第231話 金は天下に回すもの

金と言うのは天下の周り物である。

社会人経験があるのであまりピンとこない話なのではあるが、集合知で知識を得ていると、そういう事はおのずと分かってきてしまうものだ。


「商会の売り上げから、諸経費と税を引いた後の利益、このうち5割が研究開発や人材育成などを名目とした投資に、残りを関係者で分けている。アインス男爵家が2割、俺とタリアが1割づつ、ジュネールさんが1割って感じ。んで、まず単純に二人の取り分が約1600万G」


「…………?」


あ、桁が大きすぎて頭の上にハテナマークが浮かんでおられる。

ちょっと場所を映して、まじめに考えよう。


ギルドの個室を借りて、俺とタリアで相談会。

3人には宿探しがてら、好きに街を見てきていいと暇を出した。


「推定総利益が8000万G。総売り上げは1億6000万Gくらいかな」


うちの主力商品である封魔弾は1発辺りの原価が3割くらいなので、7割利益の荒稼ぎ商品。商会は農家に比べてれば税の安いから、おそらく利益率は5割弱と言った所のはず。

3カ月ほどでこの売上なら、年間売り上げは6億から……10億くらい行くか? 利益もその半分くらいと言った所か。

……王都に居るジュネールさんのところだけでこれだと、ウォールの一団が加わるとまずいことに成るな。


「お金がある分には困らないんじゃない?」


「お金は無いんだ。より正確に言うなら、うちにお金がある事になってるせいで、市場にお金が無い」


「どういうこと?」


「お金の総量が限りある……って言ってもイメージ湧かないだろうけど、実際には限りがある」


この世界の経済は、未だ金本位制に近いスタイルであり、国は通貨発行権を持つもののその能力は低い。

国は税で集めた農作物などを市場に売り、資金を調達している。バンバン造幣は出来ない。


「首都ヒンメルの年間予算15憶Gくらいなんだ」


日本円に換算すると4000億円くらいか?これが多いのか少ないのかは何とも言えない。

福祉分野が弱いが、城壁という大規模公共事業を行っていて、定住30万人の首都機能を有している事を考えるとまあまあ、なのかな。


「その1割くらいの金額を商会が動かしてて、1%くらいのお金を俺ら二人が財布に入れてる状態。しかも3カ月くらいで」


これはいくら何でも多すぎる。

うちの商会は人数が少ない。人件費が低く、材料原価も安いから溜まるばっかりで循環しない。


「発生する問題は幾つかある。一つは金貨不足。流通しているコインの量には限りがあるし、冒険者ギルドの預金は現金厳守の特性上、王都の俺らの口座に通貨が溜まり続けて行ってる状態。その分市場からお金が減って行ってる。物はいきなり増やせないから、俺たちが使わないとまずコインが足らなくなる」


商人ギルドだと小切手が存在するけど、冒険者ギルドにはそんな物は無い。

俺たちは自分の報酬受け取りを冒険者ギルドに指定しているから、ギルドは規定に基づいて現金をためているはず。


「次に、そもそものお金の不足。俺たちの商会が貯めてる分は市場からお金が減ってる状態。んで、お金が減ると金利が上がる。金利が上がると物価は下がる」


「ごめん、私はついて行けなくなってる」


「俺も説明が難しい。これまでパン1個2Gで売り買いされてたものが、買う人がお金を持っていないから1Gでしか売れなくなる。パンを売ってた人は1Gしか儲けが無いから、他の物を買わないとか、節約する。節約すると物が売れないから、売りたい人は値を下げる……と、物の価値がどんどん下がって行って、最終的に売っても物を買えない人が出る所まで行く」


デフレっていうんだっけ?全体が緩やかに貧乏になっていく。

貧困層に近いほど影響を受けやすい。


「この問題は物価が下がっているのに、物の価値は下がっていない事。むしろ上がっていると捕らえられる」


「?……余計に分からなくなったわよ?」


「魔物の価値って、よくゴールド換算で表現されるけど、あれって若干誤りがある。パン1個欲しい人がどれくらい居るかで、魔物の価値が決まる。パン1個が2Gだとしても10個しかないパンを100人が欲しがったら、魔物の価値は2G以上に上がる。欲しけど2G払えない人が1000人居たら、さらに上がる」


お金が無いのでゴールド換算の物価は下がっているけど、必需品の需要が減るわけじゃ無いから、物の価値自身は上がる。『我慢している状況』が魔物の強さに反映されるのだ。

これがあるから商会には安定供給義務なんてものが存在する。必需品や消耗品などはある程度潤沢に供給されて居ないと、治安が不安定になる。


「今、おそらく王都は封魔弾バブル。封魔弾の登場で周囲の魔物がバンバンが押されて、物が過剰に供給されている。供給過多だから物の価値が下がっているので気づかないけど、裏でうちの商会が市場のお金を回収している。ある所まで行くと、突然、『あれ?物はあるのに現金が無いぞ?』という事になって、今度は現金の価値が上がる。相対的に物価はさらに低下する。けど物の価値はむしろ上がる」


今は王国と商人ギルドが緩和策を売っているので問題に放っていないが、トレコーポさんからの報告、一緒に入っていたアインス男爵の見立てだと、後1~2か月すれば貧困層から影響は始める。

そして王都周辺から魔物の強さが無茶苦茶になっていくはずだ。


「最終的に、王都周辺の魔物の強さが無茶苦茶になっていく。金銭を介することで安定していた物の価値が物々交換に戻ったら大荒れさ。多分魔物は強い方にしか転ばないから、最悪封魔弾の効果を振り切って強力な魔物が跋扈するようになる」


いやぁ、国の危機だね。相変わらずマッチポンプが酷い。


「ん~……私たちがお金持ち過ぎなのが問題って事よね?」


「一気に集めすぎって感じかな。実際には俺らの口座だけじゃなく、研究開発とかに回したはずの予算も使い切れず7割ほどが宙に浮いてるし」


ジュネールさんがまじめに仕事をしているせいで、使い道が思いつかない金が死蔵されている状態だ。その額およそ2700万G。

彼の取り分も多すぎたらしく、貧民街の建物や道路整備にひたすら私財を投じているらしい。アインス男爵から釘を刺されたと。男爵は子爵に送金して、凪の平原の農地開拓を促進しているらしい。


おそらく、もう少し緩やかな変化なら市場は対応できた。

だけどレベルアップで将来が大きく変わるこの世界で、目の前にそのエサをぶら下げられたら誰もブレーキを踏まない。今も封魔弾は湯水のように消費され、消費され続けているだろう。


「経済がメタメタになる前に対策を支持する必要がある」


今回の報告には、ウォールの街で卸した暖房機の売り上げだったり、さらに言うなら亡者たちの仲間や家族で編成したアース義兵団の活動が入って居ない。

クロノス全土で俺たちの懐にため込まれている金額は、下手をするともっと多い。


「対策ってどうするの?」


「使う」


「1600万Gを?」


「うん。どうやって使おうか悩みどころ」


ぶっちゃけ公共事業とかに投資する金額であって、個人で使える金額じゃあ無い。

右から左へ金を動かすだけではダメだし、出来るだけいろんな方面に使うのと、サービスだったり消耗品だったり、資産として残らないものに使うのが望ましいんだけど……。


「タリアの貯蓄は俺じゃ動かせないから、出来れば使ってほしい」


「……立場上、私はまだワタルの奴隷よね?」


「奴隷の売り買いがクロノスで禁止されているから、国から自身を買い戻す時ように、公に登録された資産は当人の物になる」


冒険者ギルドにタリア名義で払っているから、俺はタリアの資産を動かせない。


「使うのは王都やその近辺でになる。例えばこの街で盛大に買い物するとかだと、王都からこっちに金貨が輸送されることに成るからハッキリ言って対応としての効果はかなり薄くなっちゃう。でもそうすると転送でかなりの金額を使うことに成るから、信用第一の冒険者ギルドとしては、この辺の手続き結構重くなるし、監査が厳しいから俺にはどうにも」


そもそも王都の預金の転送は国境で間違えなく差し止めになるから、こっちで使うのは無理。

そして回収にいった時点で間違いなく真偽官案件だ。


「そんなこと言われても、80……0万Gよね。急に使い道なんて……」


「絶対真偽官から、自分の意志で使い道を決めたか、とか、自分が発案した使い道か、とかそんな感じの質問が山と来るから、頑張って」


俺はどうしたモノか。

ただバラまいたり寄付するだけではだめで、経済的に問題無い形で放出しなければ成らない。


ついでに投資資金の利用先も決めてやらないと、トレコーポさんじゃ手に負えないか、ぽっと出の商会が扱う金額にしては大きすぎて、国も商人ギルドも厳しい監査をしてくるだろう。代表の俺が国に居ない状態で下手な使い方をすると、彼が横領したとみなされて勝手に縛り首にされかねない。

当人も潤沢な資金を有しているからな。狙われやすいので落ち着かないだろう。


とりあえず投資資金は、王都の郊外に魔物を強制強化してレベル上げを行える施設の建設、を打診しておこう。街道整備も合わせて使えば、一千万や二千万は軽く飛んでいくだろう。

残りはザースの首都に向かうルートの街道開拓と安全確保に使ってもらえるようにしよう。

クロノス経由になるかは不明だが、東大陸に存在する転職モニュメントのマスターにアクセスしやすくしておいて損はない。

今後稼いだ分もそれに回せば、継続的に消費されるはずだ。


俺の個人資産は……アース義兵団の装備運用に支出して……あとは鉄か銅の鉱山開拓事業に投資するよう、アインス男爵に渡りをつけてもらおう。

500万Gを投資に、後は100万Gづつ王都、ボホール、ボラケのギルドに行くように転送してもらって、今後増える分は別途……教育にでも回すか。慈善事業として、健康増進軒でやった子供たちへの教育を拡大できないか、ジュネールさんに打診だな。


後は封魔弾などの卸価格を下げるか、職員の給与を上げるかを物価を見て判断してもらう。

俺の目的は金を稼ぐことでは無く経済を回す事なので、多少利益が減っても痛くない。あぶく銭だ。


一時間ちょっとかけて、準備してもらった必要な書類を埋めていく。

集合知で書き方は分かるけど、マジで手続きは面倒だ。まさか金が有りすぎて困ることに成るとは思わなかった。


タリアはうんうん唸っているが、すぐには使い道は思い浮かばないか?

一つ、それなりの金額を使う方法としては、俺から自分を買い戻す事なのだが……きっと口にしたらひっぱたかれるに決まってるから言わない。それに、相場を考えると精々資産の1割が良いとこだ。


如何助言をすれば監査に引っかからないか、頭を悩ませていると、彼女は一言、うんと頷いて口を開いた。


「畑を買いましょう。後は家」


……そんなこと前に言っていたなぁ。

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□雑記

アース商会の封魔弾の卸値は100G、生産人件費は20Gに成ります。メインで使われているパチンコ玉台の鉄球は1G以下と安いため、100Gで卸すと利益がじゃぶじゃぶになります。やばいですね。生産量は、1日8時間労働だと一人26~30発ほどです。

日給は500Gから600Gになるため、休みを抜いた月給は1万G越え。これは王都の内勤者の中ではかなり裕福な方で、初動のレベル上げ後は仕事も楽なので人手も集まっており、初動一桁であった封魔弾作成者は、既に3桁を越えています。

元々封魔弾は価格を下げないとヤバい、と言うのは分かって居たのに放置して旅に出た結果、いつの間にかヤバい金額が溜まって居たというお話。

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