインゴットも、丁寧にならすことで採取的にアーニャと同じ所まで到達するものが3人居た……らしい。俺には分からんからな!

きっと彼らは魔力操作と魔力視を持っているのだろう。


密度の均一化に精を出す彼らを横目に、俺とアーニャは自分のインゴットに魔力を詰めていく。

それなりの時間をかけて、俺はすべてのインゴットに、アーニャは7割のインゴットに魔力を籠め終えた。残りは持って帰って詰めて届けることにした。


最終的に二つ同時に数分で魔力を籠められるようになり、実は魔力操作のレベルが8に上がっていたらしいのだが、それに気づくのはしばらく先のことだった。

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