第223話 バースデーケーキを準備しよう

装備の件もそうなのだが、他にもやらなきゃいけない事はある。


「小麦粉、砂糖はそれなりにあるとして、問題はミルクと卵、後は果物類か」


「ドライフルーツなら出回っているけど、新鮮なものは難しいわね。柑橘類の生食に向かないものが多いわよ」


品種改良が地球ほど進んでない上、年中供給されているわけでは無い。冬になれば作物の選択肢は減る。俺のイメージと合うものは中々無い。


「いっその事ジャムにしちゃうか」


もうすぐアーニャの誕生日。

成人式でもあるこの日を祝わないわけには行かない。ということで、祝いの料理を作るため今日はタリアと二人で買い出しだ。


ライリーの首都はクロノスの王都ヒンメルと比較すると小さなとしてはあるが、それでも常設店舗が多く、近隣の街とは比べ物に成らない物流が存在する。

誕生日の予定日がボラケへの移動中に成りそうなので、ここで買い物をしておかないと気を逃す可能性が高い。


「ジャムなら商会を訪ねたほうが良いかもね。露店だと売り切りの物ばかりだから」


「ミルクもそっちに行ったほうが良いか。生クリームも欲しいし」


とりあえず誕生日と言ったらケーキだろう、という事でホールケーキ的な物を作る算段を立てている。

スポンジケーキの作り方は想起リメンバーを使って何とか思い出した。生クリームは遠心分離

で乳脂肪分を高めてやれば作れるので、中身を用意すれば一応形にはなる……ハズ。

何事も練習が大事。厨房を借りる算段は付けたし、魔導式オーブンの作成も終えているので、材料がそろえば後は試行錯誤のみだ。


「鶏と豚……牛は無いわね。野菜は買うとして、魔物産はギルドで良い?」


「良いんじゃない。海産物はミスイで買ったし……あとは香辛料……ああ、乾物類もかな」


当然、普段の食材も購入しなければ成らない。ライリーはクロノスの南方よりさらに南に位置していて、植生がだいぶ違う。緯度的には亜熱帯に足を突っ込んでいるはず。食材の種類によってはヒンメルより豊富だったりする。


「これで米がジャポニカ米日本の米だったらなぁ」


タマットに渡ってからこっち、ずっと米を追い求めて来たものの、この世界の米と日本の米は別種と言っていい味の差でどうしても魅力に欠ける。

インディカ米タイ米みたいなのとも違うんだよね。米粉にして焼いたり、餅のように潰して団子にするとまだ良いのだけど、炊いただけは違和感が半端ない。


「また言ってる。国の味なら集合知で探せばいいじゃない」


「ざっくりは分かるんだけど、実際に俺の求めてる味かどうかは食べてみないと分からんのよ」


醤油モドキ、味噌モドキ、試してみたけどこれだというものはまだ見つかっていない。

東群島を隅々まで探せばあるだろうか?気候的には北に行ったほうが良いと思うのだが……ワープ装置とか、飛行手段とかが欲しい。俺のグルメ目的で何カ月も移動に割くわけには行かん。


「鶏のから揚げは美味しかったし、あんな感じで良いんじゃない」


「美味しかったのは美味しかったけどね。何て言うか、故郷の味?わかるように言うなら、子供の頃に食べた母親の味を探してるわけですよ」


「……そう言われると弱いわね」


「まあ、これにばっかり時間を割けないから、程々で切り上げるよ」


そうは言いつつも色々試してみたくなるのも男の性よね。

地球の料理の再現だけでなく、この世界でしか見かけない食材やスパイスなんかも気になるっちゃ気になる。たまにすげぇ口に合う謎料理とかもあるし。


露店街で一通りの生鮮品を仕入れたのち、商人ギルドへ。

ギルド自身にも小売店は併設されているので、そこである物は購入して、ない物は店舗を教えてもらう。

ミルクだけは常備している商会が無いので、チーズなどを加工している酪農家を教えてもらい、そこから直接買う形になる。安全のため搾るのも自分でだ。この国では水牛がメインの家畜らしい。見るのは初めてだったが、その辺は集合知でどうにでもなった。


搾ったミルクは収納空間インベントリに放り込むことで殺菌される。

加熱で低温殺菌を試してもいいのだが、今のところメリットを感じていないのでこの方法で十分だろう。


買い物を終えたら、冒険者ギルドの作業スペースを借りて料理の試作を行う。

部屋自身は清潔クリーンで綺麗にして、その後テーブルの上にキッチン用品を並べる。窯は加熱を付与して作った加熱器コンロの改良品である魔導式オーブン。


魔導式オーブン、加熱を最高温度ごとに160度、180度、200度、250度、300度と5段階の回路を組んで、その上熱を逃がさない様に断熱着なども付与してある手のかかった逸品。

普通にご家庭で買える材料費じゃ無いので、今は自分たちで使うことしか考えていないが、そう言う場合好き勝手に材料を使えるというのが利点だ。


「んじゃ、生クリームの攪拌をお願い。俺は粉を振るっちゃう」


タリアが料理人のスキルで水牛の乳からクリームを作っている間に、小麦粉と砂糖を振るいにかける。

特に砂糖は品質が微妙だから、スキルを使って乾燥や均一化を掛けながら不純物を除去。


「ミルクは二リットル使っちゃっていいのよね」


「うん。それを250グラムくらいまで分離すればいいはず」


縦に長い金属製の桶の中でとにかく回して、乳脂肪分と水分を分離する。ある程度分離したらホエイを分離して、さらにまわず。ある程度水分が抜けたら、タリアと交代して俺が錬金術師のスキルで乳脂肪分とタンパク質、乳糖を分離。

水分だけを戻したうえで、均一化で液体生クリームを生成する。


「……タンパク質、乳糖と水分が残ってるって事は脱脂乳か」


「使い道考えないと勿体ないわね」


「粉末化しちゃうかなぁ」


水分を取り除けば、残りは脱脂粉乳になるはず。水分を取り除くのは錬金術師のスキル乾燥ドライで可能だ。


「とりあえず、次はケーキを焼こう」


卵を卵黄と卵白に分けて、卵白を泡立ててメレンゲを作る。

この辺はタリア任せ。俺が錬金術師のスキルでやると吹き飛ぶことに成る。料理人のスキルでも泡立てるのは難しいので、泡だて器を併用だ。


メレンゲが出来たら卵黄を混ぜ、振るった小麦粉と砂糖、溶かしたバターを何度かに分けて混ぜる。

この間に魔導オーブンを予熱。

綺麗に混ざったら型に入れてオーブンに。丸いケーキ型は無いので、パンを焼く型で代用だ。硬くならない事を祈る。


「粉と砂糖の比率ってあれでよかったの?砂糖多くない?」


「俺の記憶だと良いはず」


「……恐ろしいわね」


小麦粉と砂糖を同量使うのは、この世界の感覚からしたらありえないだろうなぁ。


「焼きは30分くらいかな。そうしたらクリームを泡立てよう」


しばらく待った後、串で刺して書き加減を確認。

液が付かない事を確認できたらオーブンから出して粗熱を取る。

甘い香りが部屋の中に漂う。それなりにおいしそうに焼けてるな。


その間にボウルに氷水を張り、ホイップクリームを作成。

氷は水の張った桶にタリアが氷の刺突アイス・スパイクを発動させて作った。

古の槍の作者も、まさかお菓子作りに使われるとは思っていなかっただろうなぁ。


「甘いクリーム……これを白いパンに塗っても美味しいんじゃないかしら」


「美味しいだろうけど、味見はほどほどに。熱い時期なら、冷やしても美味しいよ」


生クリームができるなら、冷やしてアイスクリームが出来る。

今は冬だが、クーロンの本島あたりだと熱帯に足を踏み込んでるはずだから、この時期でも美味しく頂ける気はする。別に暖かい時期じゃなきゃダメな理由は無いし、ミルクを仕入れて作ってみるかな。


粗熱が取れたらスポンジケーキを型から外し、三分の一ほどを縦に切る。


「ほい、まずは生地の試食」


「いただきま~す」


切り分けたスポンジケーキを口に運ぶ。

端はカリカリ、なかはそれなりにふわふわだ。初めて作ったにしては上手く出来ているな。


「なにこれ美味しい!甘くてふわふわ!」


「クリームとジャムを付けてみようか」


ホイップしたクリームを乗せて、さらにクランベリージャムを掛ける。

……うん、こっちの方がおいしい。記憶にあるケーキのスポンジと比べると、やはりちょっとぽそぽそしているのだ。水分が欲しい。


クリームは若干風味が違うが、これはそう言う物なのだろう。

この組み合わせだとジャムが良い仕事をしている。酸味が強いクランベリーは、甘いケーキのアクセントによく合う。輸入品で数が無かったが、買い占めておくか……。クロノスが産地だから、戻れば普通に変えるんだよな。悩むぜ。


「はい、そこでストップ」


黙って二つ目に手を伸ばそうとしたタリアを止める。


「むぅ……今日は試作品なんだから、食べちゃってもいいんでしょ」


「これで完成じゃないからね」


スポンジケーキの表面。硬くなった部分をパンスライサーで丁寧に斬り落とす。これもわざわざ錬金術で作成しエンチャントを掛けた専用品だ。こういう専用調理器具はほとんど出回ってないから、いちいち自分で作る必要がある。結構面倒。


表面を薄くそぎ落としたら、3枚に分けてジャム、クリームの順で塗っていく。

本来は逆なのだろうが、硬めのジャムはクリームの上ではうまく伸びないので仕方ない。今回は両面に薄くジャムを縫って、その間に伸ばしたクリームを挟む。これで一段。

同じものをもう一段乗せたら、残ったクリームで全体を覆う。


うなれDEX!均等に同じ厚さで塗るのだ!

なにぶん力加減が難しい。STRだけ上手く制御しないと、せっかくのケーキを潰してしまう。


ちょっと時間がかかった物の、どうにか見れる程度には綺麗に濡れた。しかし……白いだけで寂しいな。

一人分、5センチ弱ごとにジャムのラズベリーの実を3つほど並べて完成。切れ味強化を掛けたナイフで切り分ける。


「……断面が赤と白、それにスポンジの薄い黄色でとても綺麗ね」


「いいね。やっぱりエンチャントは偉大だ。食べてみようか。1つづつね。残りは収納空間インベントリにしまっておいて」


サプライズにするか、後で残りをみんなに出すかは悩ましい。

……ばれたら恨まれそうだから、サプライズは無理かなぁ。


テーブルを軽く片付けてお茶を出す。

お茶は作った物を瓶に詰めて温かいまま収納してあるので、ある程度ならいつでも飲める。

クリームのような粘性が高い物体は、器さえあれば蓋無しでもそのまま収納空間インベントリに放り込めるようなので、ケーキはそのまま収納だ。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきま~す」


出来立てのケーキをフォークで切って口に運ぶ。

……うん、いい出来だ。想起リメンバー様々だな。何気なしに見ていたお菓子作りの番組の情報を引っ張り出せなきゃ、ここまでの物は出来なかっただろう。


「あまい!ちょっとすっぱい!それになにより柔らかい!」


タリアの語彙力はお仕事を放棄したらしい。口に合ったようで何より。

しかしなぁ……これだけ作るのに総長の買い出しから合わせて半日。MPも結構な量を消費している。この世界の感覚だと異常に早いのだろうが、地球だとコンビニに行って数ゴールド払えば食べられるのだ。やはり効率が……。

こう言うのは自分でやらず、誰かに任せるのが吉なのだろうが……充ても無いし、任せた所で拠点も無い。ん~……移動機能を備えた拠点が欲しいなぁ。ファンタジー世界なのだし、何とかならんものか。


「どうしたのよ、難しい顔して」


「故郷の利便性の良さを思い返してた」


「……なるほど。楽しみね」


……タリアの中では自分の家族を取り戻したら、魔王ぶちのめして地球に行く事は決定事項らしい。

いいね、前向きで。俺もそれくらいの気概で居ないとダメだな。


「ところで、その端っこなんだけど」


「はいはい、どうぞお食べください」


自分の分は食べ終わり、スポンジケーキの焼き目にクリームとジャムを塗って食べる彼女は幸せそうだった。

その日の夜振舞ったクランベリージャムのショートケーキは非常に好評だった。

次に作るのはアーニャの誕生日だと言ったら、これまでで最も真剣な顔をして早く誕生日が来ないか、とのたまったのは、きっと十年語り草になるだろう。

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