第225話 情けは人のためならず

修理した盾の受け取りを行い、臨時の武器を調整してもらいギルドの訓練場に顔を出す。

この時間ならまだタリア、アーニャ、コゴロウの3人が日課としたトレーニングをしているはず。

そう思って来てみた所、まず目に飛び込んできたのは鎖でぐるぐる巻きにされたコゴロウだった。


「何してんのこれ?」


その横ではタリアがアーニャの訓練を眺めている。


「ちょっとうるさいから縛り上げてるのよ」


「むー、うー、ぬー!」


……確かに五月蠅そうだ。しかし、だとするとアーニャの相手をしているのは?


「おお、これはワタル殿。お久しぶりでありますな」


此方に気づいて手を止めたのは、ミスイのギルド職員、ユキミツさんだった。


「どうしてここに?まだ左腕万全じゃないでしょう?」


ユキミツさんの左腕を切り落として再生させたのは、シーサーペント討伐の前日。

まだ一週間も経っていないし、動きはするだろうが最低限の筋肉しかなく、体調が万全とも思えない。


「はは、なんのこれしき。ロクに動かぬ頃にに比べれば、健全ですよ」


腕一本生やした体力消費も回復している訳もないのだが……なんだろう、この意に掛けない感じ。

目に力というか、狂気を感じる。


「あたしらがミスイを出たことを知って、追いかけて来たらしいんだぜ」


ユキミツさんはシーサーペント討伐戦までの二日、俺たちの鍛えなおしにつきあってくれていた。

そのトレーニングが終わった後で件の治療を施したわけだが、さすがに腕一本生やした体力の消耗は激しく、ミスイを出るときにはまだ寝込んでいるという話だったが……。


「国を出られるとの話をギルド長から聞きましたので、この期を逃せば再戦の機会も無いと思いましてな」


……それでミスイから追いかけて来たってか。


「ユキミツさんが居る理由は分かりましたけど、コゴロウが簀巻きにされてるのは何で?」


「ユキミツさんがアーニャに挑んだ時、ちょうど居合わせてね。保護者として未成年に馬鹿な私闘をさせるわけには行かないとかなんとか」


「流れでなぜかアーニャ殿とこやつが手合わせすることに成りまして」


「あたしの蹴りを頭突きで受けてしばらくノビてた後、突然起きたと思ったら『一生の不覚!ひと月山に籠って基礎からやり直すである!』とか言って飛び出していきそうになったから」


「とりあえず簀巻きにしたと」


コゴロウは1次職のスキルのみ縛りで戦ったらしいが、実のところは殆どスキル使わずに数手でやられたらしい。アーニャの魔操法技クラフト舞踏魔技アーツを組み合わせた攻撃は初見殺しだからなぁ。


「使ってる鎖、封技の鎖ディスペル・チェーンですね。うまく高価を発揮したようで安心しました」


「いや、それもどうかと思うけどね」


バーバラさんのアイデアで作成してみた、永続付与で魔術無効化ディスペルを付与した鎖鞭。

魔力を注ぐと魔術無効化ディスペルが発動して、触れている対象の魔術やスキルの発動を妨害するというアイテムだ。

込めている魔力量によって継続時間は違うが、最大1時間はスキル妨害を続けられる。

問題は触れている人全員に効果があるため、チェーンの使用者も触れているとスキルが使えなくなること。手元と先端の分銅は魔術無効化ディスペルの効果が乗らないので、起動時さえ気を付ければ、それなりに有効な武器になる……かも、くらいの一品。


「巻き付いている間、高速移動スキルで逃げられないから……しかし猿ぐつわはひでぇ」


「む~、う~、ぬ~!」


「あまりにうるさくて、目立って恥ずかしかったし」


「……気持ちは分からなくはない」


コゴロウは基本的に声がでかい。

毎回そんな腹の底から声を張らなくてもいいだろう、位に叫ぶ。

とは言え、体力尽きるまでこのままと言うのもいただけない。良い分くらいはきいてやろう。


「後生である!後生であるから!行かせてくだされ!行かせてくだされぇ~っ!」


「ヤカマシイッ!」


まったく、仲間に入れてくれと来てまだ1週間経って無いだろう。


「ひと月山籠もりしても意味ありませんよ。アーニャに不意打ちもらったのも、邪教徒取り逃したのも、未知の相手への対処誤ったからでしょう。そう言うのは、一人で籠ってどうにかなる話じゃないですよ。経験不足です」


「……むぅ」


「それを補うのがパーティー、仲間です。基礎からやり直すのは良いですが、目の届くところでやってください」


「…………かたじけない」


コゴロウも2次職後半に差し掛かっていてレベルは十分高いが、経験と落ち着きが足り取らんな。

うちのパーティーは全員人の事言えた義理じゃないので、地道にやって行くしかない。


「んで、ユキミツさんとの模擬戦は終わったの?」


「ああ、悔しいけど勝てなかった」


「なんの。今回はひたすら安全策を取らせていただいた故でござるよ」


全ての一撃に魔操法技クラフトが乗って攻撃が重いアーニャに対抗するため、ユキミツさんはバフスキルのみを使った状態での長期戦を選んだらしい。

受けて、受けて、受け続け、すべての攻撃をしのぎ切り繰り出された一撃を、アーニャは止められなかった。経験と技量の差がある相手にそれをされたら、さすがにどうにも出来ないだろう。


「やはり油断や慢心が最大の敵でござる」


「間違いない」


アーニャにも、魔操法技クラフトは常に防がれると思って戦えと言ってあるしね。

事実、レベル差がもっと広ければスキルを使わなくてもステータスだけでしのぎ切れるはずだ。


「……ところで、ユキミツさんござる調でしたっけ?」


「ワタル、どうでもいい話に逸れないで」


「ん、ああ。普段はそうでござるよ? 仕事の時は、標準語に合わせている。ミスイは他国の者も多く来るので、訛りはな」


「いや、だって気になるじゃん」


コゴロウもユキミツさんも東方訛りに分類される。二人とも軽い方だけど、口語で訊くとやはり気になる。まぁ、集合知の自動変換がかかった上でだから、俺のイメージとタリア達が感じてる印象はまた違うのだろうけど。


「ところでタリア殿、某の鎖も解いてほしいのであるが」


「ああ、そうね」


まったく、たかだか体動かすだけで騒ぎになるのはどうなんだ?


「んで、俺とバーバラさんは体動かしに来たんだけど、3人は基礎メニュー終わったの」


「……ああ」


「……終わったわよぅ」


「せめて目を見て言えや」


トレーニング用に作っている基礎メニューは、まじで人気が無い。

キツイ、楽しくない、効果が見えないの3本セットだからな。この世界じゃほとんどやられないトレーニングだし、気持ちは分からなくはない。

ただ、ステータスで能力が上がっても、最終的に物を言うのは地の力だ。同じステータスなら、マッチョの方が腕相撲が強いし、細身の方が足が速い。

なので、ちゃんと鍛えて置く事には意味があると思っている。


「皆で20メートルシャトルランからやるか」


魔力操作でステータス影響を極力抑えた上で行うトレーニング。

想起リメンバーを使い、サッカー部や野球部がやっていたトレーニングを思い出しながら組んだメニューが、いい感じにきつくて良い。


「「え~」」


俺だって好きでやってるわけじゃ無いんだよ。

それにスタミナ系は効果分からなくても、反復横跳びやラダーはちゃんと効果上がってるだろ。ほら、さっさと準備。


「そうそう、ワタル殿。忘れぬうちにこれを渡しておこう」


ぶーたれる一同に準備を始めさせると、ユキミツさんが書状を渡してきた。


「ボラケに行くかもと訊いたのでな。某のかつての仲間が一人、戻って鍛冶師をやっている。力になってくれるであろう」


「ありがとうございます。助かります」


臨時の武器としてステータス参照の付いた打刀を購入したが、STR参照値が120までとかなり心もとない。ライリーの首都でこれでは、ペローマへ行くよりボラケに行く方が確実だろう。


「なに、片腕を再生してもらった礼の一つでござるよ。このパーティーの力は、他の冒険者とは違う。余裕を作って、セミオーダー以上の物を作ることをお勧めするでござる。その書状で、相談にくらいは乗ってくれよう」


「ええ、検討してみます」


とは言った物の、金策の問題もあるし、悩むね。

数打ちに近い打刀でも8000Gほどした。これから皆を踏み出す者アドバンスにあげていくと、同じようなことが発生するのは目に見えている。大丈夫なのはタリアの槍、作ったばかりの二人の防具。あとはコゴロウの愛刀くらいか。

しかしつい先日防具を仕入れたので、手持ちの現金は心もとない。大陸との連絡が付けば、商会の売り上げ利益を多少動かせるんだけど……どの程度溜まってるかなぁ。

……まぁ、金策も向うに行ってからだな。


ユキミツさんはしばらく一緒にトレーニングをした後、首都のギルド長に会うと言って去っていった。

どうやらミスイのギルド長からもお使いを頼まれているようだ。


俺たちは基礎メニューを一通りこなした後は、装備品などの最終確認。

明日はカーシマに移動して、定期船が復興していればそこからすぐ船旅だ。

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