第222話 鍛冶の国とダンジョン

「ふむ。ワタル殿の剣であるか……それならば、ボラケかペローマに向かうのが良いと思うのである」


これからの指針として話していた内容をアケチ氏に伝えると、彼はしばらく思案したのち、そう提案した。


「ボラケは……鍛冶の国ですか?」


「うむ。ボラケの玉鋼は東群島一。我が愛刀・大鬼斬りもボラケで作られた名刀の一つである」


アケチ氏の使う武器は、打刀よりちょっと長い日本刀の亜種のような片刃の剣。

太刀と言うど長くなく、刀と言うほど細くなく、この世界の魔物と戦うための堅牢さと切れ味を兼ね備えた武器だ。大鬼とはオーガの事。1万G級オーバーサウザンツを斬るための名刀らしい。

……同心が持つ武器では無いような気がするが、どうも先祖から受け継いだ年代物らしい。


ボラケは東群島の南東に位置する島で、彼の言う通り東群島の中では最も鍛冶工芸を得意とする国である。

海流の都合か、海中鉱物が国中の浜に流れ着くという特徴があり、錬金術と鍛冶技術を用いて抽出した砂鉄やそのほかの鉱物から、品質の良い武器防具を生産している。

元々島国にしては鉱物資源が豊富な方で、下地があった所に職業システムが導入されて成長した国である。


「ボラケの武器が品質が良いのは知っていますが、ペローマはなぜ?」


「ペローマは数年前に迷宮ダンジョンが見つかったのである。あ、すまない給仕殿、大串焼2つと、芋酒をもらえるか」


「あ、良いですね。私も米酒をいただけますか」


「いや、自然と吞み始めるんじゃないよ」


まだ昼にもなってねぇぞ。


「この国だと良いワインが無いのよねぇ」


「あたしは肉のほうが良いな」


朝飯食った後、今日はそんなに動いていないはずなんだがな。


「ペローマでは最近、ダンジョン産の装備が流通し始めているのである。なんでもコアを破壊せず、うまい事力を削ぎながら運用しているとか。専用品では無いが、品質の良い、また一味違う装備が出回っているとか」


「ダンジョン産装備ですか……」


ここでいうダンジョンとは、巨大な建造物に擬態した強力な魔物の一種である。

基本的には魔物と罠が張り巡らされた地下迷宮の形を取っており、周囲の地面を侵食しながら群体や群棲といったスキルでコピーの魔物を生み出し、周囲を占領していく拠点型の魔物。

特に、内部に人を呼び込んで捕らえることでその価値を高めていく物をダンジョンと呼んでいる。


「魔物産の装備は専用化されてないから、少し見劣りしませんか?」


「難しい所である。たまに品質の良い魔導銀ミスリルの装備や、魔導金ヒヒイロカネの装備も出たと聞く。専用化武器の価値は技術料が占めるので、数万Gを超えると魔物武器も優秀になるのである。ワタル殿が求めるのは、最低でもそのレベルであろう?それに、ダンジョン産の武器を優秀な職人に専用化してもらうという手もあるのである」


「確かに……定期的に産出物があって買うなら選択肢としては有りかなぁ」


自分で潜ってお目当ての装備を得るのはハードルが高いが、産出物を買えるなら選択肢に入るか。


ダンジョンは放っておくと“中身”のほとんどない魔物が溢れ出して、周囲に致命的な問題を与える。

危険なので、まだ力の弱いうちにコアを破壊して倒してしまうのがセオリーなのだが、うまく運用できれば希少なアイテムを取得できる超高効率の素材変換装置にもなる。

ペローマではそう言う運用が始まったのだろう。


クロノスはかつて三つダンジョンを持っていたが、今はコアが破壊されている。

クーロンには二つ。最盛期は四つ存在したが、うち二つは魔物の暴走スタンピードを起こして、今は魔物の支配地だ。これを受けてクロノスはダンジョン破壊を決めた。

ダンジョンの勢力を活かさず殺さず維持するのは、なかなか難しいのだ。


「ダンジョンは経験値がおいしいらしいので、そっちの面で行くのは有りですね」


ダンジョンの魔物は価値の割に強いと言われていて、その分レベルが上がりやすいらしい。

これはダンジョン自身が魔物にバフを掛けているのではないか目算されている。

複数の1次職を踏み出す者アドバンスにする為、経験値稼ぎは必要だから、検討してもいいだろう。


「なかなか面白そうな話ね」


ただ経験値稼ぎをするなら武器が必要だ。

首都で装備を見繕って、気に入るものが無ければボラケに向かうのが良いかも知れない。……ボラケならライリーから日中の航路を乗り継いで行けるな。船酔いに苦しむリスクが低いのもいい。

ついでに、ボラケ経由でペローマに向かうルートも乗船時間が少なくて済む。


その後どうするかは……その時に考えるか。

ペローマからクーロン本島に渡り、そこから西に向かう形で進めば、魔物に攻められて情勢不安定な大陸のクーロン領地も回避できるかな。

北に戻ってクロノス経由でザースを目指すのも選択肢に入る。天啓で情報をもらった、まだ知られて居ない3次級職を目指すのも、一つアドバンテージになるだろう。

何が正解か分からん。選択肢が無数にありすぎて、集合知でも絞り切れん。

目下魔王を倒すために動くなら、クーロンの魔物進行を止めるために尽力すべきだろうしなぁ……。


「それじゃあ、明日明後日くらいは首都で買い出しをして、状況を見てボラケに向かうか、ペローマに直行するか考えよう」


ペローマの話は集合知には情報が無かった。

ダンジョンが開発されたのは、おそらくここ3年の間の出来事なのだろう。


「今日動く?」


「レベル上げの件もあるからなぁ。……ああ、そうだ。アケチさん、偽名を考えてください」


「なぬ?」


これから先、アナウンスで名前が売れるリスクを犯してでも1次職の踏み出す者アドバンスを取って行こうと考えている。が、その場合、本名でやるのはとてもまずい。

俺やタリアは一度アナウンスされているから、これ以上名を売るのはまずい。邪教徒共に気づかれる。

アーニャもウェインが居るから微妙だけど、愛称を使っているからそう気づかれないだろう。しかしバーバラさんとアケチ氏は名前を変えないと、すぐに国にバレる。お呼び出しがかかるのは間違いない。


「私は母方の名字を名乗ろうと思っています。バーバラ・ドッドあらため、バーバラ・カーティスですね。騎士団の都合、完全に名前を変えるわけにも行きませんから」


バーバラさんにはレベル50にした生産職の一部や、錬金術師の踏み出す者アドバンスになってもらう予定。


「ふむ。確かに……あちらがたに名前が知られていないとも限らぬな。ならば某は家名を捨てよう。アケチの氏は汚名返上後に取り戻すとして、ただのダイゴロウか……ゴロウ……ダイゴ……イゴロウ?」


「そこまで変えるなら、コゴロウでどうです?」


名字がアケチ明智だし丁度良かろう。名探偵ではなさそうだが。


「ワタル殿は古語にも詳しいのであるか?」


「……多少は」


「そうであるか。確かに、今の某にはその名がふさわしいかも知れぬな。では、某はこれよりコゴロウと名乗ろう。呼び捨てにしてもらって構わぬ」


ステータスを開き、表示名が変更されている事を確認する。オッケー。これで冒険者ギルドに登録してもらおう。

……偽名仲間が増えていくなぁ。

---------------------------------------------------------------------------------------------

□雑記

アナウンスシステムがあるので、踏み出す者アドバンス極めし者マスターを目指すならリネームは必須とワタルは考えています。特に一人目は重要です。

忘れられていそうですが、他の二人もタリア(本名ターリア・ザース),アーニャ(本名アンナ・グレイビアード)です。

写真などない世界なので、外見と名前を一致させるのは人の記憶と真偽官の調査で、偽名を使ってしまえば簡単には特定されません。

また、犯罪歴などは真偽官に偽ることが出来ない為、名前が売れすぎてしまった冒険者などが、魔物を警戒して場所によって名前を変えるのはそれなり使われる手段となっています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る